文在寅(ムン・ジェイン)大統領による9月21日(現地時間)の国連基調演説は、まるで一編の詩を朗読しているかのようだった。演説は「国連は人類の知性が生み出した最高の制度的発明品」という出だしで始まり、半分を過ぎた辺りでは「北朝鮮の核とミサイル問題で北東アジアの緊張が高まりを見せれば見せるほど、戦争の記憶と心の傷は明確となり、平和を切望する心臓は苦しみを覚えつつ脈を打つ所、それが2017年9月現在の韓半島(朝鮮半島)大韓民国」と述べた。「キャンドルデモ」と「平昌五輪」に触れる部分では、詩的表現が絶頂に達する。「私は、平昌がもう一つのキャンドルとなることを願ってやみません。民主主義の危機的状況を前に、大韓民国の国民はキャンドルを手にしました。このように平和の危機的状況を前に、平昌が平和の光をともすキャンドルとなることを信じてやみません」

 文大統領は昨冬のキャンドルデモを「最も美しくて平和的な方法で民主主義を勝ち取った」ケースとしながら、「キャンドル」という単語を10回も使用した。こうして成立した政府の代表として国連の舞台に立ったという自負心も、ひしひしと感じられた。しかし、そのキャンドルを果たして世界の人々がどれくらい理解し、そのキャンドルを平昌五輪と連結させることで、どのようなメッセージを投げ掛けることができるのか、疑問だった。平昌五輪を通じて韓半島に平和をもたらすということが、韓半島の危機的状況に対応する韓国政府の戦略とでも言うのだろうか。

 国連が最高の制度的発明品という言葉も、場合によっては聞くに美しい言葉であるかもしれないが、現実とは大きく懸け離れた評価だ。21世紀に入って国連が解決した国際紛争はほとんどなく、シリアでは化学兵器までが使用され、数十万人が死亡しても、巨大国家に振り回される国連は、何一つとして言い出すことができなかった。大統領も国連のこうした状況を知らないわけではないだろう。それでも、米中という二大国家による対立構図よりも、国連を通じた多国間協力によって、北朝鮮の核問題を何としてでも解決したいといった切羽詰まった思いが、国連に対する期待として表れたはずだ。国連訪問の初の公式日程として、9月18日にアントニオ・グテレス事務総長と会談したことも、韓半島の緊張緩和に同事務総長が大きな役割を果たすことを望んだからだろう。

 しかし、南北関係でグテレス事務総長が果たすことができる役割には、明らかな限界がある。大統領府は同日の会談後、「対話を仲裁する事務総長の努力を韓国政府は積極的に支持すると言った」と発表した。しかし、「仲裁」という表現からは、まるで口の中に砂でも入ったかのような違和感を覚えずにはいられなかった。そもそも「仲裁」とは、紛争を続ける二つの勢力の間を取り持つ際に使用する言葉であって、国際社会に真っ向から対立し、一方的に挑発を続ける北朝鮮を相手に使える単語ではない。グテレス事務総長には、仲裁ではなく、対北制裁がしっかりと履行されるように管理すること以外には、これといってできることがない。

 文大統領が韓半島の危機的状況に対する国連と事務総長の役割、多国間の外交の重要性を強調したことは、ややもすると米国に北朝鮮の核問題から手を引くよう訴えているようにも聞こえかねない。トランプ大統領は、今回の国連基調演説で北朝鮮のひどい政策を列挙する一方で、1977年に拉致された日本人少女については取り上げたものの、哨戒艦「天安」の撃沈事件や延坪島砲撃事件など韓国に対する挑発については一切言及しなかった。韓国が韓半島の平和の詩を朗読している間に、現実は韓国を消去しようとするかもしれない。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171003-00000536-chosun-kr&p=2

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