◇系列校で目撃した光景
 今回の問題はスポーツの舞台で起きた悪質な反則を契機に、現在の日大の体制の闇の一端が顕在化したものと考えられる。就任10年目の理事長と、スポーツ出身の側近たち。彼らの方針に逆らえない他の幹部たち。田中理事長への権力の集中ぶりがうかがえる。
 田中理事長の力の一端をまざまざと見せつけられたシーンがあった。
 5年ほど前、ある地方の日大の系列高校が創立50周年を迎え、記念行事を開催した。このときの来賓トップが日大の田中理事長。学校の幹部たちがピリピリムードで田中理事長の到着を待つ中、最も緊張感を漂わせていたのが、この高校を卒業した元五輪金メダリストだった。
 もちろん、日大の卒業生。その元金メダリストが右往左往しながら、くれぐれも理事長に失礼がないよう激しく動き回っていた。その元金メダリストはその高校の教職員でも日大の教職員でもなかったが、当然その学校が誇るべきスポーツ関係者。本来なら来賓としても上位にランクされる存在のはずだったが、田中理事長の前ではまるで接待係のような態度で臨んでいた。

 田中理事長というのは、OBも含めた日大のスポーツ関係者にとって、それほどに怖い存在ということなのだろう。過去にいろいろと面倒を見てもらった人もいるだろうし、現在の立場でまったく逆らうことができない人もいる。田中理事長、保健体育審議会の実質トップに立つ内田正人元常務理事のご機嫌を損ねて締め付けを受ければ、自らが関わる部の予算配分や推薦入学の人数などに影響し、部の活動に深刻な影響が出る。まさに死活問題だ。だから、田中理事長や内田元常務理事の顔色をうかがい、その意向に沿って動くことになる。学内選挙のようなものがあれば、指令も出るだろう。

◇「横綱輪島より強かった?」田中理事長
 08年から現職にある田中理事長は学生時代、相撲部で活躍し、67年に学生横綱に輝いた。69年に日大職員となった後、69、70、74年にはアマチュア横綱に。計34のタイトルを獲得した。
 日大から角界入りした第54代横綱の輪島の1学年先輩で、プロ入りしていれば間違いなく大成していただろうと言われる。「輪島より強かった」という評は、決して誇張ではないようだ。83年に相撲部監督となり、多くの強豪選手を育成。日大理事長の今も総監督として相撲部に目を光らせる。

大相撲で14度の優勝を果たし、現役引退後に花篭親方となった輪島が年寄名跡(株)を親族の借金の担保に入れたことが発覚して角界を追われた後、一時社会人アメフットリーグの「学生援護会」総監督を務めていた時期があった。日大OBをはじめとするアメフット界が元横綱に救いの手を差しのべた。もともと日大の相撲部とアメフット部のつながりが深かったことを示すエピソードだ。

 34の運動部を束ねる保健体育審議会局長などとして各運動部の予算や人事、特待生枠などを管理。その権限をうまく利用しながら大学や付属高校のスポーツ関係者に対する人脈を広げて影響力を拡大。大学本部で理事-常務理事-理事長という「大出世」につなげていったとされる。

つづく

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