この作品は、韓国人の「自画像」である

本作は前述した通り、主人公マンソプが、光州での体験を通して揺れ動く心理を描写することで、物語にいっそうの厚みをもたらしている。マンソプが出会った光州の人びとの情、目撃した事件の残酷さと、そこでの経験を通して逡巡しつつも変えられていく彼の心理過程を投影するのが、ほかならぬロード・ムービーという仕掛けなのだ。

 その行程を2010年代の後半という現時点の視座から描くことの意味とは何であろうか? 
 チャン・フン監督や主演のソン・ガンホのインタビューでの言葉を合わせると、要するに「歴史的な事件を目撃した国民の一人であるマンソプという人間の小さな心の変化」がこの映画のテーマであることがわかる。

 ヒンツペーターの目を通して再現された「歴史的な事件」を、今スクリーンを通じて目撃している「大韓民国の国民の一人」である観客たちに対して、「一人の人間の小さな心の変化」を促し、問いかけようとしているのである。

 そこには二つの軸が見出される。

 ひとつは、昔から韓国社会に連綿とあった、光州を中心とした全羅道(チョルラド)に対する疎外と差別の意識をいかに乗り越えるか。全羅道は高麗時代より風水上、反逆者の土地として忌避され、また朴正熙時代の経済開発では朴の地盤である慶尚道(キョンサンド)が偏重される一方、冷遇された全羅道は「韓国の第三世界」と蔑称された(主人公が光州のガソリンスタンド店員との間でささやかな感情の齟齬をきたす場面がある)。

 もうひとつは、苛烈な冷戦構造下におかれた分断国家で、民主主義を希求し、社会変革を主張する声から目を背け、運動を白眼視し、「アカ」のレッテルを貼って排除するといった意識を、いかにして乗り越えるのか(これについては、物語の冒頭で、学生運動のデモと遭遇した主人公が苛立つシーンが象徴的だ)。

 これら二つの偏見のくびきを逃れて、曇りのない目で現実に起きていることと向き合い、受け止めること。そこで自分が何をすべきか、葛藤しながらも考え抜くこと。主人公が愛車とともにたどる道行きは、こうしたプロセスそのものを投影している。

 そして、この展開を現在のまなざしで俯瞰する韓国の観客たちの絶対多数は、そこに自らのこの30年余りの来し方と自画像を重ねずにはいられないだろう。

主人公マンソプに投影された韓国現代史の中の人びと
 韓国は光州事件以降、民主化と反動を揺れ動いてきた。事件後、焼身などの過激な手段で衆目を引き、光州の真相を告発しようとする政治的自殺が漸次増加していった。

 一方で、光州市民の民主主義への信頼を裏切り、反共の砦として全斗煥支持に回ったアメリカへの背信感をテコに、その後の民主化闘争の根拠となる理念構築が進められた。それは冷戦体制下での米韓同盟のあり方をアメリカ帝国主義と意味づけることで、反米愛国的な民族統一運動を志向し、真の民主化は分断状況を克服することにより成就される、とする理念である。

 87年1月、およそ偶発的に起こったソウル大生の拷問致死事件をきっかけとし、学生と市民の垣根を超えた民主化闘争が全国的な広がりを見せる中、6月にはデモの先頭に立っていた延世大生が催涙弾に直撃される事件が起こる(7月に死亡)。

 軍事独裁政権打倒に立ち上がった汎国民的な運動は雪崩を打つように勢いを増し、ついに堪えきれなくなった与党は民主化宣言を出さざるをえなかった。こうして実現された民主化(言論、集会、結社などの自由、大統領直接選挙など)に、国民の多くは安堵したはずである。

 一方、民主化運動勢力はそれにとどまらず、さらに南北統一をめざす運動へと駒を進めた。だが統一の気運が最高潮に盛り上がった89年の訪北運動を境に、その熱気は徐々に先細るようになっていく。

 91年春、デモの渦中でひとりの学生が機動警察に殴り殺される事件が発生し、これに抗議する焼身自殺が全国で多発すると、過激なやり方は生命軽視だと非難を浴び、一般市民の心はますます運動から離れていくことになった。

光州事件が「目を背けたい過去」になる
 93年に大統領に就任した金泳三が光州聖域化を宣言し、犠牲者たちを葬った望月洞墓地を「国立5・18墓地」に昇格させる一方で、「5・18特別法」を制定して、96年に全斗煥と盧泰愚(ノ・テウ)に極刑を言い渡すに及んで、皮肉にも、光州事件とその後の民主化運動の歴史は「目を背けたい過去」と称されるようになった。民主化した韓国にとっては葬り去りたい、恥ずべき記憶、というわけだ。

 98年には全羅道出身の金大中(キム・デジュン)が大統領となり、続く盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権と、合わせて10年間の進歩政権の時代には、IMF危機の克服、日本文化開放、南北首脳会談の実現とその功績による金大中大統領へのノーベル平和賞授与、韓流ブーム、ワールドカップ日韓共催などの明るく華やかな話題の陰で、人々は「目を背けたい過去」からさらに目を背けるようになる。

 すでに民主化も南北融和も成し遂げられたとして、血と死臭にまみれたあの時代を、野蛮な恥ずべき暗黒の過去として、もはや思い起こすことさえ忌避するようになった。

 かつて光州で起きた無辜の民の殺戮劇が決して「目を背けたい過去」ではなかったことを人々が思い知るのは、言論弾圧と保守反動化が進んだ李明博(イ・ミョンバク)政権をへた後の、朴槿恵政権下で起きたセウォル号事件(2014年4月)によってである。

 韓国の人々はまた、拷問や催涙弾で学生たちの命を奪った軍事政権の暴力が、決して過去の遺物ではなかったことを、デモのさなかに放水銃を集中的に浴びせられたひとりの老人の死によって、はっきりと思い知らされた。

 この時期、イルベと呼ばれる韓国版ネット右翼の間で、セウォル号と並んで、民主化、光州といったワードをめぐるヘイトクライムが問題化する。そうした中で、セウォル号遺族たちに連帯する意思を示した文化人や芸能人に対するバッシングが過熱し、後に判明したところでは、彼らは朴政権が作成したブラックリストにも載せられた。ソン・ガンホもそのひとりである。

 「民主化宣言」を勝ち取った87年からの30年間、上記したように、韓国の人々の「光州」との関係性、民主化運動との心理的距離感は、伸縮を繰り返しながら移ろい続けた。そしてようやく、セウォル号とともに沈んだ300余りの罪なき幼い命たちに、光州で犠牲となった無辜の市民を重ね合わせることになる。

 ソウルと光州を往還しながら揺れ動くマンソプの心の軌跡は、「光州」との間を行きつ戻りつしながらも、最後にあの巨大なろうそくデモに連なった「大韓民国の国民の一人」たちがたどってきた30年間にほかならない。

なぜ「タクシー運転手」は生まれたか
 後になってみれば、つくづくと「事実は小説よりも奇なり」と言うよりほかない。

 2016年5月、ユルゲン・ヒンツペーター氏が死去。遺言に従い、爪と遺髪が光州望月洞墓地に埋められた。

 続く6月、「タクシー運転手」がクランク・イン。既述のように、セウォル号事件を機に求心力を失っていた朴槿恵政府は政権批判的な文化人や芸能人のブラックリストを作成していた。

 むろん、監督も俳優たちもそんなことは知る由もないが、朴政権の強権性と暴力性はもはや周知の事実であった。この映画はそんな政治的困難のさなかでクランク・インし、粘り強いろうそくデモによって大統領が罷免された後の、2017年8月に公開された。映画の制作過程そのものが、韓国現代史の大きなうねりと折り重なっていたのである。

 話は前後するが、同年5月、就任後初の光州での追悼式で、文在寅大統領は事件に対する真相究明を約束し、「犠牲者の名誉を守り、民主主義の歴史を記憶すること」を強調した。また、「“光州”のために闘った烈士たちを称えたい」として、「目を背けたい過去」の中に封じ込められてきた民主化運動の犠牲者たちの存在を、80年代の4人の死者たちの名に代表させて呼び起こした。

 そうした一部始終を見届けた人々は、足元の「キャンドル革命」の歴史的経緯を踏まえた事後のまなざしで、一体どんな思いで「タクシー運転手」を観たのだろうか。熱い政治の季節を生きた人たちは80~90年代の記憶と交差させつつ、すでに結末を知っているスクリーンの中の光州市民の闘いと生き死にを見つめ返したことだろう。

 そして、そうではない大多数の人々は、ドラマ「モレシゲ」に釘づけとなった90年代を顧みながら、自身もまた確かに、「あの激動の時代」をともにしていたのだという感慨を、「大韓民国の国民の一人」として再確認したのではないだろうか。そして人々はようやく、あの光州での10日間の出来事を、蓋をして封じ込めてきた「目を背けたい過去」から解き放ったにちがいない。

 「タクシー運転手」の感想を書き込む韓国のサイトで、ある投稿が目に留まった。

 “「タクシー運転手」は、人として目を背けることのできない状況を描き出しており、外部者であるはずの大半の観客たちに、大きな共感を投げかけてくれる。”

 民主化と反動を繰り返しながら、ようやく「目を背けたい過去」という呪縛を逃れて、光州事件を「人として目を背けることのできない状況」と受け止め、直視しようとする様子がうかがえる。そして観客たちの多くは「外部者」であり、だからこそ、この映画に大きな共感を抱くという。これは、まさに等身大の「マンソプたち」ではないだろうか。

 冒頭で述べた通り、先ごろ、朴槿恵政権がろうそくデモに対する戒厳軍投入の準備を進めていたという仰天情報が、スクープとして報じられた。

 もし政権のもくろみ通り「キャンドル革命」が武力制圧され、今も朴政権が続いていたら、はたして「タクシー運転手」はクランク・アップできたのだろうか。辛くも公開にこぎつけたとして、それはどのようなまなざしで受け止められたであろうか。

 同じ脚本、同じ演出、同じキャストで制作されても、それは全く別物の「タクシー運転手」になったのではないか。

 今、映画館で私たちが目にしている「タクシー運転手」は、偶発的な歴史展開の連続と、そこに生起する出来事の一回性の中で創造された、きわめて稀有な作品なのだと、今さらながら感嘆せずにはおられない。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180812-00056953-gendaibiz-bus_all&p=3


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