米中間の貿易戦争が軍事対決に──。2大大国の覇権争いが新たな局面に入ろうとしている。両国はいかにして対立を深めていったのか? 今後の行方、そして日本がとるべき行動は? NHKの花澤雄一郎キャスターが複雑な情勢を読み解く。

トランプ演説がついた「真理」

10月20日。トランプ大統領はINF=中距離核ミサイル全廃条約の破棄を表明した。

射程500~5500kmキロの中距離ミサイルを全て廃棄するという条約だ。冷戦の緊張緩和の象徴でもあった。しかしアメリカはオバマ政権時代から「ロシアが条約に反してミサイル開発を行っている」と批判してきたし、昨年にはロシア軍がついに実戦配備したと指摘していた。

しかし、今回、アメリカが破棄を表明したのにはもう一つ、別の理由がある。中国だ。

1ヵ月前の9月25日、トランプ大統領はニューヨークの国連総会で演説をおこなった。「各国の代表団から失笑が漏れた」という点が注目され報じられていたが、私には別の点が興味深かった。まずはトランプ大統領が「理念よりも現実」だと述べた点だ。番組でもそれを指摘した。

「アメリカの現実主義は、信用を失ったイデオロギーの人質とはならない」

イデオロギーなどというものは現実の問題を解決しない無意味なものであり、アメリカは現実に対応し事態を動かしていく、という宣言だった。実際、トランプ大統領がこの1年半におこなってきた外交はまさしくそうだ。

そしてこれはオバマ政権に対するアンチテーゼでもある。オバマ大統領は理念や理想を掲げ、国際協調を打ち出した。どれも非常に耳障りは良い。世界中のメディアが好意的に受け止め、あるいは絶賛した。今回も日本では「オバマ大統領は良かったのに……」と比較する報道が目立った。

しかしオバマ大統領は、演説はともかく外交面の実績は、多くの日本人のイメージとは大きく異なっている。世界にはアメリカとは全く別の価値観や世界観、正義を掲げる国、民族、組織があふれている。

プーチン大統領は「話せばわかる」という甘い相手ではないし、習近平国家主席は「南シナ海の人工島の軍事化はしない」と約束しながらまったく守らず軍事拠点化をほぼ完成させた。その間、オバマ大統領はこれを本気で止めようとはしなかった。

「アラブの春」をオバマ大統領は後押ししたが、今のところそのほとんどで混乱と殺戮、抑圧の強化を招く結果となったし、今もシリアやリビアでは人々が混乱の中で苦しんでいる。そして北朝鮮の核開発を放置した。

今回の演説は欧米のメディアやエリートにはまったく評価されず嘲笑されたが、「理念など何の役にもたたん」と言い切るトランプ大統領は、実は一面の真理をついている。それを前任者が証明している。しかし、だからといって現実主義のトランプ外交が成果を出すとは限らない。何をもたらすのか、その結末はまだ見えていない。

「結局世界はパワーゲーム、利益の奪い合いだ、圧力によって他国をねじ伏せアメリカの利益を守る、それによってアメリカ主導の世界秩序を維持する」

それがトランプ外交の目指すものだが、ねじ伏せられなければさらなる混乱を招く。欧米や日本など先進国を中心に、曲がりなりにも多くの国を結束させてきた理念を失う分、失敗したときの混乱は深い。リスクの高い危険な賭けだ。

理念を掲げながらも指導力を失い、世界からアメリカという重しが失われることになったオバマ外交と、現実主義だとして圧力とディールで揺らいでいるアメリカの覇権を守ろうとするトランプ外交。そのどちらかに世界の安定がありえるのか、どちらでもないのか。改めてそれを考えさせられた演説だった。

米中の緊張が確実に高まった「事件」

アメリカの覇権を守ろうとすることで、必然的に対立するのが中国だ。特に圧力を使うやり方は危険を伴う。

国連での演説でもその姿勢が明確に表れることになった。中国は技術を強制的に移転し知的財産を侵害してきたとあげつらい、「アメリカはこうした不正をもう許さない」と訴えた。国連演説でアメリカ大統領が中国を名指しして厳しく非難するのは異例だ。

中国への圧力を本格的に強めていく、その政権の意思が表れていた。

この演説に先立つ9月20日、トランプ政権は中国軍の兵器調達部門とその幹部に対する制裁を科していた。ロシアから最新鋭戦闘機スホイ35と地対空ミサイルS400を購入したことがその理由だが、中国軍に直接制裁を科すのは異例だ。

これに中国は強く反発。これは対立が深まる引き金となる、と指摘された。しかしそれどころか、アメリカの圧力はさらに強まっていった。

9月24日、台湾への武器輸出を決定し、23,25日の2回にわたりB52が南シナ海上空を飛行、26日にはトランプ大統領が国連安保理の首脳会合の場で「中国がアメリカの選挙に介入している」と指摘した。王毅外相の面前でだ。さらに27日にはB52が自衛隊機と東シナ海を飛行、どこまで続くのかと思われたが、30日に事件は起きた。

アメリカ軍のイージス駆逐艦「ディケーター」が南沙諸島(スプラトリー諸島)で航行の自由作戦をおこなっていた際、中国軍の駆逐艦が異常接近したのだ。イージス艦の進路を遮るように接近し、その距離はおよそ40mだったという。その後アメリカ軍が公表した写真からはさらに近く見える。衝突もあり得る、かなりの危険行為だ。

米中の緊張は確実に一段階高まった。番組ではそう解説した。

オバマ政権は、中国が強硬な姿勢を見せさえすればそれでひるんだ。何らかの落としどころでよしとした。中国から見れば「怖さ」はなかった。いったん和解したかに見せて、じきに人工島の造成や軍事拠点化を再開する。その繰り返しでついにここまできた。

2015年9月の首脳会談では、習主席はオバマ大統領との共同会見の場で「これ以上の軍事拠点化はしない」と明言した。にもかかわらず、その後も、そして今も軍事拠点化を進めている。緊張や衝突を怖がれば足元を見られる。弱みを見せたほうが負ける。

今回の中国の異常接近についてすぐに日本政府の高官とも議論したが、習近平国家主席が指示したとは考えにくいという点で一致した。ある程度強い姿勢を示すことは指示があったとしても、ここまでするのは軍の判断ではないか。

ただ、いずれにしても中国は強い姿勢を見せて緊張を高めてみせた。中国からすれば、貿易戦争だけでも対応に苦慮していたところに軍事面でも次々と強硬な対応をされて、戸惑っていただろう。もうこれ以上やると衝突もあり得るぞ、というメッセージだ。

アメリカの「新・冷戦宣言」

しかしトランプ政権は引かない。

その4日後の10月4日、ワシントンで演説したペンス副大統領が、中国を徹底的に批判したのだ。異常接近については「我々は脅しには屈しない。身を引くことはない」と言い放った。そして貿易問題、知的財産の侵害、南シナ海、台湾、選挙干渉、一帯一路、さらにウイグル族の弾圧まであらゆる問題を列挙し、非難を続けた。アメリカによる「新たな冷戦の宣言」とも受け止められている。

これはアメリカの対中政策が完全な「覇権争い」という認識になったことを表す演説だ。世界はこの演説を歴史の転換点だったとして、象徴的に思い返すことになるかもしれない。それほどインパクトのあるものだった。

16日、またしても2機のB52が南シナ海上空を飛行している。18日にはマティス国防長官と魏鳳和国防相が会談をおこない、高まり続ける緊張をいったん落ち着かせたが、一時的なものだ。

アメリカと中国の描く「世界の覇権を握る」という国家戦略は相いれない。長期的に米中の緊張は高まるしかない。歴史の必然だ。

もう1つ、貿易戦争にも触れなければならない。

現在、軍事、経済両面での対立となっているがこれも偶然ではない。覇権とは究極的には軍事力の優劣だが、軍事力は経済力によって支えられる。現在のペースで中国が経済成長を続ければアメリカの経済力を上回り、そうなればいずれ軍事的優位を失うことにつながる。それが10年前からアメリカが懸念してきたことだ。

その意味で、トランプ政権は中国の先端技術が生み出す経済力を強く警戒している。しかもそれが知的財産の盗用、強奪によって起きるなど決して許さない。さらには技術力を生み出す巨額の補助金をもやめさせようとしている。習近平国家主席が打ち出した経済戦略「中国製造2025」を警戒するのは、技術が経済を牽引し、経済力で凌駕されることにつながると考えるからだ。

つまり米中の貿易戦争は、貿易赤字削減が目的ではない。中国経済の成長を押さえつけ、アメリカを上回ることがないようにすることだ。

そうした危機感はトランプ政権だけにとどまらない。むしろアメリカ議会は民主・共和を問わず、トランプ政権以上に厳しい姿勢を見せている。そして中国軍への危機感は国防総省がオバマ政権の初期から強く抱いてきたものだ。トランプ政権が終わったとしても、アメリカの中国への厳しい姿勢は変わらないだろう。

INF条約破棄が日本に与える影響は

10月20日、トランプ大統領がINF全廃条約の破棄を表明した。

中国はINF条約に縛られることなく中距離ミサイルの開発を進めてきた。そして新型弾道ミサイル「東風26」の実戦配備を今年4月に発表している。核兵器搭載可能で、最大射程は4000km。グアム、沖縄などの米軍基地や日本全域を射程に収め、さらに空母や駆逐艦などへの精密攻撃ができるとしている。しかも途中で方向を変えられるなど迎撃も難しい。このミサイルはアメリカ軍を西太平洋から排除することを目指したものだ。

台湾有事にとどまらず、南シナ海、東シナ海での有事でアメリカ軍の接近を防ぎ、あるいは応援も阻止するために重要な兵器だ。そしてアメリカにはこれに対応する射程のミサイルが存在しない。当然のことながら、アメリカはこの軍事的なアンバランスを放置することはできないと考えたのだろう。

実はペンス副大統領はあの演説で「中国はアメリカを西太平洋から排除し、同盟国を助けるのを防ごうとしている」と明確に述べている。日本の安全保障上も死活的に重要な問題だ。決して他人事ではない。

今年2月、クリントン政権で国防次官補を務めた国際政治学者グレアム・アリソン氏にインタビューした。覇権国家と台頭する新興国家は望んでいなくても軍事衝突に至る危険性があるという「トゥキディデスの罠」。この言葉を作ったのがアリソン氏だ。

過去500年の覇権国家と新興国家の衝突を振り返り、米中戦争のシナリオを予測した著書『米中戦争前夜』が昨年、アメリカでベストセラーにもなった。同書では、歴史上、多くの場合で戦争に発展していることを挙げながら、米中の軍事衝突の可能性を指摘している。

インタビューで特に頭に残っているのがこの発言だ。

「誰も戦争など望んでいません。でも双方の国が何か反応しなければと考え、それが繰り返されて気づいた頃には戦争に突入しているのです」

世界は大きな岐路にある。世界を安定させるシステム、秩序が問い直されている。

米中の緊張は必然的に高まっていく。今のところ落としどころはまったく見えていない。日本は目先の利益に惑わされず、長期的な視野に立って戦略を定めなければならない。日本の行動は米中の衝突を招くことにも避けることにもつながりうる。

どんな世界をめざし、そこに向けて何ができるのか。

困難な現実が私たちに突きつけられている。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20181029-00000003-courrier-cn