日本人駐在員にとってシンガポールほど住みやすい国はないと思う。公用語が英語であり、欧米と違い片言の英語でも無視されることなく、人種差別されることもほとんどなく、法律、教育、交通といったビジネスおよび生活インフラが整っていて安全だからである。

シンガポール移住前は、漠然と日本はシンガポールよりも優れていると思っていたが、今では自分がうぬぼれていたことを恥ずかしく思っている。そう思ったのはTax Academy of Singaporeでローカルの税務署職員や大手会計事務所の所員と一緒に国際税務について学んでいたときのことである。

 Tax Academy of Singaporeでは多くのケーススタディを学んだが、失敗事例は全て日本企業の事例だった。講師はよく日本企業はロジカルではない、何年も赤字を垂れ流していても撤退しない日本企業は謎だと口にしていた。

 肩身を狭くして授業を受けていたが、心当たりはいくつもあった。例えば、シンガポールに支店を持つ企業に対し、法人税の実効税率を下げるため支店から現地法人に組織形態を変更するようアドバイスしたことがある。シンガポールの法人税率は17%だが、その支店の実効税率は12%で現地法人にすれば8%以下になる試算であった。アドバイスに対してクライアントは、税金はいくらでも払うし、変更によって税務調査が入るようなことがあると嫌なので支店の形態を継続するという回答だった。

 実効税率が下がれば最終利益が増えて企業価値が増加する。コスト削減には厳しい会社なのにコストの一部である税金を減らすことよりも変化することを回避したことが印象的であったと共に専門家としての無力さを感じた。

 ToyotaのKaizenなど日本式経営手法は、1990年代までは海外のビジネススクールでもケーススタディとして使われ、もてはやされていた。私自身も20年前に日本式経営手法を大学で学んでいたので、今でも日本式経営手法は人気があると勘違いしていた。もちろんそれらの経営手法は今でも有効であるが、一方で合理的意思決定ができない日本企業はアセアンの中心で笑われていたのである。

 実際、シンガポールの学生には就職先として日本企業は人気がなく、優秀な人は裁量が大きく実力を試せる欧米の多国籍企業へ、キャリアはそこそこで安定した給与をもらいたい人は日本企業へ就職する。

●海外進出の主役は製造業からサービス業へ

 日本企業の海外進出は、自動車や家電などの製造業が中心となり拡大した。高度経済成長期に日本国内で開発生産した安価で品質のよい製品を欧米諸国へ輸出する輸出貿易がはじまりである。そして1980年代には、円高や日本国内の物価上昇等を理由に生産拠点を海外に移転する海外現地生産が広まった。製造業を中心とした海外進出は、日本人駐在員が日本の経営スタイルを現地に導入することで成功した。

 一方、近年の日本企業の海外進出は、日本国内の市場の縮小を理由に海外へ消費マーケットを求めての進出が増えている。海外進出する企業が製造業からサービス業へ変化し、進出先も先進国から経済成長が見込めるアジア等の新興国へと変化している。

 消費マーケットとして新興国に進出する場合、これまでの日本の経営スタイルを現地に導入するやり方では必ずしもうまくいくとは限らない。日本国内や先進国で売れた製品を同じ価格で新興国に投入したとしても、ライフスタイルや可処分所得の差異などから売れないことは多々ある。価格および商品やサービスの内容を現地の人に受け入れられるようローカライズできることがマーケットに受け入れられるか否かの鍵となる。

 実際、可処分所得の高いシンガポールであっても、家電量販店に行けば日本のブランドではなく価格の手ごろな韓国系ブランドばかりが並んでいる。

●日本企業のシンガポール進出の現実

 先日の米朝首脳会談の開催国として世界の注目を集めたシンガポール。日本企業の進出状況は、1998年までは製造業を中心に順調に進出企業数を伸ばしていたが前年のアジア通貨危機を契機に撤退企業が相次いだ。日本企業の減少は、リーマンショックの翌年の2008年に底を打った。それ以降は、2008年に相続税を廃止、賦課年度2005年から2010年にかけて法人税率を30%から現在の17%に段階的に引き下げられたこと、シンガポール政府が統括法人の誘致を積極的に行ったこと等から2016年まではシンガポールは日本企業がこぞって進出する進出ブーム期だった。大手企業の統括法人、企業オーナー等の富裕層、ITベンチャー、飲食業をはじめとしたサービス業の進出が多かった。

つづく

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180719-43813888-business-int&p=1