【AFP=時事】インド・ビハール州に住むペカン・マンジーさん(60)は、ちょろちょろと腕を這いあがってくるネズミのすばしっこさに苦労させられたようだったが、何とか捕らえて地面に押さえつけ、その頭部を数回叩いて殺した──。

マンジーさんが住む泥とわらでできた小屋の前の埃っぽい庭では、集まってその様子を見守っていた近所の人々から歓声が上がった。「ネズミシチューを作るには15分かかる」。素手でネズミを解体しながらペカンさんはそう話した。「ここではみんなが作り方を知っている大好物だ」

 ペカンさんは、インドで最も疎外された社会集団の一つ、「ムサハール(Musahar)」に所属する一人だ。約250万人いるムサハールの人々は別名「ネズミを食べる人」と呼ばれ、カースト(身分制度)の最下層「ダリット(Dalit)」からもさげすまれている。

 近所の住民、28歳のラケシュ・マンジーさんは自らの暮らしを嘆き、「1日中何もせずに家で座っている。農場で仕事がある日もあるが、他の日は何も食べないか、ネズミを捕って手に入るだけの穀物と一緒にそれを食べる」と説明した。

 ペカンさんはこんがりと焼けたネズミを火から下ろし、肉の柔らかい部分をつつきながらこう語った。「国や州の政府は変わったのかもしれないが、われわれにとっては何も変わっていない。これまで通り食べて、生きて、眠るだけ。先祖たちと同じように」

 ペカンさんがネズミの肉を手でさいてボウルに入れ、からし油と塩で味付けすると、周りにいた10人ほどの男性や半裸の子どもたちから次々と手が伸び、ほんの数秒間でごちそうは消えた。

 こうした状況について、ビハール(Bihar)州で2014年にムサハールとしてインド初の州首相に就任したジタン・ラム・マンジー(Jitan Ram Manjhi)氏は、「われわれの生活や将来を変えられるのは、教育の他にない」と語る。「私の出身コミュニティーは非常に虐げられてきた。政府の記録にさえ実際の人口は記載されていないと思うが、ざっと800万人はいるだろう」

マンジー氏がインド最大の人口を抱えるビハール州のトップを9か月間務めたことは、ムサハールにとって大きな前進だったと考えられている。元州首相は子どもの頃、両親を雇っていた裕福な地主の下で牛追いをしていた。当時については「まるで強制労働のようで、毎日の仕事の見返りに1キロの穀物を受け取っていた」と説明したが、今日でも多くの人たちの状況はあまり変わっていないことを認めた。

■人生のトレーニング
 ビハール州の州都パトナ(Putna)周辺には、ムサハールの少年たちを対象とした全寮制の私立学校「ショシット・サマダーン・ケンドラ(Shoshit Samadhan Kendra)」がある。R.Uカーン(R.U Khan)校長が10年前に開校したときの生徒数はたったの4人だった。今は430人いる。開校前は警察官として働いていたが、ある任務でムサハールの人々の暮らしぶりを目の当たりにし、変化のための行動が必要との考えに至ったのだという。

 ムサハールの人々はどこへ行っても、差別や孤立、極貧状態に直面するとカーン校長は指摘する。「大半は今でも農場労働者としてしか働けず、不作の時には野原でネズミやカタツムリを獲ったり、穀物をあさったりするしかない」と、その厳しい生活環境を説明した。

「この学校では、最初の1か月間で最も基本的事柄を教える。トイレの使い方や体を清潔に保つこと、手洗いや食事の仕方など、個人および社会的なことばかりだ」とカーン校長は言う。通常の教育は、それらが終わってからでないと始まらない。しかし少年たちはひとたびチャンスを与えられれば、生活を向上させるための機会を誇らしげに受け入れる。

 ビハール州のラメシュ・リシデブ(Ramesh Rishidev)福祉相は、ムサハールの人々の生活は向上していると主張する。

 同福祉相は、かつてムサハールの人々は飢えをしのぐためにネズミを食べていたが、今は「そうせざるを得ないからではなく、これまでそうしてきたからとの理由で」食べている人が大半だと説明。「古い世代の中には、他の食べ物と同じようにネズミを食べている人たちもいるが、若い世代の大半は食べない。生活は改善しており、今後もさらに変わるだろう」と続けた。

 しかし、ショシット・サマダーン・ケンドラ学校の生徒の多くは、休暇のため故郷の村に帰るとからかいの的になるという。「村の友人たちが、以前と同じように一緒にネズミを捕ったり食べ物をあさったりしようと誘いにくるとの話はよく聞く。中には、プレッシャーに負けて食べてしまう子たちもいるようだ」とカーン校長は語った。

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