戦時中に日本で働いた韓国人が「強制労働させられた」と主張して新日鉄住金に賠償を求めていた訴訟で、韓国の大法院(最高裁)は10月30日、原告の主張を認めて賠償を命じる判決を出した。これは1965年の日韓基本条約で「完全かつ最終的に解決」したと明記されている請求権の問題を白紙に戻すものだ。

日本政府は「断じて受け入れることはできない」と韓国政府に抗議したが、同様の訴訟は80件近くある。戦後70年以上たって、条約で決着した戦時中の問題がなぜ出てくるのか。この背景には、日本人にはわかりにくい韓国のナショナリズムがある。

■ 韓国人は「徴用工」だったのか

 そもそも今回の訴訟の原告は「徴用工」だったのか。彼らは「強制労働させられた」と主張しているが、戦時中に日本政府が強制的に「徴用」した労働者は、終戦時の厚生省の統計によると245人しかいなかった。これは戦時労務動員計画で「半島人の徴用は避ける」という方針だったためだ(同じ理由で徴兵された兵士もほとんどいなかった)。

 多くの朝鮮人労働者は「官斡旋」という形で募集され、日本の炭鉱や工場や建設現場で働いた。内地の賃金は朝鮮半島の2倍ぐらいあったので、何倍もの朝鮮人が応募した。今回の原告も政府の徴用令で強制労働させられたのではなく、募集に応じて労働したのだろう。国会で安倍首相は「4人はいずれも募集に応じたものだ」と答弁した。

 こういう問題は日韓条約と同時に締結された日韓請求権協定で決着した。これは「賠償」ではなく、韓国に無償3億ドル、有償2億ドルを供与する「資金協力」だったが、戦時中の請求権については日本政府が韓国政府にまとめて支払うことになった。個人請求権は残るが、それは韓国政府に対して行われることになった。

 ところがこの政治決着をくつがえしたのが、1990年代に始まった慰安婦問題である。これについて韓国政府は当初「日韓請求権協定で慰安婦は想定していなかった」と主張したが、一般の労働者は請求権協定の対象だった。ところが慰安婦問題が泥沼化する中で、条約で決着がついた労働者の問題まで蒸し返されたのだ。

■ 韓国は「抗日戦争に勝った戦勝国」

 この背景には、韓国人の屈折したアイデンティティがある。歴史的に、朝鮮民族は中国の圧倒的な支配下で、国内の地域分裂に悩んできた。日本の植民地時代には「日本国民」というアイデンティティを押しつけられたが、戦後それから解放されたと思ったら南北に分断され、ナショナリズムが歪んでしまった。

 韓国は1910年の日韓併合を「侵略」と考え、日本の朝鮮半島支配に抵抗する「抗日戦争」を続けて1945年に勝利したことになっている。韓国憲法の前文には「悠久な歴史と伝統に輝く我々大韓国民は、3・1運動で建立された大韓民国臨時政府の法統を継承し・・・」と書かれている。

 3・1運動というのは1919年に起こった独立運動で、「大韓民国臨時政府」というのはそれに失敗した指導者が上海に逃亡してつくった亡命政権だ。政府としての実態はなかったが、「大韓民国」という国名はこのときできた。韓国の歴史教科書では、この臨時政府が日本と戦って勝利し、独立を勝ち取ったことになっているのだ。

 この歴史観にもとづき、韓国は1951年にサンフランシスコ条約で「戦勝国」として日本に21億ドルの賠償を求めたが、連合国に一蹴されて条約には参加できなかった。朝鮮が日本の支配から脱却したのは抗日戦争に勝ったからではなく、日本がアメリカとの戦争に負けて植民地支配が終わったからだ。

 戦後できた韓国の軍事政権は賠償を求めたが、日本政府は応じなかった。旧宗主国が旧植民地に賠償した例はなく、日本と韓国が戦争した事実もないからだ。

 当時の韓国は一人当たり国民所得が100ドルにもならない最貧国で、北朝鮮に対しても劣勢だった。国庫が底をついて政治的に追い詰められた朴正熙大統領は、日韓国交を突破口として経済を改善する妥協策として、日韓条約を結んだ。

 このとき朴政権は、国民の請求権を韓国政府が一括して受け取るということにしたが、経済援助のほとんどを政権が取り、インフラ投資などに回した。結果的には日本の援助のおかげで、韓国経済は60年代後半から「漢江の奇跡」と呼ばれる急速な成長を遂げた。

■ 「仮想敵」として利用された日本

 このため韓国の政権は、80年代まで日本に対して友好的で、徴用工も慰安婦も問題にならなかった。「強制連行」という言葉が広く使われるようになったのも90年代である。その先頭に立ったのが朝日新聞だが、最初は大した話ではなかった。

 ところが93年に軍事政権から民政に移行した韓国政府が、この問題を政治的に利用した。軍事政権で国民を統合したのは暴力だったが、民政に移行すると民主主義だけでは求心力を維持できない。そこに出てきたのが慰安婦問題である。

 これを政治課題として取り上げたのは韓国初の文民大統領、金泳三だった。彼もこの問題を「河野談話」で政治決着させようとしたが、それが国内マスコミの批判を浴びると強硬姿勢に転じ、今日に至る泥沼化の原因となった。

 とはいえ日韓条約を変えることはできない。個人請求権は日本政府ではなく、韓国政府に対する請求権である。2008年に盧武鉉政権も「賠償請求権は日本が韓国に無償供与した3億ドルに含まれる」と明言した(慰安婦などは例外とした)。文在寅大統領は、このとき大統領の主席秘書官だった。

 政権が代わるたびに条約まで反故にする韓国の政治は、日本人には理解しがたいが、儒教圏ではよくあることだ。中国では王朝が交替すると、皇帝の一族も高級官僚も皆殺しにされ、宮廷は徹底的に破壊され、遷都が行われることも多い。中国の劣化コピーである韓国では、大統領が交代するたびに「王朝」が交替する。

 この国家権力と精神的権威が大統領に集中した「政治的一神教」を維持するには、常にすべての国民の共通の敵を作り出す必要がある。そこで日本を「仮想敵」に仕立てるシンボルとして使ったのが慰安婦問題だった。今回の「徴用工」問題は、そのレトリックの行き着く先だ。

 しかし日韓条約の歴史をみてもわかるように、韓国政府は最終的には世界の常識に合わせざるをえないだろう。日韓条約を実質的に破棄したら、日本との外交関係は破壊され、韓国経済にとって大きな打撃になる。それは文大統領もわかっているはずだ。今回の問題は、韓国が法の支配の確立した「先進国」になれるかどうかの試金石である。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20181102-00054569-jbpressz-int&p=1