ファミリーマート社長、沢田貴司氏の「仕事人秘録セレクション」。
「ユニクロ」のファーストリテイリングが急成長する一方で生まれた様々なひずみに対処した当時を振り返ります(文中の社名、肩書、年齢等は原則として新聞掲載当時のもの)。
連載でお届けしているファミリーマート社長、沢田貴司氏の「仕事人秘録セレクション」。第12回は、「ユニクロ」のファーストリテイリングが急成長する一方で生まれた様々なひずみに対処した当時を振り返ります(文中の社名、肩書、年齢等は原則として新聞掲載当時のもの)。

会社が急拡大し始めると今度は組織を維持することが大変だった。
 フリースブーム直前の1998年8月期のファーストリテイリングの売上高は831億円です。それが2001年8月期には4185億円へと駆け上がっていきます。株価も上がり最安値の時から比べると一時期、約60倍にもなりました。

 正直言って、あまりの急成長ぶりに「怖い」と思ったことがありました。僕がファストリ社長の柳井正さんに仲介して入社してもらった玉塚元一君も全力で支えてくれましたが、このまま行くと「会社が壊れるのではないか」と。人材の育成が追いつかないのです。でも柳井さんは平然としていましたね。やはり創業者は違います。


 ただ、目が回るような忙しさで、現場で働く優秀な人たちが会社を去るようになってきました。中途採用を増やしても一人前になるには時間がかかります。接客なども少し雑になりかけていました。

 「これはまずい」と思い、ある行動を起こしたのです。「今年は退職者をゼロにする。僕の承諾なしに辞めさせない」と宣言し、「辞めたい」と言ってくる社員と一人ひとり面談を繰り返しました。

 そこで気が付いたのはみんな会社のことを愛しているのですが、いろいろな部分で齟齬(そご)があり、不満を抱いていたことでした。人間ですから仕方がありません。人事評価や人間関係でみんな悩みを持っているものです。

 当然ですが僕たち経営陣も反省すべきところがありました。お互いが問題に真剣に向き合って解決の糸口を探す努力が足らなかったのです。理解し合うと社内の空気も変わり、退職者は減っていきました。

問題は中国の製造の現場にもあった。

問題は中国の製造の現場にもあった。
 中国の工場で働いている若い女性たちに元気がないのです。話を聞くうちに彼女たちがユニクロの製品を着たことがないことが分かりました。それでは自分が作っている服に愛着が持てません。

 そこで店で売っている商品を日本から空輸させ、着てもらいました。日本で「どんなに人気があるのか」を丁寧に説明すると次第にモチベーションが上がっていきました。

優れた技術を中国の工場に移転するために繊維、染色、自動車会社などで長く勤めた人材をスカウトして熟練者集団の「匠(たくみ)チーム」も作り、技術の向上を図りました。柳井さんが考えていたSPA(製造小売り)もかなりうまくできるようになり、モノづくりの基礎も築けました。

 フリースブームが続いたのも、みんながいろいろなことを真剣に考えて良い商品にしていこう、良い接客をしていこうと取り組んだからだと思います。「どうすれば売れるか」を四六時中考えていましたね。いろんなことがいい方向に進んでいました。組織の作り方を現場で学び、充実していました。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180926-00010000-nikkeisty-bus_all&p=2