◇北朝鮮「ちゃぶ台返し」と反発
 ベトナムの首都ハノイで北朝鮮の非核化をめぐり、2月27、28両日に開かれた米朝首脳会談が事実上決裂した。北朝鮮による具体的な行動と、経済制裁解除を中心とした米国の「見返り」で折り合いが付かなかったのが最大の理由だ。米側は金正恩朝鮮労働党委員長が過大な見返りを要求したと主張し、北朝鮮側はトランプ大統領の方が無理な行動を求めて「ちゃぶ台返し」をしたと反論する。対立の本質を検証する。(時事通信社外信部編集委員・前ワシントン特派員 水本達也)

◇前代未聞、正恩氏が余裕の記者対応
 今回の米朝会談の「決裂」が衝撃を持って受け止められたのは、初日の27日から28日午前中までトランプ、正恩両氏がともに友好関係を強烈にアピールしていたからだ。正恩氏は、米紙ワシントン・ポストのデービッド・ナカムラ記者に「私の直感では良い結果が出ると信じている」とまで答えた。言うまでもなく、北朝鮮指導者が西側記者の質問に応じるのは前代未聞だった。

 しかしトランプ、正恩両氏は28日昼になっても、ホテルの中に用意されていたランチの場に姿を現さない。しばらくしてサンダース米大統領報道官が「両首脳は合意に至らなかった」と発表し、一転して騒然となった。

 ここで誰もが尋ねたいことの一つは、両首脳は一体「いつの時点で決裂を悟ったのか」。実はこの質問、会談後に記者会見したトランプ氏に投げ掛けられている。しかし同氏は無視した。

◇失敗は会談前から決まっていた?

 トランプ氏は記者会見で、会談決裂の経緯ついて(1)北朝鮮がすべての制裁の解除を要求してきた(2)北朝鮮による寧辺の核施設廃棄では十分ではない―と説明した。2日の米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版)によると、トランプ氏は全ての核兵器・物質・施設の廃棄を制裁解除の条件として提案したという。これには平壌郊外のカンソンにあるとされるウラン濃縮施設などが含まれるとみられる。つまりトランプ氏は、北朝鮮側が寧辺だけをカードにして過大な要求をしている、と受け止めたというわけだ。

 テレビカメラに映される米朝首脳の友好ムードを眺めていると、双方の思惑の違いは会談2日目の拡大会合の場で初めて浮き彫りになったかのようにも感じられる。会合の後には合意文書の署名式が予定されていた。このため周囲には、米朝高官の間では事前に原則的な合意に至っており、首脳会談は両首脳が最終決断する「政治ショー」のように捉えていた。

 しかし翌3月1日、北朝鮮との協議に関与してきた国務省高官が明かしたところによると、事情はまったく違っていた。北朝鮮が提案してきた寧辺の核施設(約8.9平方キロの敷地に原子炉など核施設が林立)の廃棄については、会談前からその範囲について米朝間で一致していなかった。北朝鮮が要求した制裁解除の内容に関しては、米側は北朝鮮に対して「それでは(交渉が)うまくいかないと説明していた」という。

 だとすれば、首脳会談の失敗は事実上、始まる前から決まっていたことになる。

◇「北は凍結の考えない」と分析

米側の主張に対して、北朝鮮も反論を試みた。李容浩外相と崔善姫外務次官が1日未明、ベトナム・ハノイで記者会見し、首脳会談で米側に要求したのは「全面的な制裁解除ではなく、一部解除(国連制裁決議11件のうち、2016年から17年までに採択された5件)だ」と主張。また「寧辺のプルトニウムとウランを含む全ての核物質生産施設を、米専門家の立ち会いの下で、両国の技術者の共同作業により、永久かつ完全に廃棄する」と提案したことも明らかにした。

 そして、米側は「会談の過程で米国側は寧辺地区の核施設廃棄措置のほかに、もう一つ(の措置)を取らなければならないと最後まで主張した」という。李外相の言い分は、あたかもトランプ大統領が北朝鮮を悪者にしていると言い返しているように聞こえる。

 崔次官は、正恩氏が米朝交渉について「意欲を失うのではないかと感じた」と指摘。「次回会談で決まったことはない」とも述べ、協議継続に前向きな米側をけん制した。

◇北が廃棄を拒否した核施設の存在

 米朝双方の言い分から容易に想像できるのは、首脳会談で合意文書の署名式まで用意されていたにもかかわらず、高官レベルの段階で何一つ詰められていなかったという事実だ。トランプ氏が主導する米朝首脳会談は合意を下から積み上げる従来の方式ではなく、いきなりトップ同士で決断するやり方に斬新さがあったが、それが全く機能しなかった。

 重要な争点の核心も浮かび上がっている。それは米側が廃棄を求め、北朝鮮側が「朝米両国間の現在の信頼水準」(李外相)を理由に拒否した寧辺以外の核施設の存在である。トランプ氏は記者会見で、これらの施設について「多くの指摘をしたが、(北朝鮮は)われわれが知っていることに驚いていた」と述べた。

 ではなぜ、北朝鮮は秘密施設の廃棄を拒否したのか。期待していた制裁解除の見返りが十分でなかったのか、それとも正恩氏は今なお核放棄を完全に決断してないか。国務省高官は会談後、「北朝鮮は現時点で、大量破壊兵器計画を完全凍結する考えはない」との見解を示し、正恩氏が戦略的な決断を行っていないという前者の可能性を指摘している。

◇「トップダウン」方式が破たん

ポンペオ国務長官は会談後、「今後数日、数週間で進展が得られることを期待する」と述べ、交渉を継続する意思を明確にした。朝鮮中央通信も1日、首脳会談が両国関係発展への「重要な契機になった」と報道。両首脳が「生産的な対話」を継続し、再会を約束したと伝えた。

 しかし米朝の一連の発言を額面通り受け取る人はいないだろう。今度の決裂はトップの決断を最善とするこれまでの交渉の枠組みそのものを破たんさせたからだ。

 筆者はオバマ前政権が取り組んだイラン核合意を取材した経験がある。7カ国による多国間の枠組みであり、核開発の進展具合も違うため一概に比較はできないが、核兵器開発をやめさせ、制裁を解除するという構図は同じだ。15年7月の合意締結までの交渉期間は約2年。欧米とイラン、中国とロシアの高官が毎月のように協議し、核施設の廃棄と制裁解除の複雑なプロセスを詰めていった。合意文書は約150ページに及ぶとされる。

◇「恋に落ちた」正恩氏との3回目は?

また当時、米側はケリー国務長官とシャーマン国務次官、イラン側にはザリフ外相とアラグチ次官という強力なリーダシップを発揮できる交渉者がそれぞれ存在した。ちなみに国交がないオバマ大統領とロウハニ大統領は電話で話したものの、最後まで直接会談を行っていない。

 翻って米朝の高官協議では、米国のビーガン北朝鮮担当特別代表のカウンターパートとなる北朝鮮国務委員会の金革哲米国担当特別代表が登場したのは首脳会談のわずか1カ月前。両者の協議も数えるほどだった。

 トランプ氏は首脳会談の前、正恩氏と「恋に落ちた」と明言し、頻繁に書簡をやりとりするなど「ペンパル(文通友達)」(米メディア)のような関係を構築した。このためトランプ氏が外交得点を稼ぐために北朝鮮側に安易な妥協をするのではという懸念が、特に日本政府内にあったのも事実である。

 トランプ氏は最初から素面(しらふ)だったのか、それとも周囲の言葉を聞き入れて土壇場で「正気」に戻ったのかは分からない。ただ、合意を見送ったことで、完全な非核化まで圧力を維持する原則は守られることになった。そして正恩氏が口先だけで唱える「非核化」という言葉の魔法も解けてしまった。

 トランプ氏は今後、来年11月の大統領選が近づくにつれて外交上の妥協はいよいよ難しくなる。正恩氏が核放棄へ腹を括らない限り、「3回目」は永遠に来ないかもしれない。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190310-00010001-jij-kr&p=1


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