2018年2月6日(火)未明、台湾東部の花蓮(ホワリエン)でマグニチュード6.0、震度7という規模の地震が発生した。
奇しくも、2年前に南部で起きた台湾南部地震と同じ日だった。

 この地震によって、花蓮のいくつかのビルは足元から傾き、中国からの旅行者など17人の方が犠牲となったことは、日本でも報道された通りである。

 今、花蓮はどうなっているのだろうか。約2か月が経過した現地へ向かった。

迅速に復旧工事の進む現場
 花蓮駅に到着してすぐに向かったのは、今回の地震で最多の死者を出した雲門翠堤大樓の現場だ。

 更地になっていた。知らなければ、素通りしてしまいそうな風景だ。
周囲の道路も含めて舗装し直され、最初から無料の駐車場だったかのような顔をしている。
ちょうど向かいにある住宅が、地震ではなく、取り壊しの際に崩れた屋根と壁の修復工事を行っていた。

 続いて、最後に取り壊し工事が行われている現場に向かった。

現場には高さ2階建ほどの大きなショベルカーが何台も並び、土ぼこりが道路を灰色に染めていた。
あたりには、ショベルカーがコンクリートを掻き出す音が響く。
1台のショベルカーから降りてきたおじさんに、工事の終了予定を訊くと「明日だな」と答えてくれた。

 ここにあったのは大手の百貨店だ。
ビルの老朽化によって今後の危険を防止するため、これを機に花蓮県政府が取り壊しを決めたのだという。
周囲は商店街で、ほかのお店は開いているが、通りには破片避けと見られるネットがかけられ、物見のおじさんのほかは誰も歩いていなかった。

 亀裂や隆起の見られた七星大橋に向かった。すでに補修工事が終わり、通行に支障はなかった。花蓮の復旧工事は、迅速に行われている。

ごくわずかのビルで倒壊の起きたわけ

花蓮は、もともと地震の少なくない地帯で、建物を建てる際、台北などより強度な基準が設定されている。

 これには日本同様、台湾も地震の頻発地域であることと無関係ではない。
特に1999年9月21日に起きた「九二一地震」もしくは「集集地震」と呼ばれる大震災では、
2,400人を超える死者、1万1,000人を超えるけが人、3万9,000棟近くの建物が全壊、4万5,000棟が半壊となった。

 日本で1995年に阪神淡路大震災が起き、その後、建築物の耐震基準が見直された。同じように、台湾でも断続的に見直しが行われている。

 花蓮全体では約13万5,000棟を超す建物がある。倒壊が起きたのはどういう建物だったのか。

 雲門翠堤大樓は、今回の地震で最多14人の被害者を出した。
このビルは建設から24年とも27年ともいわれるが、正確な築年数は定かではない。
地震の後、「建設会社責任者は土木技師など関連の資格を有していないにも関わらず、
建設工事の監督などを自ら行ったために、建物の構造強度や耐震性に欠陥が生じたと検察はみている」として、
責任者は身柄の勾留が請求された(2月28日付中央社フォーカス台湾)

 また、マーシャルホテル(統師大飯店)は1977年に建設されてから41年が経過していたほか、
その他のビルでは6階建で建築申請したはずが9階建になっており、違法建築の疑義が伝えられている。

 一方、2年前の台南地震後、政府を中心に老朽化した建物の耐震補強について検討が重ねられている。
今後も、こうした議論はさらに進むものとみられる。

台湾最多の宿泊施設をもつ花蓮
 ここで改めて、花蓮という街を概観しておこう。

 京都に似た縦長の地形は南北約138キロに伸び、面積もほぼ京都と同じ約4,600km2。
台湾の中では最大の広さになる。花蓮の人口は約33万人だが、京都が約260万人だから、その8分の1に過ぎない。
人口密度で見れば、北海道よりもやや多い。面積は広いのに、住んでいる人が多くない理由は、地形にある。

北側に太魯閣(タロコ)国家公園、南西に玉山国家公園、両者を含む形で中央山脈が走り、台湾百岳のうち43座が花蓮に接する。
海岸側にも、さらに1本山脈が走っており、県の東側は太平洋に面している。山脈の間を縫うようにして鉄道と道路が走り、台北など4都市との間に空の便がある。

 花蓮といっても広い。最大の魅力はあふれる自然だ。それを観光資源として享受してきた。
そのため花蓮は、5つ星のホテルから小さなゲストハウスまで約1,900と台湾全体で最も多くの宿泊施設を抱える。
これにレストランに観光バス、各種施設のスタッフなど含めて、住民の8~9割が観光業にかかわるとされる。

 花蓮の駅前で父の代から宿泊業を営む葉集偉さんは言う。

 「旧正月のある2月は、もともとお客さんが多くなる時期ですので、通常、どこのホテルも普段より少し料金を高めに設定します。
ホテルの従業員は休みにしたいところを出て来るわけですから、通常よりも人件費がかかる。
その上、旧正月には特別賞与も準備しなければなりません。特別シフトは早々と決まっていた。
そこにあの地震が起きてしまった。旧正月の予約はほとんどキャンセルされてしまいました」

 地震の起きたタイミングは最悪だった。葉さんによれば、小さなゲストハウスの中には、閉鎖を決めたところも出てきたという。

 倒壊現場を見て回った後、花蓮最大の夜市「東大門国際観光夜市」へ向かった。
中には、幕がかかった店がちらほらある。行き交うのは、中学生くらいの子どもたちばかり。
人出を見越して作られたはずの幅3~4mほどの通路は、かえって人の少なさを強調している。
大型の駐車場に止まる観光バスも数台で、そこにあるはずの活気は見られなかった。

 どうしてこんなことになったのか。

不可抗力の重なり

2016年あたりから兆候は起きていた。2016年といえば、それまで中国寄りの政策を重視していた国民党の馬英九政権から、
「新南向政策」と呼ばれる東南アジアとの交流を重視する政策などを掲げた蔡英文政権が誕生した年である。
これを受けて中国側は、台湾への渡航の際に必要な「通行証」に制限をかけた、とされる。

 どんな形で現れているのか、花蓮最大の景勝地、太魯閣国家公園の訪問客数データを見てみよう(台湾観光局「国内主要観光遊憩拠点遊客人数統計」より)。

 2015年  2,610,282人
 2016年  1,700,795人
 2017年  1,110,201人
 一気に数字が落ち込んでいる。そこへきての今回の地震だ。

 太魯閣国家公園管理処に向かった。観光客に解説ボランティアを務める林達雄さんは、花蓮生まれで今年76歳になる。
大型スクリーンのある上映コーナーで「映像には出てこないことだから」とたくさん説明してくれた。
だが、この日、映像を見たのは、私と今回の取材の案内役をかってでてくれた葉さんの2人だけ。林さんは言う。

 「この会場には座席が100席あります。以前は毎日、少なくとも5、6割は埋まっていました。
多いときは満席でね。花蓮にはこれといって目立った産業がなく、観光で街の経済は成り立ってきました。
中国からの旅行客が減っていたのに、今回の地震でさらに減ると、宿泊業はもとより、関連する分野まで非常に大きく影響しかねないと心配しています」

 林さんに、今回の地震による太魯閣の岩盤への影響はないのか聞いてみた。

 「太魯閣は山岳地帯にあたるので、自然現象による危険は避けようがありません。
ただ、だから来ないというのは、ちょっと大げさかなあと思います」

 林さんたちによれば、観光エリアとして整備されている天祥という地点までの岩盤は非常に強固だという。
その上、事故防止のための道路工事など、安全確保の努力は続いている。取材中も、新しいトンネルが掘られているのを確認した。

 「今は、台湾全体で中国からの団体客が減っているので、むしろ混雑していなくて観光にはいい時期かもしれません。
おすすめは11月~3月にかけてですね。暑くもなく寒くもなく、やっかいな蚊も少ないですから、ゆっくりご覧いただけますよ」

 え、もしかしてベストシーズンに来たってこと!?と内心、ニヤリとした。
最近では、中国からの旅行客に変わって、マレーシア、シンガポール、韓国などの旅行客が増えているそうだ。

観光に来てほしいと続く努力

 取材中、飲食店で台北から花蓮へ遊びにきた5人組に「日本人ですか」と声をかけられた。
おしゃべりするうちに、彼らが花蓮に来たのは「花蓮の観光が大変だっていうから来たんだ。
テレビではビルが崩れたりしてすごかったけど、大丈夫だったね」と花蓮への印象を明かしてくれた。同感だった。

 実際、2月12日には台湾観光局が安全宣言を出している。

 「花蓮の景勝地タロコ国家公園をはじめ、花蓮市内ほか東部一帯の観光施設、景勝地はいずれも安全が確認され、
通常通り営業し、以前と変わらない花蓮の山と海の美しさ、台湾らしい情熱的なおもてなしの気持ちをもって皆様のおいでをお待ちいたしております」

それでも、6月までの落ち込みは288億円(約80億元)にのぼると試算されている。
3月初旬、台湾観光局の会見で次のような計画が発表された。

 「被災した宿泊業者を対象に総額200億台湾元(約719億円)の融資を提供するほか、
旅行商品への助成や観光誘致PR費などに6050万元(約2億1764万円)を投入する」(3月5日付中央社フォーカス台湾)

 このほか、台湾鉄道も列車を増発する支援を発表している。葉さんは言う。

 「天が花蓮にくれたのも太魯閣なら、地震もまた天が花蓮に与えたものだといえます。
ですから、自分たちはそこにきちんと向き合わなければならないと思いますし、ここからどうするかを考えなければなりません」

 葉さん自身、政権交代の前から中国からの団体客に頼らない経営へ方針転換を図っていた。
地震直後には市内の安全を確認し、発生の2日後にはSNSで「皆さんが我々のために何かしたいとお考えくださるのであれば、
ぜひ花蓮にいらしてください」と発信した。その投稿は、たくさんの人にシェアされた。

 取材中、日本からの旅行者に出会った。初めて台湾に遊びに来たと話す松岡陽子さん・花織さん親子だ。
太魯閣渓谷で、谷に沿って走る道路が予防工事のため一時的に通行止めになっていた。
再開を待つ移動車の横を、「落石かなあ」と日本語で話しているのが聞こえ、声をかけたのだった。

 「実は花蓮へは来るのをやめようかとも思っていました。
でも、花蓮の街は元気だから遊びに来てください、という投稿を見て、行くことに決めました。
やっぱり来てよかったです。人生で初めて見る絶景だね、なんて話していたところです」

 松岡さんたちの感想を中国語で伝えると、「すごくうれしいです。またぜひいらしてください」と葉さんは満面の笑みを見せた。

 取材の間、地震の影響や不都合はなんら感じられなかった。
日本など各地から寄せられた義援金は、まだ現地に届いていない。
義援金も悪くはないけれど、やはり花蓮を応援するには花蓮を歩くこと。
それこそ、観光都市・花蓮が求める支援ではないだろうか。

https://news.yahoo.co.jp/byline/tanakamiho/20180406-00083508/

田中美帆
台北在住フリーランスライター、編集者、字幕校正者
1973年愛媛県生まれ。創価大学文学部日本語日本文学科卒業。16年半の出版社勤務を経て2013年、台湾大学語文中心に語学留学。翌年、台湾人と国際結婚。2016年、上阪徹のブックライター塾3期修了。台湾での仕事に、ポプラ社ウェブアスタ連載「たいわんの本屋」、エバー航空機内誌『enVoyage』編集、中国歴史ドラマ『皇貴妃の宮廷』字幕校正など。