■ 1. 四川省成都市は歴史文化が豊かなアニメ産業都市

 四川省成都市は中国でも有数の教育文化都市で、毎年20万人以上の大学生が成都市内の大学を卒業する。しかも、中国国内でも優秀な学生が集まる有名大学が多い。
また、同地は三国志の蜀の都だったことから、市内には劉備玄徳、関羽、張飛、諸葛孔明らを祀る武侯祠があるなど、歴史文化都市でもあり、日本で言えば京都のような街である。

 若い世代が多く住む成都市ではアニメ産業が10大産業の一つとなっている。

 1月中旬にこの成都を訪問した際に、当地の事情に詳しい日本人のアニメ専門家の方から非常に興味深い話を伺った。

 最近、中国人の若い人たちが1、2週間日本に旅行や出張に行くと、人格が変わるという話をよく耳にするそうである。

 その人たちの共通点は幼い頃からよく日本のアニメを見ていたことである。以下では日本のアニメと中国文化の意外なつながりを紹介する。

■ 2.日本のアニメは外国のアニメと本質的に異なる

 前述のアニメ専門家によれば、日本のアニメは日本以外の国々のアニメとは本質的に大きく異なる、独特なものだそうである。

 一般に外国のアニメは、主人公がかっこいい、あるいはかわいい、ストーリーにスリルがある、あるいは感動的なドラマがある、そして、ストーリーが1話で完結するといった特徴がある。

 これに対して日本のアニメは元々紙の上に書かれた日本独特のコマ割りの漫画がベースになっている。ストーリーは1話で完結せず、延々と展開していくことが多い。

 また、日本のアニメは主人公やそれを取り巻く登場人物のキャラが立っていて、人間模様のストーリーが展開していくのが大きな特徴である。

 サザエさん、ちびまる子ちゃん、ドラえもん、アンパンマン、ワンピース、スラムダンク、キャプテン翼など、主人公は決してかっこいいだけのヒーローではない。

 バカボンのパパのような常識外れの人物やルパン三世のような悪役の主人公までいる。

 加えて、脇役もそれぞれが独特のキャラである。

ドラえもんに出てくるいじめっ子のジャイアン、アンパンマンの悪役バイキンマンなど、確かにストーリーの中では敵役ではあるが、どこか憎めないキャラである。のみならず、バイキンマンは悪役にもかかわらず結構ファンも多い。

 1月の出張で成都の後に訪問した北京や上海で、多くの中国の友人たちにこの日本のアニメの特徴について話したところ、全員がことごとく賛同した。

 日本通の中国人の親友は、もし中国人がアンパンマンのストーリーを描いたら、バイキンマンは第1話で退治されて、第2話以降、決して出てくることはないと語った。

 その場にいた中国人はもちろん、その後で私がこの話を伝えた中国人も、全員が全くその通りだと言って大笑いした。

■ 3. 日本に行くと人格が変わる中国人

 前述のアニメ専門家によれば、こうした日本独特のアニメは日本人にしか作ることができないそうである。

 日本人が作るので、日本のアニメの中には日本の伝統精神文化が自然に内包されている。思いやり、おもてなし、恥の文化などが代表例だ。

 多くの中国人が幼い頃から日本のアニメを夢中になって見ているうちに、その日本の伝統精神文化が無意識のうちに心の中で共有され、深く浸透していく。

 一つひとつ心を込めた丁寧なおもてなし、相手の心情を察した細やかな思いやり、不都合な結果に関して他者を責めず自らの努力不足を問う自責の念、外面的な一律の基準で定められたルールに反すること以上に自分の内面の良心に反することを恥じる恥の文化・・・。

 もちろん日本人でもこれらの精神文化を徹底して生きている人間はほとんどいない。

 ただ、そういう姿を見れば素晴らしいと思うし、完璧ではないが、自らもある程度は実践している人が多い。

 一方、現在の中国における日常生活では、それらを中国人が実践する機会は少ない。

 そんな日本の伝統精神文化への共感を心の中に抱く中国人が、10代、20代で旅行や出張で1~2週間日本へ行くと、その精神文化の中で生きている日本人の世界に初めて出会う。

すると、無意識のうちに自分の心が素直にその周囲の日本人と共に動き出し、自分の心の中に育まれていた思いやり、おもてなし、恥の文化などへの共感が形になって現れ出す。

 アニメを通じて幼い頃からなじみ親しんだ心のかたちを共有する人たちと心地よい時間を過ごす喜びを味わっている自分に気づくのである。

 日本のアニメを見て育った中国人の心の中にあった種が、直接日本人の世界に接して芽を吹き、開花する。一度開いた花は元の種には戻らない。

 中国へ帰っても元に戻らないため、周囲の人たちから見ると人格が変わってしまったように見える。

 実は、中国ではこうしたことと類似の現象は以前からよく知られていた。

 中国人が欧米に留学しても中国人のまま帰国するが、日本に留学した中国人は半分日本人になって帰国すると言われているそうである。

 これについても多くの中国の友人たちに確認したところ、確かにその通りだという答えが返ってきた。

■ 4.日本文化の感化力の背景

 これが日本の感化力である。実は中国人のみならず、アメリカ、ヨーロッパ、アジアの国々から日本を訪れる人々は少なからず日本の伝統精神文化に感化される。

 ある米国人の友人が、子供と一緒に10日間ほど日本を旅行したところ、それまでいくら礼儀作法や道徳を守る大切さを教えても身につかなかったにもかかわらず、日本から帰国すると別人のように礼儀正しく道徳を大切にするようになり、逆に親の方が子供から注意されるようになったという話を聞いたことがある。

 中国の友人たちに聞いた話を総合すると、どうやらその日本の感化力は特に中国人に対して強く働くようである。なぜか? 

 1月後半の中国出張の間、多くの中国人とこのテーマについて語り合いながら、その理由を考えた。そして次のような答えにたどり着いた。

 思いやりは「仁」、恥の文化は自分の悪を恥じる心、すなわち「義」、おもてなしは「礼」。いずれも中国古典の中で最も重視される人間としての基本的内面規範である。

ちなみに、「智」はどこの国でも重視され、「仁」「義」「礼」「智」が備わる人物は誰からも信頼される。

 すなわち、「信」である。

 ここに東洋思想が重視する内面規範である「五常」、仁義礼智信が揃う。日本のアニメを支える精神文化の原点がここにある。

 日本の伝統精神文化の起源は中国の伝統精神文化が凝縮された中国古典に由来する。

 多くの尊い命を奪い合った戦国時代を経て、江戸時代に入り、徳川家康は日本の統治を安定させるため、教育重視の方針を打ち立てた。

 藩校、私塾、寺子屋といった様々な教育機関を通じてすべての日本人の間に中国古典を学ぶ仕組みを定着させた。その教育システムを通じて、四書五経をベースとする東洋思想の精神文化が日本全国に浸透した。

 江戸時代の末期には日本全体の識字率が97%に達していた。当時としては世界で最高の教育レベルだったはずである。

 これを実現したのは江戸時代の教育の成果である。

 エリート教育に関していえば、当時も中国、インド、欧州諸国など、様々な国にすぐれた教育システムがあった。

 しかし、日本のように広く一般庶民を含めて一定水準の教育を普及させた国は他にはなかったようである。

 しかも日本の特徴は、精神文化が心の中だけにとどまらず、日々の生活上での実践を通じて社会全体に生活習慣として根づいたことにある。

 江戸時代において、鈴木正三、石田梅岩らは、日々の仕事や商売の中で仁義礼智信などの道徳を実践することによって自己の内面を磨く精神的鍛錬を通じてこそ、充実した人生を送ることができるという意識を一般庶民に浸透させた。

 明治維新後、特に戦後は、学校教育の場において、そうした中国古典を学ぶ機会は少なくなった。

 しかし、日常生活の中に根づいた東洋思想の意識は親から子へ、無意識のうちに代々引き継がれているため、今も伝統精神文化が日本の社会に生きている。

 それが日本の漫画やアニメの中に表現されているため、日本の精神文化の起源である中国人の心に心地良く浸透する。

 中国人は日本のアニメを通じて自分自身の心の故郷に帰って安心するのではないだろうか。これは東洋思想がもつ感化力である。

■ 5.東洋思想の現代的意味

 最近、欧米諸国では所得格差の拡大を主因に社会の分裂に直面している。

 米国におけるトランプ政権の誕生、英国のブレグジット、フランスのイエロー・ジャケット運動、ドイツの極右台頭などはいずれも社会の分裂に起因する。

 この深刻な社会分裂問題に対処するには東洋思想の伝統精神文化が有効であると筆者は考えている。

 欧米諸国の社会分裂の共通原因は政治・経済・社会のリーダー層が一般庶民の苦しみに対して真摯に対応せず、長期にわたって問題を解決しないまま放置したことにある。

 もしリーダー層が国民全体の幸せを最優先に考える東洋思想の道徳的規範を共有し、一般庶民の苦しみを自分の苦しみと受け止め、真摯に解決策に取り組めば、こうした一般庶民の不満は大幅に解消するはずである。

 一方、日本にも問題がある。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190319-00055791-jbpressz-cn&p=1


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