徴用工判決や慰安婦財団の解散などで揺れる日韓関係。今年は小渕恵三=金大中による日韓共同宣言から20周年という節目の年だったのだが
昨今のニュースでは徴用工判決や慰安婦問題など日韓関係が危ぶまれる報道をよく目にするが、実は今年2018年は韓国で日本の映画、音楽などが解禁された“大衆文化開放“が始まって20周年という節目となる年だ。

李承晩政権が成立して以降、韓国内では法令によって日本の大衆文化(映画/音楽/漫画/アニメなど)の韓国流入が規制されてきた。しかし、1998年に金大中大統領が日本に訪れた際発表された「日韓共同宣言 21世紀に向けた新たな日韓パートナーシップ」に基づき、韓国内で日本文化が少しづつ開放されてきた。
日本文化開放は4段階に分かれており、第1次開放は1998年10月20日。続いて第2次開放は1999年9月10日。第3次は2000年6月27日。そして第4次開放は少し間が開いて2004年1月1日に解禁となった。

まず、第1次開放から日本の漫画本や漫画雑誌が完全開放された。それと、同時に可能になったのが映画の公開だった。しかし、すべての日本映画が許されたわけではなく、世界4大国際映画祭(カンヌ映画祭、ベネチア映画祭、ベニス映画祭、米アカデミー賞)受賞作品、または日韓共同制作(20%以上韓国出資であり、さらに韓国人監督もしくは韓国人俳優主演の場合)のみ上映可能という高いハードルの条件付きだった。世界的に芸術作品と認められた映画のみ韓国で公開できたのだ。

この時、韓国で公開された作品は、黒澤明監督の『影武者』、今村昌平監督の『うなぎ」、北野武監督の『HANA-BI」などである。また、日韓共同作品として制作された「家族シネマ」(原作=柳美里、監督=パク・チョルス)も公開された。この頃になると韓国の映画配給会社はすでに次の第2文化開放に向けて公開する日本映画を買い付けるようになっていた。

北海道ブームも起こしたあの映画
第1次開放から約1年後、待ちに待った2次開放が解禁になった際には、韓国映画振興委員会と国際映画製作者連盟(FIAPF)が認めた83の国際映画祭のうちいずれかの受賞作品であり、またセンサーシップが全年齢観覧可能映画が上映できる条件となった。このため韓国内では、買い付けた映画を上映させるために、国内の映画祭主催者と口裏を合わせて何かの賞に入賞させるという荒業にでた配給会社も多かったという。

この時、公開されたのが韓国で大ブームとなる岩井俊二監督の『ラブレター』である。韓国では1999年11月20日に公開され若者を中心に大ヒットした。当時韓国に旅行した多くの日本人が、突然「お元気ですか~?」と日本語で声を掛けられてびっくりした経験をしたという。これは映画『ラブレター』の中で主人公の中山美穂が叫ぶ名セリフである。いまだに韓国人に知っている日本語を聞くと「こんにちは」や「ありがとう」と並んで「お元気ですか?」を挙げる人が多い。

また、この映画のヒットによって映画の舞台になった北海道への韓国人のロマンが高まり、その後北海道ロケをする韓国撮影隊が続出した。韓国のプロモーションビデオやCM、また韓国映画に登場する日本の舞台が北海道が多いのはやはり『ラブレター』の影響だろう。

第3次開放は、第2次からわずか9か月後に実施された。映画祭未受賞作品もR-18以外のすべての日本映画が上映可能となった。このあたりから日本映画が大量買い付けされ、様々なジャンルが公開されることになる。完全開放(第4次開放)となったのは2004年。それまで国際映画祭受賞作品のみ公開可能だった劇場用アニメーションも2006年の1月に全面開放になった。

3次から4次まで多少時間がかかったのは、2001年7月に日本の歴史教科書問題が勃発し、一時中断されたせいだ。筆者もこの時期には韓国に住んでいたが、市場で買い物をしていたら見ず知らずの店員やタクシーの運転手にこの件に関してどう思うかを聞かれたり、日本への怒りなどを何度か聞かされた覚えがある。このように文化開放と日韓の政治問題は密接に結びついている。

劇場上映は自由化されたが

このように時間をかけて日本映画の劇場上映に関しては完全開放となったが、地上波TV放送ではいまだに日本のドラマ、映画などが放送できない。また、DVD化やネット配信についても韓国内で劇場公開済みでなければならないという条件付きになっている。

これによりビデオスルー(劇場公開せずにビデオ販売させること)ができず、公開するまでもないがビデオで日の目を見るような隠れた名作が紹介される機会がないのだ。韓国ではビデオなどの二次版権市場がすでに崩壊しているが、もしも上映されていなくても直接パッケージ発売されるようになったら、マニア層を狙った作品も多く買い付けされるようになり、紹介される映画の多様性にもつながる可能性もあるはずである。

さて、第4次以降すっかり静まり返っている文化開放だが、第5次開放はいつ頃になるのか。2011年頃、論議されたものの、その後いつの間にか立ち消えになってしまった。文化、芸術と政治的な部分は切り離して成り立って欲しいものだが、日韓関係においてはなかなか難しいのは歴史的に見ても明らかである。

しかし、文化の発展をしようとするならば、たくさんの芸術家たちと交流をもち、多様な作品に触れることが大事だ。それは国内だけでなく国を越え海外に羽ばたいていく対策のためとしても、その国々の作品を知る必要がある。もちろん反日感情を考慮することも大事な事だろう。しかし、「日本の映画だから見る人がいない」などと言うのではなく、政治的な部分から切り離れたところで、いつか純粋に良い映画作品やTV作品を多様なメディアで自由に観られる日が来ることを望んでいる。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20181128-00010007-newsweek-int&p=2