ライターの田中亜紀子さんの父親は、元教師で無事故無違反というゴールド免許。日に4回くらい車で外出することが気晴らしだった。しかし、明らかにおかしい行動が続き、認知症と判断される。それでも医師たちは「権限がない」と運転を自主的にやめるように優しく語りかけるだけだった。

 悩む田中さんが知った、「認知症の診断を受けたら運転免許の取り消しに向けた手続きがある」という事実と、その手段。しかしそれを知ってからもさらになお、修羅場が待っていた……。

運転を強制的にやめさせる手続きとは
 「その病院と医師の名前をこっそり教えてもらえませんか? 大事にはしませんので」

 2017年の秋、ようやくたどりついた、認知症の高齢者の運転を強制的にやめさせられる可能性。81歳の父が認知症と診断されてもなお、「やめさせる権限」がある場所がない――探し回ってたどり着いたのは公安委員会だった。そこから電話をまわされた運転免許センターの担当者に、病院では権限がないとやめるように強く言ってくれなかったと伝えると、上記のようにささやかれた。

 その方は、父が認知症と診断されたにも関わらず、医師が運転を黙認し、とめる方法はないと私に言い切ったことに対し、かなり立腹していた。病院には、完全に認知症と診断されたら、免許取り消しに向けて動くように通達しているはずだという。そして、病院が地域の大きな病院と聞き、許せない様子で具体名を聞いてきたのだ。

 しかし、さすがに伝えるのは気が引けて、具体名はふせたまま、医師だけでなく、お役所や警察の同じ運転免許センターの別部署の方も教えてくれなかったことだけを伝えて、電話を切った。

 本人の意思がなくても、家族や医師の申し立てがあれば、運転免許取り消しに向けた手続きができると知ったことは、スキップしたいほどの気持ちだった。しかし、こんな大切な情報がなぜ広く知られていないのだろう。ものすごく疑問だった。まず、「方法はない」と断言した若い女医に、この結果を伝えに行くと、青ざめた彼女は「本当に知らなかったんです」を繰り返した。

 神経内科と言えど認知症は専門外なので、上司に相談したのだとはいう。すると上司からは、本人からの返納を促すようにとだけ指導されたそうだ。促されても返納しない担当の認知症の患者が、事故を起こしたらどうなるのか? 指導した医師ともども、そこに考えは及ばないのは、危機感が足りないのではないだろうか。
なぜその手段が広まらないのか

実は、その市民病院には認知症の専門医が一人もいないことがわかった。だから「警察にそういう場所があるかも」と教えてくれたベテラン女医ですら、専門医ではなかった。ベテラン女医のところにも報告に行くと、さらに調べてくれていた彼女は「病院の現場では、公安とは少し意見が違うのよ。本当に運転ができないか、判断の度合いの判断が難しいし、本人の意思がないのに強制的にとりげることで病気がひどくなることもあるし」と言っていた。ただ、父の場合は、もう運転をやめたほうがいい域にいることは間違いないらしい。

 とにかく私はこれ以上父の運転を黙認できないので、説得してもだめな場合、公安委員会に提出する診断書を書いてもらうようにお願いして帰った。

 だが、どうしても解せなかった、せっかく運転をやめさせる方法があるのに、なぜ広く知られていないのか。理由をいろいろ調べてみる。まず、その案件は、道路交通法の103条の中にあるが、認知症だけでなく他の精神疾患など様々な「運転に適さない病気」の人にも適用されるもので、扱いがナーバスなのかもしれない。

 そして、これは大きな要因だと思うが、トラブルが多いから、家族や医師が手を出すのに躊躇するのだ。いきなり行政処分の免許取り消しに向けた聴聞会の通知が来て、本人が知らぬ間にそういう手続きが行われていたことがばれる。聴聞会を欠席すると自動的に取り消しとなる。そして聴聞会に出席して本人が弁明しても、新しい証拠(ほかの医師の診断書など)がなければ免許が取り消しになる可能性は極めて高い。病状などによっては、聴聞の通知前に、本人に公安指定の病院で診断を受けさせることもあるそうだ。

 しかも取り消しに向けた過程の中で、申請した人の名前はわかるので、「勝手なことをした」と家族や医師に怨嗟の思いを抱いたり、毎日免許交付所に通って、奪還をお願いし続けることもあるのだという。確かに私の一存で免許をとりあげる申請をしたら、父がどう騒ぐかを想像でき、さすがに迷いが出る。そうこうしているうちに、父は82歳となった。

次のハードルは「家族」だった

そこで、ここからは軋轢を少しでも減らすため、まずは家族で協力して進めようと、妹夫婦に「強制的に免許を取り上げる手続きがあったからやってみようと思う」と前向きに伝えた。

 すると驚いたことに二人とも大反対。特に妹は「まだお父さんは運転できるのに騒ぎすぎ。運転しないあなたがそんなことをいう権利はない」と、なぜか私を非難する。妹の夫は「お父さんの意志を無視したら遺恨が残るし、もっと病気がひどくなる。生きがいを取りあげるわけだし」。事故を起こしたら、生きがいどころか、他人の命さえ奪ってしまうかもしれないのだが……。というより、そもそも、認知症患者は運転しちゃだめだと決まっているといっているのに……。

 もう父に恨まれても勝手に申請しよう。そう決意した頃、父が軽い事故を起こした。何時間も帰ってこない父の携帯に、私は何度も電話をしていた。ようやく父が出ると、なんとスーパーの駐車場で隣の車のドアをこすり、簡単な現場検証の真っ最中だったようだ。詳しいことは本人が語らないのでよくわからない。でも、その事故の現場検証を経てもなお、免許をはく奪される気配がない。

 3月の道路交通法の改正で、75歳以上が一定の違反行為を起こした場合、有無をいわせず認知機能の検査をすることになってはいる。しかし、検査される事故の項目は18個あり、信号無視や通行禁止違反など。悲しいかな、駐車場で車をこすったくらいでは検査はなかったのである。

 ただ、この事故を機に、叔母と妹夫婦が本格的な説得にのりだしてくれたのは助かった。「『わかった、もう運転しない』ってお父さんが言ったから、うるさく言わないであげて」と妹に言われたが、そんなに事は簡単にはすまないはずと内心思っていた。

 と、やはりその翌日、またしても車がないではないか。

腹の中に免許証を隠し……
 驚いて妹にそのことを連絡すると、妹夫婦がすごい勢いで自宅に駆け込んできた。ドライブから戻った父に、妹が怒鳴っている。

 「もう運転しないって言ったよね。ここに運転はしないって署名捺印して!」

 妹が紙を出す。妹の夫も、

 「お父さん、この間、約束しましたよね。事故もあったし危ないので、免許証は預からせてください」

 追い込まれた父は、今まで二人の前では見せたことのない興奮した顔で「うるさい!」と怒鳴り、免許証を持って2階の自室に逃げた。

 大きな音をたてて扉をしめた父を、二人が追っていき、「渡してください」「いやだ」と大声での応酬が聞こえる。私も様子を見に行くと、父は免許証を服のお腹に隠しいれ、ベッドでごろごろ寝転がって「だめだったらだめだ。絶対に渡さない」と必死の形相で防御している。妹の怒号がさらに響く。

 そんな修羅場と化した状況を、どこか他人事のように私は見つめていた。これも地獄のようだが、本当の地獄は、他人さまを怪我させてしまった時にやってくるのだろう。

あっけない幕切れ

そんなことがあったのに、まだ運転をやめない父。もはや強硬手段に出るしかないか――しかし、免許返納をお願いし始めてから数年、絶対にやめさせなければと毎日のように説得に失敗しつつけて1年近く経った日、あっけなく幕切れが訪れた。

 検査で認知症の中でもピック病の可能性が高いとわかり、専門医を訪れた時のこと。年配の男性医師が「駐車場でこするようになったらやめ時ですよ。せっかくこれまで事故をおこさずきたのだから、卒業したらいかがですか?」とさらっと言って笑顔を向ける。すると父は「もう運転するのはやめます」と無表情で言った。

 耳を疑ったが、父はもう一度「やめます」と繰り返した、この間の事故で自信も失い、家族全包囲網にもうんざりしたのであろうか。それまでは女医さんだったから甘く見ていたのだろうか。わからない。12月某日。ディーラーさんが回収に来て、車が消えてなくなった。安堵のあまり私は寝込んだ。

 その後、高齢の事故報道を見るたびに、いろいろなことに思いをはせる。必死でやめさせようとしていた家族や友人もいただろう。でも我が家のように、病院や周囲に深刻にやめさせようしない人が多かったのかもしれない。家族の中に「まだ運転させてあげよう」と意見の人もいたかもしれない。

 「ご本人の意志」を尊重するのは確かに大切なことだ。しかし、認知症になったら、まっとうな判断ができるのだろうか。そもそも高齢者を認知症検査に行かせることが、どれだけ難しいか。それを病院や役所に知ってほしい。決死の思いで引っ張って行っても、そこで強く止めずに運転を黙認された時の失望感は忘れられない。認知症患者の運転を黙認することは、「ご本人の意思」とは関係なく、本当に危険だ。患者にとって強い説得力を持つ医師だからこそ、「やめさせる権限」がなくてはならないのではないだろうか。

 約1年の格闘の日々の後、願うのは、まず医療現場にもっと危機感と責任感を持ってほしいこと。認知症と確定しているなら、本人の意思に反しても運転免許を取り消す手続きに入れることや、認知症の人には運転させてはならない当たり前の事実が、医師や地域をはじめとした多くの人に認識されること。

 そして75歳以上は、免許更新を一度したら3年間そのままは長すぎるので、せめて1年ごとの更新にしてほしい。認知症が進行し始めたら、それは転がり落ちるように進んでいき、ある日恐ろしい破綻が訪れる可能性だってあるのだから(これは父が運転をやめた翌年、私が身をもって知ったが、それはまた別の機会に)。

 内閣府の調査では、平成28年度、75歳以上で免許証を保持している数は513万人。前年より35万人増加している。免許更新にともなって166万人が認知症の検査をした結果、5.1万人に認知症の疑いがあった。しかし、残る357万人は検査をしないままに運転をすることができるのである。「生きがいだから運転したい」「運転させてあげたい」というレベルではない現実が、目の前にあるのだ。

 その後、運転をやめた父は、周囲の勧めに従い、よく歩くようになった。これまた日に4度ほど歩いて、いろいろな買い物場所を見回る日々。

 ふと思う。もし、数年越しでようやく父を病院に行かせることができ、認知症の診断が下りたあの日。その医師が「権限はない」と言わずに運転を強くやめさせる説得をしてくれていたらどうだったのだろう。心をすり減らし、修羅場となった1年は、まったく別のものになっていたのではないだろうか。

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今回この原稿を書くにあたり、あちこちの担当部署に改めて相談してみたが、結論を知っている私でさえ、当該部署に行きつき、全貌を改めて理解するのに時間がかかった。ましてどうしようとパニックになっている当事者だと、探すにも手間がかかることもあるだろう。担当者が途中で変わったり、人によっては言うことが違ったりすることもあるかもしれない。

下記に警察庁が2018年3月段階として公表している各都道府県の、高齢者や認知症など運転をやめさせたい方の相談にのってくれる窓口をお伝えするが、東京など自治体によっては「認知症は別の部署が窓口」ということもあるという(その場合は該当部署の連絡先を教えてくれる)。相談する際には、「認知症と診断された親の運転をやめさせたい」「まだ診断はされていないが、高齢の親の運転をやめさせたい」など、状況と自分の求める目的を具体的に話すといいようだ。

全国都道府県「運転適性相談窓口一覧表」https://www.npa.go.jp/policies/application/license_renewal/pdf/contactpoints.pdf

「道路交通法に基づく一定の症状を呈する病気等にある者を診断した医師から公安委員会への任意の届出ガイドライン」はこちらhttps://jiren-osaka.jp/pdf/ishigakankeisuru.pdf

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20181202-00058687-gendaibiz-bus_all&p=4