中日ドラゴンズの広報担当者によれば、松坂大輔の取材には“2カ月待ち”の列ができているそうだ。

 それもそのはず、今シーズンは右肩痛から復活し、日本球界で12年ぶりの勝利を挙げたのを皮切りに、6月17日現在まで3勝して、オールスターファン投票・先発投票部門のトップを走っている。ただ、行列の理由はそれだけではない。復活劇に匹敵するくらい殺到しているのが、高校野球関連の取材だというのだ。

 100回という節目を迎える夏の甲子園へ向けて、この人ほど外せない役者はいないだろう。

 「松坂がすごいのは、球団の枠を超えて誰からも応援されるところなんですよ。甲子園で優勝して、日本代表で世界一になって、メジャーでも活躍した。ずっとみんなの期待を背負ってきたからなんでしょうね。中でも、その始まりがあの甲子園ですから……」

 1998年の横浜高校。

 これほど多くの人が共有しているストーリーがあるだろうか。

 センバツの雪辱に燃えるPL学園との準々決勝、延長17回の死闘はあまりに有名だし、その翌日、投げないはずだった松坂がテーピングをビリビリと破ってマウンドに上がる準備を始めた8回裏から4点、3点と奪って6点差をひっくり返してサヨナラ勝ちした明徳義塾との準決勝、そして、史上2人めとなる決勝でのノーヒットノーランを達成し、春夏連覇を成し遂げた京都成章戦。

 あの最後の3日間をハイライトに、あのチームには高校野球のあらゆる魅力がつまっていた。

「歴代最強となると春夏連覇が……」
 ちょうどNumberWebで夏の甲子園へ向けて「夏の甲子園~私が選ぶ最強チーム~」のアンケート(http://number.bunshun.jp/list/enq/2018/koshien)をしているところだったので、それについて、しばし、高校野球談義に花を咲かせた。

 「歴代最強となると、春夏連覇が1つのハードルになるんでしょうね。でも、正田(樹)の時の桐生第一はランクインしていないんですか?」

 1999年に全国制覇した群馬の強豪・桐生第一から東海大を経て、ドラゴンズの黄金時代を支えたリリーフ左腕の広報担当は、半分真顔で母校をアピールしてきた。すると、そこをチームリーダーの大島洋平が通りかかった。

大島はしばらく考えたあとにこう答えた。
 「高校野球ですか?」

 何か、ひと言ありそうな顔をしていたから、その場で歴代最強校アンケートをしてみた。

 「うーん……」

 何事も慎重な大島らしく、しばらく考えた後に納得顔でこう言った。

 「やっぱり、1998年の横浜でしょう。特に僕らの世代は。僕もあの準々決勝、PL戦を見て、甲子園行きたい! と思ったんですから。あれは今、考えてみても決勝戦だったんじゃないかなって思うくらいです」

 大島は当時、中学生だった。愛知県の享栄高出身だが、自らが生まれ育った野球王国の強豪を差し置いても、やはり、あのチームは別格であり、永遠だという。

元PL学園監督とも自然と甲子園の話に。
 結局、この日は古巣西武相手に先発予定だった松坂が登板回避したので、早めにスタジアムを後にした。最寄り駅の「西武球場前」まで歩きながら、ある人に電話をする用事があるのを思い出した。

 元PL学園野球部監督・中村順司さんだ。別件の話だったのだが、やはり会話は自然と夏の甲子園へと向かった。

 泣く子も黙る、甲子園通算58勝の指揮官は言った。

 「今もね、立浪(和義)や、片岡(篤史)、野村(弘樹)、橋本(清)たちの世代からよく聞かれるんだよ。『監督、清原(和博)さんや桑田(真澄)さんたちの代と、僕たちの代、どっちが強かったですか? 』って。だから、そういう時、僕は『そりゃあ、お前、先輩たちを立てないわけにいかんだろう』と答えるんです(笑)」

 確かに、歴代最強チームというテーマで、1998年の横浜高校に待ったをかけるとすれば、PL学園なのかもしれない。

 桑田、清原のKKコンビは1年生だった1983年の夏を制してから5季連続で甲子園に出場し、最後となった1985年の夏、決勝で宇部商(山口)を4-3のサヨナラ勝ちで倒して頂点に立った。

 またその2つ下の世代である立浪、片岡らは1987年夏に優勝して、同校史上初の春夏連覇を成し遂げている。この2つの世代が集まると、今でもよく「どっちが強かったか?」という談義になるという。1980年代後半から1990年代にかけて、PLは黄金時代だった。

高校を卒業した後の成績が大事?
 そこで妄想が膨らんできた。

 松坂の横浜と、KKコンビのPLではどっちが強かったのか? 

 中村監督は、KKの1985年を指揮し、あの1998年の横浜ともセンバツ準決勝で対戦している。伝説の両チームを肌感覚で知る数少ない1人なのだ。

 「うーん……、まあ、比べるのは難しいかな。桑田と松坂くんの投げ合いなんて想像するだけで楽しいけどね。でも私としてはあの後、PLを出て、大学やプロに行った選手がそれぞれのチームで中心になって活躍してくれたことが誇りでもあるんです」

 おっしゃる通り、その後、プロに行った選手の実績を見れば、PL学園は圧倒的だ。特にKK世代、立浪世代は群を抜いている。

 なるほど、最強の尺度とはそういうところにもあるのかもしれないな……とか、横浜か、PLか、それとも……とか、頭をグルグルめぐらしながら帰路についていると、あっという間に夕暮れになっていた。

 そして、まだ梅雨の真っただ中なのに、夏が来たような気になっていた。

 汗と涙がつまった100回分の青春ドラマがよみがえる今年の夏。熱く、長く、そして、あっという間なんだろうな、という気がしてきた。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180620-00831129-number-base&p=1


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