トランプ大統領が5日、中国への追加関税を25%に引き上げると表明し10日に協議結果が出た。中国はどう反応し、今後どうするつもりか。経緯分析と中国の貿易データから見える今後の中国の動向を考察する。

◆経緯分析
 トランプ大統領は5日、中国からの輸入品2000億ドル(約22兆円)分への追加関税率を10日までに10%から25%に引き上げるとツイートした。8日にはフロリダ州で演説し、「中国が貿易交渉を台無しにした。もし合意できなければ中国は関税を払うことになる」と主張。悪いのは中国で、知的財産侵害や技術移転の強要、サイバー攻撃および中国の構造改革に関して協議してきたのだが、中国が突如、知財権侵害を防ぐための法制定を拒否したことが原因だとしている。

 同日、米通商代表部も、(これまでのハイテク製品以外の残りの)2000億ドル相当の中国製品に対して、米東部時間10日午前0時に、関税率を現在の10%から25%に引き上げると官報で公示した。トランプ氏同様に中国側を「これまでの交渉で合意した約束を撤回した」と批判した。

 5月8日には劉鶴副首相を筆頭とする交渉団が訪米して通商交渉を始めることになっていた矢先の出来事だった。

 これに対する中国の対応に関する経緯を見てみよう。

1.5日のトランプ氏のツイッターに関して、中国外交部の耿爽(こう・そう)報道官は6日、「同様の状況は以前から何度も出現しており、中国の立場は明確だ。中米貿易協議はこれまで10回も行なっており、積極的な進展を見ている。当面の急務として、われわれはこれまで通り、米側が中国側同様、相手を尊重しながらウィン-ウィンの協議を続けてほしいと望む」と表明している。

2.7日には中国共産党系メディアの環球時報が「米側の変動に対する最善の回答は落ち着いていることだ」という社説を発表した。その社説では

 ●アメリカ政府内部に混乱がある。

 ●中国は協議の内容自身に集中し、アメリカとの無駄な論戦は張らない。

 ●すぐに合意に至るだろうと期待したのはトランプであって中国ではない。中国はアメリカほどには大きな期待を抱いていない。したがって、どのような結論が出ようと、中国側は制御可能だ。

 ●ワシントンは、本当は中国と合意に至ることを望んでいる。それでも(トランプの習性として)ゴール前のシュートを蹴って見せたいのだろう。これは明らかにアメリカの焦りを表しているだけだ。

 ●中国の勢力みなぎる大市場を誰も(どの他国も)コントロールはできない。中国の経済的前途は中国人自身の手の中にある。

などと、論じている。

3.9日の環球時報は、「米国は“鴻門宴”を開こうとしているが、中国に脅しをかけても無駄だ」という社説を発表。「鴻門宴」とは、日本語では「鴻門の会」と表現することが多いが、紀元前206年、項羽が鴻門で宴を催した際、剣舞にことよせて劉邦を殺そうとした史実を指す。転じて、「客を招待しておきながら、計略を巡らせて政治的取引をすること」を意味する。

 剣舞を装って殺されてなるものかとばかりに、中国商務部が報道官の談話として8日、米国の関税率引き上げに対し「対抗措置を講じざるを得ない」と発表したと書いている。報復関税の発動があり得るということだ。

 環球時報は「しかし中国の態度は冷静で、劉鶴副首相ら通商交渉団は予定より1日遅らせて訪米の途に就いた。これこそが中国人の意思表示の方法なのだ」と続ける。

 そして「中国はもちろん合意に至りたいと思っているが、米国はもっと合意に至りたいと切望している。(中略)しかし米国がもし関税衝突のゴングをどうしても鳴らすというのなら、中国は徹底してお付き合いしましょう。貿易戦争などしたくはないが、しかし貿易戦に入ることを中国は少しも怖がっていないし、戦わなければならない時もある。中国のこの姿勢は一貫して変わっていない」と結んでいる。

◆中国政府元高官:中国は知財に関して法制定までしている
 8日、中国政府元高官に「中国は今般のトランプの25%引き上げ表明に関してどう思うか」と聞いた。すると、以下のような回答が戻ってきた。

 ――トランプはもう尋常じゃないね。イチャモンを付けているとしか言いようがない。中国は昨年末、トランプの要求に応じて外商投資法の制定を建議し、今年の全人代で外商に対する技術移転強要などを禁止する外商投資法を決議し制定したではないか。それなのにトランプは、米中通商協議の最終段階で中国がそれを破ったって言っているが、あれは何だ、いったい!全人代で制定したばかりの法律を中国自身が否定するとでも思っているのか!トランプは要するに中国が怖いんだよ。中国が「中国製造2025」という国家戦略でアメリカを追い抜いてしまうかもしれないと恐れている。それと次期大統領選挙で再選されたい。トランプの頭の中には、そういう事しかない。だからイランが合意を守ってないなどと、どの関係国も否定するようなイチャモンを付けて、イラン合意から一人だけ勝手に抜け出してしまった。自国民への人気取りのためなら、世界に混乱を招き戦争を引き起こしても構わないと思っている。そんなこと、いちいち相手してられるか!

 今回は、いやに語気が荒い。ここには書けないような言葉も飛び出してきた。

 中国の構造改革に対するトランプ大統領の批難に関しては「国有企業に集中的に投資することなど、他国の社会制度に関して、トランプは何を内政干渉してるんだ。言語道断!」と切り捨てた。

 なお、外商投資法は、3月7日付けコラム<全人代「一見」対米配慮の外商投資法>をご参照いただきたい。

◆中国の貿易データが示す今後の動向:新興市場と戦略的新興産業
1.新興市場に関して

  中国共産党が管轄する中央電視(テレビ)局CCTVは5月9日、「海関(税関)総署が8日に中国の対外貿易輸出入の2019年第1四半期(今年1月から4月)総額が9.51兆元(157兆円)を超えたと発布した」と報道した。全体の前期比は4.3%増。文書では「央視網」に書いてある(アクセスに時間がかかる時もある。タイムアウトしたらお許し願いたい)。

  特徴的なのは民間企業の輸出入増加が11%に達したことと貿易相手国が多元化したことだという。EU諸国やASEAN諸国および日本との輸出入が伸びているそうだ。中でも「一帯一路」沿線国との輸出入が飛びぬけて増加している。ASEANは9%、ラテンアメリカは15.1%、アフリカは8.9%の増加率で、「一帯一路」沿線国との貿易総額は2.73兆元(45.0兆円)で規模が大きく、前年度増加率は9.1%である。貿易相手国が多元化していることを物語っている。

  中国はこれを「新興市場」と名付け、これからは「新興市場との貿易」が中国の貿易の「ブースターロケット」の役割を果たすと税関総署の分析官は分析している。

  専門家は、「中国には最も大きな速度で成長を日々遂げている世界最大規模の中間層がいる。これは消費成長に関して巨大な潜在力を持っていることを意味する。つまり開放発展を拡大している中国は、“世界の工場”の機能をまだ持ちながら、同時に“世界の市場”なのだ」と解説した。(解説はここまで。)

  これらを強調する目的は、「中国は何もアメリカ一国だけと貿易をしているわけではないので、アメリカが脅しを掛けてきても、痛くも痒くもない」ということを言いたいのだと判断される。

2.戦略的新興産業に関して

  5月9日のCCTVは、「今年の第1四半期の、人工智能(AI)を含む戦略的工業である新興産業の伸びは、前年比で6.7%となった」と発表した。それを「証券コンサルタント内部参考」が文書化している。

  中国ではハイテク国家戦略「中国製造2025」が対象としたハイテク技術によって一気に加速した産業群を「戦略的新興産業」と命名して、猛烈な勢いで研究開発を促進している。CCTVによれば、たとえばハイテク医療機器設備などの製造業は14.0%、電子通信設備製造業は7.9%、航空航天(宇宙)製造業は7.9%の増加率をそれぞれ示しているという。

  それぞれ列挙するのは控えるが、たとえば広東を中心とした4Kを代表とするスーパー・ハイビジョンの生産高は、全省(広東省全体)の総生産高の3分の1を占めており、広東経済を牽引する新たな駆動力となっており、山東省でもスマート交通運輸の導入により、第1四半期の前年度増加率は21.2%となっているそうだ。

  今後はビッグデータ、AI、IoTなどを中心としたスマート化が中国全土で爆発的に飛躍することが考えられるとしている。なぜならそのためのネット使用の前年度比成長は136.1%に及んでいるからだという。特に華為技術(Huawei)のクラウドAIチップや5G技術が顕著な発展を遂げ、こういったデジタル技術による経済規模は、中国のGDP規模の34.8%を占めるとのこと。

3.第1四半期の中国貿易黒字は75.2%

  中国商務部系情報サイトの「中商情報網」は6日、「中国の第1四半期の貿易黒字は昨年同期と比べて、75.2%拡大した」と報道した。特に一帯一路沿線国との輸出入額の増大が顕著で、ロシア9.8%、サウジアラビア33.8%、エジプト18.3%などの増加率となっているとのことだ。

 まだまだ枚挙にいとまがないが、中国は自国が台頭する過程で、必ずアメリカとの間に葛藤が生じるだろうことを早くから見越して、「一帯一路」だけでなく、アフリカ54ヵ国、BRICS+22ヵ国など、米国との貿易が遮断されても生き残れるように着々と準備を進めてきた。日本への秋波も、その一つだ。こういった動きは全て拙著『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』の第五章で詳述した。

◆10日の米中通商会談
 5月10日、日本時間13時1分の時点で、米中通商交渉は折り合わず、トランプ大統領が言った通り10日から、中国からの10日以降に出荷される輸入品に25%の関税がかけられることになったようだ。中国も報復関税で応じることだろう。その行方は米中トップによる直接会談まで待つしかない。

 ただ上述のように、残念ながら、これにより中国経済が必ずしも壊滅的打撃を受けるわけではないという側面があることも見逃してはならないだろう。この事実は日本の経済界関係者にとっては、経営政策決定の上で重要なファクターの一つになるのではないかと推測される。

 日本のメディアでは「習近平のメンツが丸つぶれ」とか「習近平にとっては進むも地獄、退くも地獄」といった、日本の読者・視聴者を喜ばせる言葉が躍っているが、そういった日本人の耳目に心地よい言葉は一時的に愉快ではあっても日本の国益にそぐわない。

 不愉快でも、われわれは中国の現実を直視しなければならないのである。それによって日本の国策を立てていくのが、日本の国益に沿うのではないだろうか。

 2月14日付けコラム<米中交渉――中国「技術移転強制を禁止」するも「中国製造2025」では譲らず>にも書いたように、米中貿易摩擦の根幹はハイテク国家戦略「中国製造2025」にある。中国はこの戦略に国運を賭けている。絶対に譲らないことだけは肝に銘じておくべきだろう。この米中ハイテク戦争を米中貿易摩擦を分析する際の根幹に置かないと、真相は見えてこないと確信する。

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遠藤誉
筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。筑波大学名誉教授、理学博士。日本文藝家協会会員。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。著書に『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『習近平vs.トランプ 世界を制するのは誰か』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『卡子(チャーズ) 中国建国の残火』(中文・英文版も)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『チャイナ・ジャッジ 毛沢東になれなかった男』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。

ここに引用文が入ります。


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