もともと一般職では専門性が培われないし、出世もできないからと考えて、総合職に変わったのですが、実際には一般職でも頑張りようによってはしっかりと専門ノウハウを積み上げることができるのやと気づきました。特に正社員になってからは、与えられた仕事を指示通りに処理するだけではなくて、自分なりに判断して対応できる部分は、総合職の社員の補佐的な役目も進んで取り組むように努力してきたんですよ」

■晩婚が変えた仕事観

 44歳になった安川さんは、左手薬指に上品な一粒ダイヤの婚約指輪と結婚指輪を重ねづけしていた。まだ結婚してから日が浅いのだろうか。どのように切り出そうか、迷っていた、その時だった。指輪への視線に気づいたのか、安川さんが右手の指先を左手の指輪に愛しそうにあてながら、少し照れくさそうにこう話し出した。

 「実は……去年、結婚したんです。派遣の仕事で落ち着いてきた時にはもう40歳間近になっていました。だから、もう自分はずっと独身なんかなあ、と思っていたんです。でも、ひょんなことから、いい出会いがありまして……」

 正社員に登用されてから2年近く過ぎた頃、取引先との間で発注ミスが発生し、その処理に応援で借り出された彼女は、ともに職務にあたったことがきっかけで他部署の男性社員と急接近し、半年余りの交際を経てのスピード結婚となったという。

 「しばらく前まで、自分が結婚、それも社内の男性と結ばれるなんて、想像すらしていませんでしたけど……家庭を持つことができて本当に良かったと思っています」

 40歳代前半という年齢的なこともあり、さらに進めて子どものことを聞くのは気が引けた。安川さんの口から仕事も私生活も充実して暮らしていることを聞くことができ、どこかほっとした気持ちになり、今回はここで取材は終了しよう、と思った。ところが、彼女の表情がなぜか、曇り始めている。彼女も取材が終わりそうな雰囲気を察知し、まだ何か言い残していることがあるということなのだろうか。ここは直接、聞いてみるしかない。

 「安川さん、少しご気分でも悪いですか?」

 「…………」

 「それか、失礼ですけど、まだ何か話し切れていないことがあるのでしょうか?  せっかくの機会だから、話してみませんか?」

 「……あのー、実は……今、不妊治療をしているんです。結婚したら、やっぱり主人のためにも子どもは産みたいなあ……いえ、それ以上に私自身が、女に生まれたからにはどうしても出産を経験したいと……あっ、すみません」

 「どうして謝るんですか。(結婚も出産も経験していない)私のことはどうか気にしないで、話を進めてくださいね」

 「雑誌やネットなどからある程度の情報は入っていましたが、不妊治療はとても苦しいこと、なん、です……」

 つらさを懸命にこらえて話してくれていたが、言葉に詰まる。

 「それでも、苦しくても、ご主人と力を合わせて頑張っていらっしゃるんですね。とてもすばらしいことだと思いますよ」

 「それで……実は、仕事は2か月余り後に辞めることになりまして……つい先日、上司に話して了解してもらったところなんです。不妊治療も年齢的に最後のチャンスになりますし、一般職というても、やっぱり続けていくのは難しくて……」

 いつも取材前に描くことにしている、複数の仮説の中に、「退職」はまったく含めていなかった。取材の最終盤で、大きな軌道修正を迫られることはそうはない。取材者として、安川さんのそれまでの話しぶりや表情から、そこまで読み取れていなかったことが悔しかった。

 今回の取材の途中でたびたび彼女が見せた、弾けるような笑顔は、単に仕事や私生活がハッピーなためだけではなく、さまざまな選択を迫られてその都度思い煩いながらも、自らが最善であると自信を持てる道にようやくたどり着くことができたことを誇る、女性のプライドの表れだったのではないだろうか。

■安川さんにとっての仕事の存在

 安川さんにとって、仕事はどんな存在だったのか。どうしても聞いておきたかった。

 「女性は男性と違って、私生活の変化、結婚や出産が仕事に影響を与えるのだと今、改めて実感しています。前の会社で管理職を目指していた時には、結婚なんてしなくていい、とさえ思っていました。実際にわずかに管理職に就いていた女性はみんな独身でしたし……。当時の私やったら、子どもを産むために会社を辞めるなんて考えられなかった。仕事で能力を高め、小さなことでも地道に実績を積んでいくことはすばらしいことです。

そう実感できたのは、男性と肩を並べて働いた総合職ではなく、女性用の職種ともいえる一般職でした。ただ、それ以上に重要な幸せを感じさせてくれるものがあることを知って……結婚が、私の仕事観を大きく変えたんです。ただ……ひとつだけ、最後に言っておきたいことは……」

 「何ですか?  何でも構いませんから、言ってくださいね」

 「そもそも女性が、仕事と家庭の両方をいずれも100%の力を出し切って頑張る、というのは無理なんやないでしょうか。こんなことを言うと、今の社会で主流になっている考え方や動きに逆らうようで、非難されそうですけど……」

 仕事で苦難を経験し、自らが選んだ新たな道に向かって今、踏み出そうとしている安川さんが訴えた言葉が、心の奥に響いた。

 ※本文中の仮名での事例紹介部分については、プライバシー保護のため、一部、表現に配慮しました。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180425-00217569-toyo-soci&p=1