中国人民銀行vs.財政部

こうした中、中国では、経済・金融の「2つの司令塔」である中国人民銀行と財政部が、早くも公の場でケンカを始めている。

 7月13日、中国人民銀行で金融政策研究を行う研究局のトップである徐忠局長が、「最近の状況下で財政政策はもっと発動できる」と題した論文を発表し、財政部を痛烈に批判した。

 〈(財政部は)積極的な財政支出を行うと言っておきながら、実際にはまったく積極さが足りない。むしろ緊縮財政に持っていこうとしているほどだ。今年の予算の財政赤字率は2.6%にすぎず、昨年の3.0%よりも少ない。赤字率の少ない積極財政政策など、まるでヤクザが仕切る経済政策のようなものだ…… 〉

 これに対して7月16日、財政部は経済誌『財新』に「青尺」(青蛾)というペンネームを使って、「財政政策は誰が積極的と言い、何をもって積極的と言うのか?」という反撃論文を載せた。

 〈 人民銀行の徐忠博士は、積極財政の積極さが足りないと言うが、財政当局というのはそもそも、金融リスクを防止する重大な責任を負っている。いまや地方では、地方債の乱発現象が起こっている。そんな中で、金融機構(国有銀行)は、ほとんど「共犯者」と化しているではないか。

 中国は、世界第2の経済大国になって、財政政策も通貨政策も、当局者は重大な危機に直面している。いま大事なのは、いかに小国ではなく大国の観点から、問題を見ていけるかなのだ…… 〉

 このように、中国の経済・財政政策の司令塔である中国人民銀行と財政部が、公然とケンカを始めるというのは、習近平政権になって初めてのことで、まさに「夏の珍事」だ。

 3月の全国人民代表大会以降、中国人民銀行は、郭樹清書記と易綱行長の「2トップ体制」を敷いている。剛腕で歯に衣着せぬ発言で知られる郭書記と、アメリカ生活が長かった学者肌の易行長のコンビによって、何とか中国の金融リスクを抑え込もうとしているのだ。

 中国人民銀行の行長(中央銀行総裁)には、16年3ヵ月の長きに亘って、周小川前行長が君臨していた。それもあって、今年3月に周行長が引退するにあたっては、激しい後継争いが繰り広げられた。「乱世の郭、平時の易」と言われたが、米トランプ政権が貿易戦争を仕掛けてくるいまは、どう見ても乱世である。

 その意味では、郭樹清中国銀行業監督管理委員会主席が本命だったが、周前行長は、長年にわたる忠実な部下である易綱副行長を推した。また、習近平主席の中学時代の同級生で、経済全般を任されている劉鶴副首相も、長年の学者仲間である易綱副行長に傾いた。そうした結果、異例とも言うべき2トップ体制で決着したというわけだった。

 「郭書記は人事など内部の責任者で、易行長は政策や金融外交などの責任者」というのが、中国人民銀行の公式見解である。

 一方、財政部は、3月以降、劉昆書記兼部長が率いる。劉部長は福建省の出身で、地元のアモイ大学を卒業後、1982年に広東省政府に就職した。そこで31年間、勤務した後、2013年5月に、財政部副部長に抜擢された。

 2012年12月、共産党総書記に就任したばかりの習近平総書記が広東省を視察した際、習総書記がかつて17年間勤務した福建省出身ということもあって、覚えめでたかった。そこで、2013年3月に国家主席に就任するや、劉を抜擢したという説を聞いたが、定かではない。だが、習近平主席好みの「黙って命令に従う」タイプなのは事実だ。

「狂犬トランプ」を手なずけられるか
こうして3月に出帆した経済・金融の新体制だったが、早くも「トランプ爆弾」によって、亀裂が生じてしまったのである。その震源地を辿っていくと、やはり経済と対米貿易交渉の責任者である劉鶴副首相に行き当たる。

 劉鶴副首相は、習主席より1年年上の1952年北京生まれで、習主席とは北京101中学の同級生である。

 中国人民大学で学位と修士号を取り、米ハーバード大学に留学。帰国後は国家発展改革委員会に、官僚経済学者として務めた。江沢民時代と胡錦濤時代は陽の当らない傍流を歩いていたが、2013年3月の習近平政権発足とともに、中央財経指導小グループ弁公室主任兼国家発展改革委員会副主任に抜擢された。

 以後の5年間、経済問題に疎い習近平主席は、劉鶴主任に経済問題を「丸投げ」してきたようなところがあった。そして昨年10月の第19回共産党大会で、劉主任を中国政治局委員(トップ25)に抜擢し、今年3月には、経済(国内経済+対外経済)担当の副首相に抜擢したのである。

 だが、はっきり言って、学者上がりの真面目な劉鶴副首相には、トランプ大統領の相手は荷が重すぎる感があった。

 第1回米中貿易協議は5月3日、4日に北京で、第2回は5月17日、18日にワシントンで、第3回は6月2日、3日に北京で、それぞれ開催された。

 中国側代表の劉鶴副首相を迎え撃ったのは、ムニューシン財務長官、ロス商務長官、ライトハイザーUSTR(米通商代表部)代表の3人組である。特にライトハイザー代表は、1980年代の対日貿易摩擦以来、筋金入りの対外強硬派として知られる。彼らとのタフな交渉を重ねている間に、劉鶴副首相の顔色はやつれ、髪の毛は真っ白になってしまった。

 そして現在、冒頭のように、トランプ大統領の「攻勢」が顕著で、中国側は完全に「守勢」に回っている。いま北京で噂されているのは、対米貿易戦争の責任者が、劉鶴副首相から王岐山副主席に交代するのではないかということだ。

 今月70歳になった王岐山副主席もまた、10代の頃に、習近平青年と知り合った「旧友」である。ともに北京から「下放」されたのだ。その後、紆余曲折を経て経済畑を歩んだ王岐山副主席は、2008年3月から5年間、対外経済担当の副首相として、辣腕を振るった。

 リーマン・ショックの時のポールソン財務長官や、オバマ政権時の後任のガイトナー財務長官の発言などからは、いかに王岐山副首相と信頼関係を築き、ともに苦境を乗り切っていったが伝えられている。

 2013年3月に、習近平主席は「盟友」の王岐山副首相を、そのまま首相に昇格させたかったが、胡錦濤前主席の「絶対命令」によって、李克強筆頭副首相が首相に就任。王岐山副首相は、反腐敗運動を取り仕切る中央紀律検査委員会主席に横滑りした。そして昨年10月の第19回共産党大会で、いったんは引退したが、今年3月に、習近平主席に請われて、国家副主席として復活を果たしたのである。

 ともあれ、「皇帝」の習近平主席は、7月19日から、今年初めての5ヵ国外遊に出た。UAE、セネガル、ルワンダ、南アフリカ、モーリシャスという中東アフリカ地域である。その間、北京に居残った部下たちは、トランプ大統領のことを「疯狗」(フェンゴウ=狂犬)と呼び合いながら、必死に対策を練っている――。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180724-00056679-gendaibiz-int&p=4


PDF