映像の真偽を検証
ソンジン氏が持ち込んだ映像は北朝鮮で撮影されたものに間違えないと思われたが、真偽を検証する必要があった。当時、韓国では政府の意図に反して脱北者の数が急激に増えていた時期だった。ソウルの近郊には、色々な地域出身の色々な職業の脱北者が住んでいた。

韓国人スタッフに映像にあった「ノンボ集結所」にいたことのある脱北者の記事を探してもらったところ、いくつかヒットした。そして、日ごろから付き合いのある脱北者団体の代表に紹介してもらい、その脱北者に映像を見せてインタビューをすることにした。韓国政府が北朝鮮にとってマイナスの情報を流すことに消極的だったので、北朝鮮に批判的な脱北者団体との関係は重要だった。こうしたパイプが映像の真偽を確認し、説得力を持たせる一助になった。

事務所のある韓国文化放送まで来てもらうと目立って迷惑をかけてしまう可能性があった。彼らの自宅に行くことで不便を回避できるだけでなく、所持品や家族の様子を直接見ることで、話の真偽の判断する一つの材料になると考えた。

「ノンボ集結所」を知る他の脱北者の証言
男性の脱北者に「ノンボ集結所」の映像を見せると食い入るように見ていた。彼にとっては、懐かしくもあり、捨てた故郷について色々な思いもあっただろう。

「どうやって撮った?」紅潮した表情で聞いて来た。
「映像の入手先は答えられない」
曖昧にしてインタビューを続けた。

「この先は駅だ」「この建物の見えないところには、別の入り口のドアがある」
インタビュー中は緊張した表情だったが、映像だけでは判らない付加情報をいくつか提供してくれた。

映像を見終わった後、彼は赤ちゃんを抱っこした。韓国に来てから生まれた子のようだ。インタビュー中とは違う柔らかい表情になった。

「男が公開処刑されるのを見た」
別の若い女性脱北者も同じ映像を見せながらインタビューした。彼女は「ノンボ集結所」で女性ならではの場所にものを隠していないかチェックする役割を担っていたという。女性でこの施設に連れてこられる人は中国側で稼いだお金や、密輸のための薬物を隠し持っていることがあるという。

「恥ずかしい仕事でした」と語った時の表情に嘘はないように見えた。

インタビューの最後に彼女が言った言葉が耳に残った。
「こうした映像を撮っていた男が公開処刑にされるのを見た」

映像の検証には、アメリカの研究機関が撮影した衛星写真を使った。もちろん公開されているもので、スパイ衛星のように1メートル以下が判別できるという精度のものではない。町の名前と照合して大きな建物や、鉄道・道路の位置関係を確認した。

総合的に映像は信用に足ると判断した。

「北で命がけで撮影された映像」
さてこれから、この映像をどのようにして東京に送るか。

当時、韓国国内で取材した映像は韓国文化放送の回線管制部を通じてKDDIの回線で東京に映像を伝送していた。そのルートを使うと、北朝鮮の映像は回線管制部の職員の目に触れることになる。韓国文化放送は、株式の大半を政府系の機関が握っていて、政権が変わると、オセロゲームのようにガラリと人事の変わる会社だった。政権の寄りの職員が映像を観て、「なんだこれは」となり伝送出来なくなっては困る。

たまたま、東京の本社から報道以外の部署の社員の出張があった。映像はコピーをとった上で、彼にオリジナルテープを運んでもらった。

東京の外信部と打ち合わせする時は、用心して東京から持ってきたauの携帯電話を使った。韓国のKT・コリアテレコムの携帯も持っていたが、前任者の特派員から引き継いだものだったので、情報機関の通信傍受を疑い、もっぱら韓国国内の通話用に使った。

そして、東京と打ち合わせをする時は、ソンジン氏のことは「Mr.X」と呼ぶことにした。数日後、「Mr.X」が持ってきた第一回目の北朝鮮映像は東京で無事放送された。

「北朝鮮で、命がけで撮影された映像」と紹介されていた。

Mr.Xが再び現れた
1か月もたたず、ソンジン氏は別のテープを持って来た。ムサンという町だという。僕が渡したテープでなく、前回と同じマイクロテープだった。中国との国境に近い地域に住む一般の家庭を撮影したものだという。

住人は撮影者と知り合いだったようで、前回のように車内からこっそり撮った映像ではなく、カメラをさらしての撮影だった。住人はそれを気にもとめていなかったように見えた。ドキュメンタリーの撮影は、カメラの存在を忘れさせないといけないというが、撮影者はそれに成功していた。

当時、北朝鮮ではテレビ局の動画の撮影は、まだフィルムカメラが一般的な時代だった。

平壌市内での行事や北朝鮮の要人が訪れた海外で、朝鮮中央放送のクルーと一緒になると、フィルム撮影の独特の「シャー」という音が響いていたのを憶えている。こちらの撮影のマイクに雑音が入らないよう、北朝鮮のカメラからは遠ざかって撮影するように心がけていたのを憶えている。その点、このマイクロテープのカメラは目立たず静かに撮影が出来たようだ。
関係者に聞いた話だが、朝鮮中央放送は、放送用のENGカメラを日本のメディアから入手していた。日本のあるテレビ局が平壌に取材に行った際に、撮影に使ったお古の放送用のENGカメラと編集機を置いて行ったという。もちろん、新品ではなく、かなり使い込んで捨ててもよいものだったかもしれない。北朝鮮との今後の関係を考えたのかもしれない。その後は、韓国のメディアが北朝鮮に放送技術を伝え、放送機材を提供する役割を担うようになったようで、朝鮮中央放送の画像は、西側のものと大差ないものになった。

「見せるため」のものではない普通の人の普通の営み
映像には、北朝鮮住民の家の中の様子が収められていた。灯りは裸電球一つで昼間でも暗い。勝手口を入ってすぐの場所にお湯を沸かす場所があり、中年の女性が湯気のあがる鍋の中に、皮を剥きながら野菜を投入している。その調理の熱で効率よく部屋中を暖めるオンドルの構造になっているようだった。

韓国の集合住宅では、温水のパイプが床下にめぐらされていて、僕の住んでいたアパートの部屋はオンドルの温度調整が上手くいっておらず、室内は冬でもTシャツ短パンで十分で快適だった。

脱線したが、再び映像の説明。床に並べられたお皿の中の複数のおかず・バンチャンをはしで摘まんだり、スプーンですくったりしている。たくさんの料理を小分けして個別に食べるというより、大きなお皿に入れてみんなでつつきあうのが「半島流」だ。韓国でも一般の食堂ではそのスタイルが普通だった。

日本のメディアが、平壌に取材に行く機会があると、高層アパートで暮らす住民が良く紹介される。こうした住民の家では食料はもちろん、家電製品など何でも揃っていることを誇示するのが常だった。金日成は、肉のスープと白いご飯を食べさせることを国民に約束したというが、こうした住民の生活は「見せるため」のものだろう。

一方、映像の中の食卓には、何某かのおかずがあったが、部屋が暗くておかずの内容が見えない。白いご飯はあったが、肉のスープがあったかどうかは判らなかった。

部屋にはテレビもあった。チャンネルをガチャガチャと回すタイプの真空管テレビだ。白黒のように見える。朝鮮中央放送の番組では少年がギターを弾いていた。子供が出てくる番組をよく目にするが、日本で言うところの「スーパーちびっこ」を紹介する番組というところだろうか。

家の中には、金日成、金正日の肖像画も壁に飾られていた。北朝鮮では、公の施設や学校などに必ず並べて掛けられているが、この家でも大人も子供も気を使っている様子は見られない。自分が子供のころ実家には仏壇や神棚があり、少なくともお尻を向けてはいけないような気分になったが、偉大な首領や将軍も彼らにとっては、もはや、生活の一部ということか。それどころか、女性が肖像画の方を向いて携帯電話をかけていた。国境地帯に近い町は中国の携帯電話が通じるとかで、北朝鮮も取り締まりに乗りだしたと聞いたことがあった。

二人の肖像画の前で憚りなく電話をかけるとは・・・僕がご先祖様に対して抱くほど、この女性は首領の二人に畏敬の念は無かったようだ。

撮影場面は、翌日の朝に飛んだ。母親と思しき女性が寝ている子供を起こそうとしている。しかし、いつまで経っても、ぐずってなかなか起きようとしない。床に布団を並べただけの雑魚寝だが、オンドルで温かいからだろうか、寝床から抜け出せないようだ。

母親の執拗な攻撃に耐えかねて、ようやく子供はむくりと起きだす。

おもむろに家の表に向かって走っていった。そして、軒先で用を足す様子をカメラは捉えていた。無邪気なこのシーンは個人的には気に入っていた。庶民の偽らざる姿だ。ただ、残念ながら放送で使われることはなかった。


初めて明らかになった労働鍛錬隊の映像
僕は、原稿を作成し、映像のおすすめポイントをメモにして東京の編集担当者に送っていた。基本的には、東京で編集するディレクターは、僕の原稿をたたき台に映像の興味深い部分をクローズアップしたものにして放送するが、ステレオタイプの北朝鮮の人権問題、異常さ、貧しさばかりが強調されがちだった。

当たり前の話だが、北朝鮮にも普通の人の普通の営みが行われている。人が人として生きる姿は、北朝鮮のような国であれば、尚更、注目しなければいけないと僕は思う。

結局、放送で使われたのは、鉄道の施設の近くにあるムサン労働鍛錬隊の施設だった。高台から線路越しに撮影されたもので、敷地の中を収容されている人たちが材木を担がされ、グルグルと同じ運動場のようなところを回っていた。

労働鍛錬隊に収容されるのは、比較的軽微な罪を犯した人たち。とはいえ、労働鍛錬隊の映像の公開は初めてで、北朝鮮の非人権的社会を浮き彫りにしていた。

また、映像には、施設の中にある電話帳の番号をこっそり撮影しているシーンもあった。よく見なければ電話番号とは判らないが、軍施設の番号も含まれていた。何のためにこのような映像を撮影したのか判らないが、その部分の映像も使われることはなかった。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190227-00010001-fnnprimev-int&p=1