今年も各地で地方予選が行われ、夢の甲子園出場へ向け球児たちが熱い戦いを続けているが、懐かしい高校野球のニュースも求める方も少なくない。こうした要望にお応えすべく、「思い出甲子園 真夏の高校野球B級ニュース事件簿」(日刊スポーツ出版)の著者であるライターの久保田龍雄氏に、夏の選手権大会の予選で起こった“B級ニュース”を振り返ってもらった。今回は「ああ……不運編」だ。

試合開始から35分で没収試合という不運なアクシデントが起きたのが、1997年の長野県大会2回戦、飯田vs蘇南。

 前年春に軟式から硬式に転向したばかりの蘇南は、2年目の同年は春の県大会の中信地区予選1回戦で松本第一に16対13で打ち勝ち、うれしい公式戦初勝利。2度目の出場となった夏の県大会も、3年生4人、2年生2人、1年生3人のギリギリの9人で出場し、勝利を目指した。

 対戦相手の飯田は春の県大会で地区予選を勝ち抜いて南信地区の代表になった実力校。1回にいきなり4点を先行された。

 アクシデントが起きたのは、その裏の攻撃中だった。蘇南は2死から3番・北原将が三ゴロで一塁にヘッドスライディングした際に左手薬指脱臼、第2関節じん帯断裂の重傷を負ってしまった。それでも「最後までやる」と出場を訴えたが、治療を受けている最中に貧血も起こしたため、救急車で病院に運ばれた。

 この結果、8人になった蘇南は試合続行が不可能となり、試合開始から35分後に無念の没収試合(0対9)となった。

 小池昌信監督は「人数の少なさに不安はあった。まさか試合でこうなるとは思わなかった」と沈痛な表情。試合後、球場の外で残った8人の部員に「どうすることもできないが、申し訳ない」と詫びた。最後の夏となった3年生も「一生懸命やった結果だから仕方ない」と納得した。

 3年生が抜けた新チームは部員が5人となり、練習も満足にできない苦境に陥ったが、主将になった北原は「自分が中心になって借りを返そう」とチームをよくまとめ、翌年夏、1年生9人を加えた14人で県大会に出場。1回戦の上伊那農戦は、7回コールドで敗れたものの、エース・4番として最後までグラウンドに立ちつづけた。
その後、蘇南は2008年に富士見を2対1で下し、悲願の夏初勝利を挙げている。

相手打線をノーヒットに抑えたにもかかわらず、試合に敗れるという不運に見舞われたのが、2006年の西武台。

 埼玉県大会3回戦、栄北戦に先発した背番号10の2年生、青木太一は4四球を与えただけの被安打ゼロ、奪三振7奪三振で完投した。だが、結果的にこの四球が祟り、ノーヒットノーランを達成することはできなかった。

 4回、四球の走者を送りバントとエラーで三塁に進めた後、1死一、三塁から二ゴロの併殺崩れの間に1点を失ってしまったのだ。

 これに対し、西武台打線は3回を除いて毎回走者を出し、得点圏に走者を6度も進めながら、カーブ、スライダーを低めに集めた公式戦初先発の1年生右腕・大平陽康から決定打を奪えない。9回2死一、二塁のチャンスも代打が三振に倒れ、5安打完封負けを喫してしまった。

 甲子園出場歴(1988年春)があり、2001年にも県大会8強入りした西武台に対し、創部6年目の栄北はこの大会の1回戦(福岡戦)で夏の初勝利を挙げたばかり。そして、通算3つ目の白星が予想もしなかった“ノーヒット勝ち”の珍事。

 こういうことがあるから、トーナメントの1本勝負は奥が深い。

 不運と言えば不運なのだが、その一方で「超ラッキー!」とも呼べるような悲喜こもごもの珍事が起きたのが、1995年の埼玉県大会4回戦、本庄東vs立教(現立教新座)。

 立教の先発は、背番号8の2年生左腕・斎藤大。対戦相手の本庄東には練習試合で本塁打を打たれており、相性はあまり良いとは言えない。大野道夫監督も当初は「5回までの予定」と考えていた。

 だが、この日の斎藤は絶好調。伸びのある直球と緩急をつけたカーブを巧みに織り交ぜ、本庄東打線から安打を1本も許さない。

 これでは「打たれたらすぐ代えようと思っていた」大野監督も代えるに代えられず、様子を見ているうちに、とうとう8回までノーヒットノーランを継続。この時点で立教は4対0とリードしており、あとは9回の1イニングを残すだけとなった。

 ところが、8回裏の自軍の攻撃中に思いもよらぬどんでん返しが待っていた。この回、1死満塁のチャンスで2番・斎藤に打順が回ってくると、2番手・高原欣宏の初球をなんと右越えに満塁ホームラン。これで8対0となったため、8回コールドのサヨナラゲームになってしまったのだ。当然、斎藤のノーヒットノーランも単なる参考記録となり、球史に残る快記録は、あと1イニング、打者3人で幻と消えた。

 実は、記録のことを知っていたナインは「自分たちが打ったらコールドになるので、記録が消える。どうしよう」と思い悩んでいたという。そんな矢先に「満塁本塁打は打ったことも見たこともない」という斎藤が自らのバットでまさかのコールドゲームを決めてしまうのだから、野球は本当に何があるかわからない。

 通常ノーヒットノーランは打者に安打を許してストップするものだが、投手の本人が満塁本塁打を打ったことによってストップするという珍事は、高校野球の地方予選ならではと言えるだろう。

 試合後、「どうして打ったんだ?」とチームメートから冷やかされた投打のヒーローは「今にして思えば、ちょっと残念だけど、勝てたのはうれしい」とチームの勝利を喜んでいた。

●プロフィール
久保田龍雄
1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180719-00000013-sasahi-base&p=1


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