暗がりの中での地震。「災害ラジオ」が手巻きハンドルで「ウィーン、ウィーン」と音を立てた

9月6日午前3時8分。突然、部屋が大きく横に揺れた。

 震度7を北海道で初めて観測した北海道胆振東部地震。

 その時、たまたま筆者は札幌の親の家に滞在していて、眠っていたところで未明の揺れを体験した。揺れている間にスマートフォンから緊急地震速報が鳴る。揺れ出してしばらくしてから「地震です!」と機械音が伝えている印象だった。揺れが収まってから、電気がつくことを確認して、別の部屋では本棚が横倒しになったのを見て、そこに人がいなくて良かったと思ってテレビをつけると、NHKが緊急速報をやっていた。札幌北区は震度5強。地震の時の定点カメラが揺れている様子を映し出していた時だった。

(ブツッ!)

 そんな音とともに、いきなり真っ暗になった。停電だ。今どき、停電なんてすぐに復旧すると思っていたが、しばらくしても真っ暗なままだ。家の外に出てみると、他の家もことごとく灯りが消えている。

スマホの灯りで懐中電灯を探す。

 

 水道の蛇口をひねるととりあえずは水が出た。

 ただ、いつ断水になってしまうかわからない。

 トイレだって、いつまで使えるものかわからない。

 地震の後にはしばらくついていた電気がいきなり消えてしまったのだ。

 洗面器やバケツ、風呂場の浴槽に水を貯めることにする。

 

 しばらくして災害用ラジオを探し出した。一昨年、86歳で死去した父親が用意していたものだ。
父親の部屋が生前に彼が使っていたままになっていて、彼は防災時に備えて懐中電灯も大中小を数本保管していて電池もたくさん準備していた。

 手巻き式でハンドルをぐるぐる動かすと自分で発電できる災害用のものだ。ライトにもなるしラジオにもなる。
几帳面な人でいろいろな場面に備えて物品を揃えておくのが趣味のような人だった。

 

 乾電池も数十本、準備されていた。
災害用ラジオは手巻き用のハンドルがついていて、それを使ってぐるぐる回せば充電されて動く仕組みだが、
ラジオをつけている時にぐるぐる回すのは「ウィーン、ウィーン」と騒音が激しく、ラジオを聞いていられない。

 すぐにでも情報が欲しい。世の中、いったい全体どうなっているのか。そう思って、乾電池を入れてラジオを聞く。

「震災の時にはラジオ・・・」

これは震災のたびに繰り返し言われることだが、いざという時に停電しても情報を得ることができるメディアとして、ラジオは本当に強い。

 しばらくは暗がりの中でラジオばかり聞いていた。

各地の状況はどうだったのか。この停電はいつ復旧するのか・・・

 どうも北海道苫小牧に近い胆振地方で大変な被害が出ているらしい。

 

 民放のラジオではアナウンサーが「今見えているのは胆振の厚真町の・・・」などと言っている。

 おそらく「テレビの緊急特番」の音声をそのままラジオでも流すサイマル放送(テレビ・ラジオ同時放送のこと)をやっているのだろう。

 テレビでいくら放送していても、停電でテレビがつかない状況では見ることができない。けっきょく、北海道中で295万世帯(ほぼすべての世帯)が停電していたのだから、その時に北海道の人々はほとんどテレビを見ていなかったことになる。こうした状況を改善するには「電池で見られるテレビ」が普及することだが、現状ではあまり考えにくい。

 こういう災害時こそ、テレビやラジオの「放送」というメディアの「公共的な役割」が問われることになる。

 いざという災害時に人の「命」や「健康」「人間らしい生活」に直結する情報こそが、何よりも優先されるべきものだろう。ちょうど、テレビやラジオ、それにネットも加わって「メディアの公共性」というテーマがまさに議論されつつあるところだった。

 

 結果論だが、6日未明に行われた北海道でのテレビ放送は被災した北海道民ではなく、本州の人たちに向けてのみ放送されていたことになる。こういう状況で、実際に被災した人々がどのメディアを活用したのか、ということは今後、きちんと検証した上で今後の「放送」などの改革についても考えていかなければならないと思いながらラジオの音声に耳を傾けていた。

 今回の停電が北海道中のほぼすべての家にまで広がっていることを知った。これではしばらくラジオを聞き続けるしかない。

 地震直後はスマホでネットの情報も得ることができたが、停電している以上、残りのスマホのバッテリーを使い切ってしまわないように電源を切った。ラジオを聞くか、聞いていない時にはひたすら、手巻きハンドルをぐるぐると回してラジオの「充電」にいそしんだ。

明るくなっても・・・大停電で痛感した「ラジオ」の価値
 1995年の阪神大震災の時に、地元の放送局ががんばってラジオで、人々の生活に必要な「ライフライン情報」を流したのはメディアの世界では有名な逸話になっている。

 その時のこと思い出して、ラジオを聞くことにした。

 民放のSTVラジオだ。「リクエストプラザ」「工藤じゅんきの十人十色」など地元のパーソナリティーが放送する番組を聞いてみた。

これらの番組では、生放送で「ラジオカー」に乗ったレポーターがその時々の「街の様子」をスタジオに届けてくれる。

 たとえば札幌市内のホテルに行ってみると、朝にチェックアウトをした人たちが市内で行き場がなくなっていて立ち往生している、という臨場感あふれるレポートがあった。あるホテルでは、停電でホテルのシステムが故障しているので、宿泊客はチェックアウトするしかないという。しかし、地下鉄もJRもバスも、と公共交通機関はすべてストップしているので「どこかに行こうにも行けない状態」なのだという。

札幌市役所では携帯電話の充電サービスを開始した、という情報が流れる。
しばらくすると、そのサービスは突然、「現在待っている人を最後にして終了する」と発表される、ラジオを放送しているSTVも携帯電話の充電サービスを開始したという。

「街中の信号が停電でつかなくなっているので、通行する時にはご注意ください」
 

 そんなアナウンスが時々流れる一方でこんな声も紹介された。

「交差点を大きなクラクションを鳴らして猛スピードで走っていくドライバーがいる。なんとかならないものでしょうか?」
 アナウンサーがマナーを守った運転を呼びかける。

 ラジオカーの街角からの報告で、札幌市内であちこちのスーパーやコンビニが現在どんな状態なのかが断片的にわかってくる。

 「北区篠路のドラッグストア〇〇で100人程度の列ができている」

 「〇〇スーパーでは長蛇の列で入場に人数制限をしている。出てきた人に聞くとだいたい4時間ほどかかったという」

 リスナーからのタイムリーな情報も入る。

「大通公園の公衆トイレがさきほど閉鎖になってしまった。なんとかしてコンビニのトイレを使えるようにできないものか」
 「マンションの高層階に住んでいるので、水の給水が始まっても上に徒歩で運ぶのは大変だ」

 「134カ所の小学校や中学校などに避難所が設けられている」

 「避難所の1つの〇〇小学校に行ってみたら、外国人観光客でいっぱいで別の△△小学校のほうがいいと勧められた」

 こうした一つひとつのライフライン情報がありがたい。
それぞれが生活者の視点になっている細かいもので、それを放送する側とリスナーによる市民の情報が混ざり合っていて、アップデートされていく。
これぞ生の最新情報だ。ラジオという手作り感のあるメディアだからこそ可能になったものだといえる。

 私は、ラジオを聞きながらときおりスマホを開いてはネット情報も確認していたが、6日14時すぎ、スマホは使用ができなくなった。

 「圏外」としか表示されなくなって電波をいっさいうけなくなってしまったのだ。
おそらく、予備の電源で稼働させていた携帯電話会社の基地局も停電で使用不能になったのだろう。

 その間にスマートフォンを「ぐるぐる」の手動発電機で充電だけでもしておこうと、充電用のケーブルをつないでみて愕然とした。

 ケーブルがガラケー用の端子になっていたのである。スマートフォンは充電できないものだった。
防災ラジオなどはあるかどうかを確認するが、その防災ラジオでスマホが充電できるかどうかには日頃から意識は及ばなかった。

防災ラジオでスマホを充電しようとしたら、できなかった 

携帯電話を新しく買い替えたら、万一、停電になった場合には手動で充電できるようになっているかどうかを確認しておきたい。
実は手動式充電が可能な防災ラジオは他にも1つあったのだが、今回はどちらともがガラケー対応で、スマートフォンには対応していなかった。
これではスマホは充電することができない。

いざという時に自分が現在使っているスマホを充電できるのか。

 そうした点は今後は確認しておきたい。

 今回は札幌の停電そのものは丸1日弱で終わったので大きな不便にはつながらなかったが、
今後は現在、使っているスマートフォンも充電が可能な防災ラジオを備えておこうと思っている。

 

 防災グッズの確認や点検で注意しておくべき教訓である。