これは「鉄のカーテン演説」である
 米国のペンス副大統領が10月4日、ワシントンで講演し、貿易など経済に限らず安全保障分野でも、中国に「断固として立ち向かう」と述べた。かつての米ソ冷戦の始まりを告げた「鉄のカーテン」演説に匹敵する歴史的出来事である。

ペンス氏の演説は各紙が報じているから、内容をご存知の読者も多いだろう。たとえば、10月5日付の産経新聞は1面3段で「米『中国が選挙干渉』 副大統領 尖閣、日本に施政権」という見出しで報じた(https://www.sankei.com/world/news/181005/wor1810050003-n1.html)。

約50分間にわたったペンス演説(https://www.whitehouse.gov/briefings-statements/remarks-vice-president-pence-administrations-policy-toward-china/)をかいつまんで要約すれば、以下の通りだ。

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・中国は政治、経済、軍事的手段、プロパガンダを通じて米国に影響力を行使している。・米国は中国に自由なアクセスを与え、世界貿易機関(WTO)に招き入れた。経済だけでなく政治的にも、中国が自由を尊重するようになると期待したからだ。だが、期待は裏切られた。
・中国政府はあらゆる手段を使って米国の知的財産を手に入れるよう指示している。安全保障に関わる機関が「窃盗」の黒幕だ。
・習近平国家主席はホワイトハウスで「南シナ海を軍事化する意図はない」と言った。だが、実際には人工島に対艦、対空ミサイルなどを配備している。
・最近も中国海軍の艦艇が米海軍のイージス艦に異常接近した。
・中国は国民を監視し、反政府的人物は外を一歩、歩くのも難しい。
・中国最大の「闇(underground)教会」は閉鎖され、キリスト教徒や仏教徒、イスラム教徒が迫害されている。
・中国はアジア、アフリカ、欧州、南米で借金漬け外交を展開している。負債が払えなくなったスリランカには、港を引き渡すよう圧力をかけた。中国の軍港になるだろう。
・米国は台湾の民主主義を支持する。
・中国は米国の企業や映画会社、大学、シンクタンク、学者、ジャーナリスト、地方や連邦政府当局者に圧力をかけたり、見返りの報酬を与えている。
・最近も、ある大企業を「米国の通商政策を批判しなければ、事業の許可を与えない」と脅した。
・米地方紙の「デモイン・レジスター」に中国政府のPR記事を挿入し、米国の通商政策を批判した。だが、米国民は騙されない。
・米国のジョイントベンチャーには、社内に「共産党組織」を設置するよう要求した。
・ハリウッドには中国を好意的に描くよう、日常的に要求している。
・中国は英語放送を通じて米国民に影響を与え、学会や大学にも資金提供を通じて圧力をかけている。メリーランド大学で学んだ中国人学生は卒業式で「自由な言論の新鮮さ」と語っただけで、共産党機関紙が彼女を非難し、中国の家族も嫌がらせを受けた。
・ハドソン研究所も中国政府が好まない講演者を招いただけでサイバー攻撃された。
・我々のメッセージは「大統領は引き下がらない。米国民は惑わされない」だ。
・トランプ政権は米国の利益と雇用、安全保障を守るために断固として行動する。
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 トランプ政権の最高幹部から、これほど激しい中国批判が飛び出したのは初めてだ。私は一読して、すぐ「鉄のカーテン」演説を思い出した。英国のチャーチル首相が1946年、米国で「欧州大陸を横切る『鉄のカーテン』が降りた」と語った演説である。

 それは、米ソ冷戦の始まりを告げる歴史的出来事だった。今回の演説は、それに匹敵すると言っていい。「米中新冷戦」の始まりである。

アメリカは、もう中国を信じない
 ペンス氏は演説で「中国との冷戦」という言葉は一度も使っていないが、意識しているのは間違いない。というのは、要約では省いたが、米国独立戦争から説き起こし、第2次世界大戦、朝鮮戦争、ソ連崩壊という歴史の大きな節目における米中関係を振り返ったうえで、中国を批判しているからだ。

 つまり、現在の米中関係が歴史的転換点にあることを強調している。米国は中国を支援し、国際社会への関与を手助けしてきたが「もはや、それはできない。対決する」と語っているのだ。

 これに対して、中国はもちろん猛反発している。

 中国外務省報道官は1日に2回も異例の会見を開いて「捏造であり、荒唐無稽だ」と批判した。王毅国務委員兼外相は訪中したポンペオ国務長官に対して「間違った言動を直ちに止めよ」と抗議した。長官と習近平国家主席の会談も実現しなかった。

 トランプ政権はもちろん、引き下がらない。中国と全面対決する方針は突然、決まったわけではないのだ。それは演説冒頭にヒントがある。ペンス氏は本題に入る前に1人だけ「マイケル・ピルズベリー博士」の個人名を挙げて「演説の機会を与えられて光栄」と述べた。

 ピルズベリー氏は講演を主催したハドソン研究所の中国戦略センター所長で、国防総省顧問でもある。米中央情報局(CIA)でも働き、CIAのエクセプショナル・パフォーマンス賞を受賞した米国随一の中国専門家だ。『China 2049』(日経BP、原題は「The Hundred-year Marathon」)の著書がある。

 ピルズベリー氏はもともと、ペンス氏が触れた「中国の経済民主化を促せば、やがて政治的にも民主化されて国際社会に溶け込む」という米国の「関与政策」を主導した中心人物の1人だった。「そういう期待は誤りだった」と認めたのが、著書のテーマである。

 つまり、ペンス演説の仕掛け人はピルズベリー氏だ。彼は、単に「講演を主催した」というだけではない。演説内容そのものが、ピルズベリー氏が著書で訴えた主張と同じなのである。

 ピルズベリー氏の著書は米国で2015年に出版された。2015年は、どういう年だったか。

 中国が南シナ海で岩礁を埋め立て、人工島に滑走路を建設していることが、初めて米国の偵察衛星によって確認されたのは14年11月だった。軍事基地建設の意図に気付いて、当時のオバマ政権が駆逐艦を派遣し「航行の自由作戦」を展開し始めたのが15年である。

 まさに、その年にピルズベリー氏が中国に対する関与政策の失敗を認めて、著書を出版した。ちなみに現在、トランプ大統領の補佐官を努めているピーター・ナバロ氏の『米中もし戦わば』(文藝春秋、原題は「Crouching Tiger」)も同じ15年に出版されている。同書も中国の覇権主義に強い警鐘を鳴らしている。

 ピルズベリー氏やナバロ氏が主導した中国脅威論は、2015年ごろから米国で本格的に議論され始めた。それが3年経って今回、ペンス演説によって正式にトランプ政権の政策に採用された形だ。今回の演説は、その証拠である。

 米中新冷戦は、内実を見れば「トランプ氏という一風変わった大統領によって始められた」と理解するのは正確ではない。それはピルズベリー氏やナバロ氏のような専門家によって、米国の中国に対する認識が根本的に改められた結果なのだ。
長い冷戦の時代がまた始まる
 そうであるとすれば、新しい冷戦は簡単に終わらない。米国が勝利するまで続くだろう。ピルズベリー氏は著書の中で「今後25年間でアメリカの安全保障上、もっとも難しい問題」と書いている。すなわち、彼は少なくとも「25年間は続く戦い」とみている。

 米ソ冷戦は「鉄のカーテン」演説の1946年を始まりとするなら、1989年にブッシュ(父)大統領とゴルバチョフ・ソ連書記長によるマルタでの首脳会談で終結が宣言されるまで43年間にわたって続いた。米中新冷戦が25年間続いたとしても、おかしくはない。

 歴史家は「米中新冷戦はペンス演説から始まった」と書くだろう。もはや後戻りはできない。緊張と対立の新しい時代が始まった。

 米ソ冷戦が良かれ悪しかれ、戦後世界の骨格を形作る土台になったように、米中新冷戦は今後、数十年にわたって国際関係の基軸構造になる。影響は計り知れない。それについて、当コラムも随時、考えていきたい。

長谷川 幸洋

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20181012-00057929-gendaibiz-int&p=3