核・ミサイル経費は年200億円、制裁では止められない
 米国と北朝鮮の首脳同士の罵詈雑言と威嚇の応酬は常軌を逸している。対立している国の指導者に対しても、少なくとも開戦に到るまでは、敬称や職名を付け、自らの品位を保つ表現で議論するのが国際礼譲だが、トランプ大統領は金正恩国務委員長を「ロケットマンが自殺任務に突き進んでいる」と9月19日の国連総会演説でこきおろした。


 金正恩氏はこれに対し23日の声明で「前代未聞の無知で凶暴な狂人ラッパ」「火遊びを楽しむならず者」「米国の老いぼれ狂人」などと罵倒した。

 トランプ氏が国連で「米国と同盟国を守らねばならないとき、北朝鮮を完全に破壊するほか選択肢はない」と演説すれば、金正恩氏は「史上最高の対応措置の断行を慎重に検討する」と声明し、北朝鮮の李容浩外相は「私の考えるところ、過去最大級の水爆実験を太平洋で行うという意味だろう」と語った。

 ロシアのラブロフ外相が「幼稚園児のケンカ」と評したような悪口合戦を国連加盟国の首脳同士が交わしたことは世界の外交史上”画期的”な出来事であるだけでない。双方が引くに引けない状況に入り込み、戦争に向って数歩踏み出す結果となりそうだ。

 トランプ氏は8月31日のツイッターで「北朝鮮との対話は答えではない」と言い、同氏のお気に入りのヘイリー国連大使(インド系女性)は9月4日の安保理緊急会合で「24年間北朝鮮と何度も対話し、徐々に制裁を強めてきたが無駄だった。もう沢山。決定的制裁が必要だ」と演説した。

 安倍首相もそれに同調し9月18日付ニューヨークタイムズ紙への寄稿で「外交を優先し、対話の重要性を強調するのは北朝鮮に対し効果がない。これ以上の北朝鮮との対話は行き止まり(Dead End)だ」と書いた。また9月20日の国連総会の演説でも「北朝鮮にすべての核・弾道ミサイルを放棄させるために必要なのは対話ではなく圧力なのです」と強調した。

 だが、制裁や演習などで圧力を掛けるのは、北朝鮮を対話の席に出させ、核放棄など大幅な譲歩を求める手段であるはずだ。「対話は無効」と言うのなら、「制裁のための制裁」となる。ニューヨークタイムズへの寄稿はおそらく外務官僚の代筆だろうが、外交優先を否定したのは、第二次大戦以後最大の難局に際し外務省は役に立たない、と認めたに等しい。

 「対話なき制裁」を推し進めることにより、北朝鮮の経済が衰弱し、核・ミサイルの開発ができなくなり、これまでに造った物も破棄することになれば良いが、その公算は極めて低い。

 北朝鮮が核・ミサイル開発に投じている経費については、8月30日の衆議院安全保障委員会で河野外相が「韓国外交部などとの意見交換では、昨年実施した2度の核実験と20数発のミサイル発射で少なくとも200億円」と述べている。

 現在日本が購入中のF35A戦闘機は1機146億円だから、年間200億円の経費はその1・4機分でしかない。イージス艦は一隻1740億円だからその約9分の1だ。ひどく安いように感じられるが、戦闘機は構造が複雑、精密であり20年以上使われ、数千時間、ものによっては1万時間以上飛行する。

 一方、弾道ミサイルは基本的には燃料と酸化剤のタンクとそれを燃焼させるロケットエンジンのほか、ジャイロ式の誘導装置を持つだけの簡単な構造だ。

 燃焼時間は短、中距離ミサイルで1、2分、ICBMでも5分程度で、あとは惰力で弾道飛行するから、エンジンの寿命はその程度でよく、使い捨てライターに似ている。

 北朝鮮は旧ソ連製の短距離弾道ミサイル「スカッド」を入手して国産化し、射程を500キロ余り、重量6トン余りにした物を、イラン、イラク、シリアに計450発を輸出、600億円程度の代金を得た、と米国情報筋はみていた。それが正しければ1発約1.3億円となる。

 これは吹っかけた輸出価格で、原価は相当低いはずだ。それを大型化した「ノドン」(射程1300キロ、重量16トン)や、近年登場した「火星12」(射程約5000キロ、重量28トン)などは「スカッド」よりはるかに大型で、「火星12」はウクライナ製ロケットエンジンを使っている様子だから、価格も少なくとも数倍のはずだ。

 仮に1発平均5億円と見れば、昨年発射した弾道ミサイル23発で115億円、核兵器開発や実験用坑道の整備に100億円掛けて計200億円程度となる。地下核実験場の工事や移動式発射機を隠すトンネルなどの掘削には兵士を使うはずで、人件費は安いだろう。

 北朝鮮の国民総所得(GNI)は韓国銀行(中央銀行)の推定で2015年に304億9800万ドル(当時のレートで約3兆7000億円、秋田県、宮崎県と同等)とされている。核・ミサイル経費が200億円ならばGNIの0.54%に過ぎない。仮に経費が韓国政府の推定の倍だとしても1%程度だ。

 北朝鮮に対して今年8月5日に安保理が決議した経済制裁は、当初米国が唱えていた石油の全面禁輸は行わず、北朝鮮への原油輸出は前年どおり、石油精製品の輸出は年間27万トン以下、となった。

 OECDの付属機関である「国際エネルギー機関」の統計では、2014年に北朝鮮は原油53.2万トン、石油精製品(ガソリン、軽油、重油など)31.8万トンを輸入している。この制裁の結果、石油精製品の輸入は2014年より4.8万トンの減となり、石油の輸入総量は同年と比べ、5.6%の減となる。

 北朝鮮にも石油精製所が2箇所あるから、原油からガソリン等の分留はできるし、石炭は今年8月の制裁決議で輸出できなくなり余っているから、石炭から人造石油を作ることも可能だろう。ドイツは第二次世界大戦中、年産650万トンもの人造石油を造り、その技術は確立している。原油より若干コスト高なので普及しないだけだ。

 8月の制裁で他国が北朝鮮から石炭、鉄鉱石、水産物などを輸入することが禁止され、9月11日の安保理決議で繊維製品にも適用され、さらに9月21日米国が独自の制裁措置として、北朝鮮と取引する金融機関などあらゆる企業や個人の米国内の資産を凍結すると決めたから、これは石油輸出の削減より北朝鮮に打撃が大きいだろう。

 ただ、それでも北朝鮮が年間200億円程度の核・ミサイル開発費を支出できなくなるとは思えない。トランプ大統領も安倍首相も北朝鮮が経済制裁により核・ミサイル放棄をすると信じている訳ではなかろう。

 経済制裁で北朝鮮が窮乏すれば、政権が倒れることを期待しているのかもしれないが、従来の他の諸国に対する制裁の例を見れば、それを受けた国民が「生活が苦しくなったのは政府のせいだ」と蜂起したことはない。むしろ「米国の絞めつけでこうなった」と怒りを募らせ団結する可能性の方が高いだろう。

 もし経済制裁が決定的効果をあげ、北朝鮮政府の命脈が断たれる状況になれば、日本が南部仏印(南ベトナム)に進駐したのに対し、米国が1941年8月石油禁輸をしたため、「備蓄石油(800万トン)が尽きて屈服するよりは」と真珠湾に打って出たのと同様な状況になりかねない。

 逆に経済制裁にもかかわらず北朝鮮政権が倒れず、核・ミサイル開発を続け、威嚇行動がエスカレートすれば,トランプ大統領は振り上げた拳を振り降ろさざるをえず、武力行使に踏み切る可能性もある。彼はリンゼー・グラハム上院議員に対し、「戦争が起これば大勢が死ぬが、米国ではなくあちらの方だ」と言っている。「あちら」は朝鮮半島と日本をさすことになる。アメリカファーストの極致だ。

 旧式の「ノドン」だけで 約300発あると見られる北朝鮮の弾道ミサイルを全て一挙に潰せれば良いが、自走発射機や牽引式の発射機にのせて、主に北部山岳地帯のトンネルに隠されている弾道ミサイルの位置をリアルタイムで知らなければ攻撃はできない。

 その困難さは、昨年9月27日配信の本欄などで説いたから重複は避けるが、仮に一部のミサイルを破壊しても、当然相手は残ったミサイルを発射して来る。

 そこで特殊部隊を潜入させ、首脳を殺害したり、司令部や通信網を破壊する「斬首作戦」も論じられるが、要人が現在どこにいるか突きとめるのも容易ではない。イラク攻撃の際は初日にサダム・フセインらの会議室を航空攻撃したが空振りで、イラク全土を占領して捜索し、9カ月後に拘束できた。指揮、通信網の攻撃も相手は予期して、指揮所をしばしば移動し、通信系統も複数にするだろうから効果は不確実だ。

 もし米軍が攻撃してミサイルの一部しか壊せなかったり、滅亡の淵に立った北朝鮮が自暴自棄となって「死なばもろ共」と韓国、日本、グアムなどに核ミサイルを発射すれば大惨事になる。

 北朝鮮が9月3日に実験した水素爆弾の威力を防衛省が160キロトン(TNT爆薬16万トン相当)と推定している。これは広島型原爆の威力15キロトンの約10.6倍だ。

 核爆弾の「効果半径」(被害半径)は広島級原爆だと爆心地から1.4キロ以内の人は初期放射線で1カ月以内に死亡。爆風で約2キロ以内で大部分の建物が倒壊。熱効果は約3キロで「第二度火傷」(火ぶくれなど)を生じさせる。皮膚の30%がヤケドするとすぐ治療しないと致命的だ。

 爆心地が国会議事堂上空と仮定すれば3キロ圏は北は水道橋、南は三田、西は千駄ヶ谷、東は八丁堀付近となる。

 威力160キロトン水爆の場合には、威力が広島型の10.6倍だが、破壊力は水平方向と上方に向うから、効果半径は3乗根になる。10.6の3乗根は2.2だから広島型の効果半径の2.2倍、約6.6キロに熱効果が及ぶ。その範囲は、国会議事堂を中心とすれば北は巣鴨、南は大崎、西は中野、東は錦糸町付近となる。

 この圏内の面積は137平方キロ、東京23区の人口密度は平方キロ当たり約1.5万人だから205万人程度が住んでいる、と一応計算できる。だが千代田区の昼間人口は住民登録人口の17.4倍、中央区で4.9倍、港区で4.3倍だから、ウィークデーの昼間に攻撃を受ければ犠牲者ははるかに多くなる。

 政治、行政、経済、報道等の中枢が灰燼に帰せば救援もすぐには出来ず悲惨な状況となる。仮首都を日本のどこかに設置、臨時政府を作る必要も出るだろう。

 また地表近くで爆発した場合には、巻き上げられた土砂は放射性を帯び、風下に降るから、それによる犠牲者もでる。「放射線は49時間で100分の1になる」とされるから屋内にとどまり「死の灰」を浴びないようにすることが大事だ。

 1954年3月、米国が行ったビキニ環礁水爆実験では威力が想定外の15メガトン(爆薬1500万トン相当)に達したため、160キロの距離にいた漁船「第5福竜丸」の久保山愛吉無線士が降下物で被曝、半年後に死亡した。今回北朝鮮が実験した水爆の威力は、この時の約100分の1だから死の灰が降る範囲は、風速、風向にもよるが、これほどではないだろう。

 日本政府、外務省は米国が北朝鮮と対話し、落し所として「核・ミサイル開発の凍結」と「米朝国交樹立」で妥協することを警戒しているようだ。米国ではすでにこの説を唱える人士も出ている。

 これで当面の危機を避けられるのは確かだろうが、「凍結」は北朝鮮の核保有を黙認し、国交樹立は現政権の存続を保障することになる。勝者となった北朝鮮が核と米国との関係改善を背景に、日本に対し巨額の賠償などの要求をすることも起こりそうだ。

 日本にとり、これは現在の平和な状況と比較すればきわめて歓迎しえない事態だから、トランプ氏の強硬策を支持し、米朝の妥協を妨げる手に出がちなのだろう。だが、北朝鮮の核廃棄はまずない、と知りつつ制裁を目的とした制裁を続け、情勢がさらに悪化すればいずれ「戦争と妥協のいずれがましか」との深刻な利害の考量を迫られる。

 古来、戦略・戦術で忌むべきこととされるのは「目的と手段の混同」だ。真の目的は日本の安全であり、制裁は手段の一つにすぎないことを再確認する必要があると考える。

■田岡 俊次(軍事評論家、元朝日新聞編集委員)
1941年、京都市生まれ。64年早稲田大学政経学部卒、朝日新聞社入社。68年から防衛庁担当、米ジョージタウン大戦略国際問題研究所主任研究員、同大学講師、編集委員(防衛担当)、ストックホルム国際平和問題研究所客員研究員、AERA副編集長、筑波大学客員教授などを歴任。82年新聞協会賞受賞。『Superpowers at Sea』(オクスフォード大・出版局)、『日本を囲む軍事力の構図』(中経出版)、『北朝鮮・中国はどれだけ恐いか』など著書多数。