韓国海軍艦艇が海上自衛隊の哨戒機に火器管制レーダーを照射した問題は、韓国側が主張を次々と変転させるため収拾がつかない状態となっている。レーダー照射の事実関係の説明は二転三転。さらに「(自衛隊機は)異常な低空飛行だった」として日本側に謝罪まで要求している。嘘を嘘で糊塗する主張の裏には、韓国政府と韓国軍の「変容」がある。(岡田敏彦)

■ルール無用

 レーダー照射問題は、日本側の抗議を受けた韓国国防部が21日、「韓国海軍の駆逐艦が北朝鮮船舶を探索するために火器レーダーを含む全てのレーダーを総動員した。通常の作戦活動だった」と説明した。

 ところが後に防衛省が公開した映像では、北朝鮮船舶は韓国艦船から目視できるほど近い状態だった。また韓国マスコミのいう「軍関係者」による「天候が悪く波が高かった」との主張も映像と異なり、海は凪(な)いでいた。

 結局は両主張とも明らかに嘘だったことが映像で明らかになった。特に韓国国防部が公式に発表した「嘘」は、まず日本に謝罪し、理由や背景を日本側に真摯(しんし)に説明しなければならないものだ。

 だが韓国は、この「最初の嘘」をなかったかのように別の嘘を次々と主張し始める。レーダーの電波についての説明は「発していない」「発したが別のレーダー」と二転三転。また「異常な低空飛行をした」との主張については、韓国側の映像から航空機の全長を元に判定しても高度250メートル以上あるのが明らかだ。国際民間航空条約、航空法施行規則とも船舶と航空機の離隔距離規定は150メートルと定められている。「神風(特攻隊)のようで恐れた」との主張には、なんとか日本の軍国主義批判に結びつけようとの悪意すら感じられる。

 いわゆる「徴用工訴訟」でも、実際は応募工にもかかわらず「徴用された」と主張し、日韓基本条約で合意した請求権の放棄(より正確には、外交的保護権の放棄)という国家間の約束をなし崩し的に破ろうとしている。

 こうした韓国の「ルール無視」や「約束破り」は日本など多くの国から見れば異様なのだが、文化や伝統は国によって異なる。そもそも韓国の場合、約束破りは時に英雄的行為なのだ。

 ■勝利の残像

 朝鮮半島には英雄がいる。6~7世紀、隋は高句麗遠征(高句麗討伐とも)を4度にわたって行う。第一次遠征では隋が攻めきれず撤退。第二次遠征では高句麗の将軍、乙支文徳が降伏するふりをして隋の陣内に入り、隋軍の食料補給に難があることを調べたうえで陣を脱出。退却しつつ戦うことで補給線を伸びきらせる遅滞戦術を実施した。それでも一方的に押され窮地に陥った高句麗軍は一計を案じる。軍を退けば高句麗の王(嬰陽王)を引き渡すと約束したのだ。この約束により陣を退き始めた隋軍を、乙支文徳は背後から奇襲し、ついに隋の30万人の大軍に勝利した。

 停戦協定を破り騙(だま)し討ち-。随分と昔の出来事であり、現在の韓国社会とは乖離(かいり)していると思われるかもしれないが、以降の高麗や李氏朝鮮など朝鮮民族の国家は中国大陸のモンゴルや明、清といった国家に従属していくため、隋に対する勝利は貴重な歴史として刻まれ、いまも韓国の軍艦の名前となっている。件の火器管制レーダーを照射した「広開土大王」級駆逐艦の2番艦の名前は「乙支文徳」。米軍との合同演習「乙支(ウルチ)フリーダムガーディアン」の名称にも使われている。直訳すれば「ウルチ自由の戦士」だ。

 ちなみに第四次遠征では高句麗と隋は和議を結ぶが、高句麗は朝貢を行うという和議の条件を破る。隋は国内が乱れて討伐を行えず、結果的に遠征は失敗に終わる。

 ■反日無罪

 大国の侵略に小国が抗(あらが)うためなら、嘘も約束破りも戦略や戦術のうちという考えは、悪とは決めつけられまい。ただ、これはあくまで戦時のことで、平時に敵でもない国家との約束を反故(ほご)にするのは論外だ。だが、現在の韓国では「反日無罪」ともいえる考え方が支配的だ。

 日韓併合を「植民地化」「日帝強占」(大日本帝国により強制的に占領されたという意味)などと言い換え、併合を求めた当時の韓国最大政党「一進会」は国賊扱いで切り捨てられている。戦後の日本による莫大(ばくだい)な経済援助も全く評価しない。どの国の歴史にも明暗はあるものだが、韓国では子供の歴史教科書ですら暗部をすべて日本の責任としている。

 こうした事情に明るい「知韓派」や韓国ウオッチャーにとっては、今回の火器管制レーダー照射問題や徴用工問題も、反日理論で約束を反故にする「いつもの韓国」といったステレオタイプな見方で説明づけることもできよう。だが、今回ばかりは違うのだ。

 ■戦友と大統領

 「南側で天安(チョナン)艦撃沈の主犯だといっているのがこの私です」。2018年4月、北朝鮮の金英哲(キム・ヨンチョル)統一戦線部長が冬季五輪の閉会式に出席するため訪韓した際に冗談めかして述べたこの一言が韓国に波乱を巻き起こした。

 天安艦は韓国海軍の哨戒艦で、2010年に朝鮮半島西方で爆沈し、46人の海軍将兵が犠牲になった。爆沈の原因についてはスイスや米英など5カ国による調査団が、北朝鮮による魚雷攻撃と断定。韓国政府は、北の情報機関トップの偵察総局長を務めていた金英哲(キム・ヨンチョル)氏の主導による攻撃と結論づけた。

 軍の将兵が多数死傷した事案に冗談めかして言及する金氏に、韓国紙の東亜日報(電子版)は「傲慢」と評するなど韓国の主要マスコミは反発。遺族も怒りの声をあげたが、当事者の韓国海軍と統合参謀本部は沈黙した。沈められたのは他国の軍艦ではなく、亡くなったのは同じ立場の韓国軍人であるにもかかわらずだ。

 対照的な事案がある。朴槿恵政権だった15年に南北軍事境界線を挟む非武装地帯(DMZ)の南側で北朝鮮が地雷を仕掛け、韓国軍兵士2人が負傷した事件では、朴氏が謝罪を要求し、北朝鮮は事実上の謝罪となる遺憾の意を表明した。当時、南北の関係は決して良好ではなかったが、朴氏の強硬姿勢に北が折れた格好だった。

 比較すれば、文政権の北朝鮮に対する弱腰の姿勢と、軍への冷淡さが浮き彫りとなる。

■左派代表

 文氏は大統領就任後、「積弊精算」の名の下に朴槿恵氏と李明博氏の保守派の大統領経験者2人を刑務所へ送っている。有罪判決までの過程は「韓国は法治国家ではなく情治国家」とのステレオタイプな韓国観を補強するものだった。

 運動圏(学生運動で活動した左派を示す韓国の用語)の闘志として長く保守派政治家と政治闘争を繰り広げてきた文氏は、朴氏と李氏を仇敵(きゅうてき)と見なしているようだが、その“対象”は2人だけではない。

 学生らの民主化デモを軍が鎮圧した1980年の「光州事件」について文氏は2017年の同事件記念式典で「文在寅政権は、光州民主化運動の延長線上にある」と強調した。韓国の保守派にとって韓国軍は北朝鮮の侵攻を防ぐ盾だが、左派のなかには保導連盟事件など朝鮮戦争前後の数々の虐殺事件や光州事件を引き起こした「弾圧の軍」とみなす者もいる。

 そうした左派を代表するのが文氏の立ち位置だ。大統領の強権をもってすれば軍の人事異動どころか組織刷新も可能だ。前大統領の朴氏が海洋警察庁(日本の海上保安庁に相当)を解体したのは記憶に新しい。左派大統領の前では、海軍はひたすら恭順を示し、失敗を責められないよう戦々恐々とするしかない。海上自衛隊とは2010年から海上哨戒機の作戦部隊展開で交流行事を行っているが、こうした友好関係も組織防衛の前では無価値だ。

 ■ポーズではない

 韓国の歴代大統領はみな、日本の援助を必要とする一方で、国内の反日勢力と折り合いをつけねばならなかった。特に与野党政治家の独島(竹島の韓国側呼称)上陸といった反日的行動は韓国マスコミからも「政治的な人気を得る戦略ではないか」(中央日報電子版)と指摘されてきた。

 「反日」は国内をまとめ、時に低下した支持率を回復するための方便だったが、文政権は違う。韓国に対し多額の援助をしてきた日本の存在は、韓国左派の視点では、精算されるべき積弊=仇敵に協力してきたものとされているのだ。この反日はポーズではない。

 16年12月の大統領選前の討論会で文氏は「親日と独裁が受け継がれ、常に韓国社会の主流に成りすましてきた偽保守の時代をもう終わらせなければならない」(韓国紙ハンギョレ電子版)と演説している。

 日本メディアに「告げ口外交」と評された朴氏や、大統領の立場で独島に上陸し日韓関係を最悪の状態とした李氏さえも「親日」と切り捨てた大統領の目指す日韓関係とは、まさに現状のような、険悪な関係なのかもしれない。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190120-00000506-san-kr


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