主力の対テロ戦闘部隊では初の女性
 5月14日、イスラエルの占領地ゴラン高原にある軍の歩兵部隊ギバティ旅団の宿営地で、兵役で同旅団に所属するイスラエル市民権を持つ日本人女性、清水真優軍曹(21)が時事通信の取材に応じた。本人への取材は、軍関係者の同席の下、英語で行われた。(時事通信社エルサレム特派員 吉岡良)

清水さんは父親が日本人で、母親がイスラエル人(ユダヤ人)。ユダヤ人の母親から生まれた人は、ユダヤ人とみなされる。イスラエルの兵役は、ユダヤ人市民の義務となっており、心身に問題がある場合など一部の例外を除き、18歳になった段階で男女とも2、3年前後にわたって軍務に服する。


 日本の法律では、22歳までは日本の国籍と他国の市民権を同時に持つ二重国籍が容認されている。一方、イスラエルでは二重国籍での兵役参加は問題とされない。このため、兵役のタイミングを踏まえれば、イスラエル市民として兵役に就く若者が日本国籍を保持しているケースはほかにもあると考えられる。

 ただ、清水さんの場合、対テロ作戦を主要任務とするギバティ旅団の戦闘部隊に加わる初の女性で、これは日本人であろうとなかろうと異例のケース。女性は多くの場合、後方支援部門に配属される。最近は任務に危険が伴う戦闘部隊に女性が配属されるケースがあるものの、依然極めて限定的だ。

 清水さんは、負傷した兵士に緊急救命措置などを施す医療隊員。ただ、医療隊員は最前線で共に行軍するため、数々の医療用具を携行する一方、戦闘要員と同様の装備も身に着け、通常の隊員以上の重装備となる。訓練も、医療行為向けと戦闘行為向けの両方を行う必要があり、負担は大きい。

 一方、日ごろ展開する作戦の中では、最近まで過激派組織「イスラム国」(IS)が強い勢力を誇っていたシリアとの境界地帯で任務を行うこともあるという。清水さんは9日、軍の中でごく一部の優秀な兵士だけに与えられる大統領表彰を受けた。

最前線で何が起きているか知りたかった
 清水さんとの取材での主なやりとりは以下の通り。

 ―ギバティ旅団は対テロ作戦を任務としています。困難な任務を伴う部隊に、どのような気持ちで参加しているのですか。

 ギバティ旅団には、(医療要員としての訓練を受けた後)2018年1月から参加しています。兵役では、何か自分にとって素晴らしいことをしたいと思ってきました。内に秘めた何かです。以前から、最前線に行きたいと思っていました。そこで何が起きているのか知りたかったからです。もし交戦があるなら、参加してベストを尽くしたい、これが自分の選択肢だと認識していました。もし私が最前線にいれば、ほかの兵士に治療を施し、共に戦う機会を得ることができる。これは私にとって、ある意味で夢だったとも言えます。もともと自分は軍に兵役で参加しなければならないと認識していたので、それならば、その時にはベストを尽くさなければならないと考えていました。

 ―入隊前、何かスポーツの経験があったり、体力に自信があったりしたのですか。

 入隊する前、特にそれに備えて何か激しい運動をすることはなかったです。ダンスはたくさんやりました。モダンダンスとか、バレエとか、いろいろ。ダンスの学校に通っていました。あと走ったり、ジムには通ったりはしていましたが、ダンス以外で本格的にやっていたことはありません。入隊してから、いろいろなトレーニングを始めました。自分が使ういろいろな装備品を装着し、大きなバックパックを背負って長い距離を歩いたりしました。つらかったけど、得るものはありました。それで筋肉もついたと思います。

  ―訓練はどのような感じですか。

 私は医療要員ですが、同時に戦闘要員でもあります。体力トレーニングは欠かせません。銃火器の使い方の取得、戦闘訓練、ゲリラ作戦の演習などです。入隊してすぐ、射撃の指導を集中的に受けました。同僚たちと一緒に訓練することで、次第に自信がついてきて、それで実際に作戦に赴くようになるという流れです。訓練の中には、非常に厳しい内容も含まれています。毎日実弾や銃を使って。実際にけが人が出てしまうこともあります。足の骨を折ったり、熱中症になったり。そんな時は、医療要員の私が実際に措置を施します。これとは別に、模擬的にけがの治療の訓練をしたりすることもあります。

「正義の戦い」に満たされた感覚も
 ―どのように大変な訓練を乗り越えていったのですか。

 突き詰めれば、能力というより精神の部分が大事なのだと思います。訓練を完遂したいと本当に思っていましたし、必要とされる場所で治療を施す役回りに立ちたいと本当に望んでいました。克服できたのは、体がどうだったかというよりも、心の問題だったと思います。

 ―医療要員でも、通常の戦闘要員と同じ力量が求められるのですか。

 交戦や作戦には自信を持って臨む必要があります。私は戦闘要員でもなければなりません。ほかの兵士が私を守るのと同じく、私もほかの兵士を守る必要があります。自分より若い兵士に武器の使い方を教えることもあります。

 ―これまでどのような作戦に参加しましたか。

 医療隊員はあらゆる作戦で必要になります。作戦中に何か不測の事態が起きた時に備え、必ず部隊に同行します。あまり具体的には言えないのですが、シリアなどで作戦を実行しています。シリアとの境界線近くや、境界を超えての作戦もありました。

 ―作戦はどの程度の頻度で行われているのですか。

 だいたい毎週、何らかの作戦に従事しています。比較的平穏な時もありますが、逆に毎日ということもありました。

 ―作戦中、危険を感じたことはありませんか。

 通常、作戦は夜の暗闇の中で行われるのですが、展開先の場所に長く滞在しすぎてしまい、夜が明けてしまったことがあります。そこを(敵対勢力に)見つかって、ものが飛んできたりしたのですが、何とか切り抜けることができました。

  ―作戦で達成感を得られるのはどういう時ですか。

 戦闘要員としては、(軍がテロリストとみなす対象者の)追跡中、「これは不正義との戦いで、テロは許せない。何としても拘束しなければいけない」という気持ちになり、非常に重要なことを行っているという満たされた感覚になります。医療要員としては、何か起きた時、誰よりもその人に近くにいるわけで、自分が最初に治療を施せる立場にあります。これは特別なことで、だから自分はここにいるのだという感覚を得ることができます。

救命分野に恋、将来は医学の道に
 ―軍に入る以前から、救急隊などで活動経験があったのですか。

 特になかったです。(ギバティ旅団に)配属される前の訓練で救急分野の活動に参加し、病院でも訓練を行い、医療隊員としての経験を積みました。軍を去った後も、ボランティアとして活動を続けたいと思います。

 ―軍を去った後、という話が出ました。11月には兵役の期間満了になると聞いていますが、その後、どのようなキャリアを考えているのですか。

 実は司令官から兵役を延長しないかという話を受けていて、「検討します」と返答しています。将来は医学の道に進みたいです。兵役を通じ、救命分野に恋をしてしまいました。傷ついて、力を失ってしまった人を助ける人間になりたいです。軍では(医療要員として)非常に人道的な仕事ができ、傷ついた人々を救うことができるんだと知りました。兵役が終わったら、医学を学ぶために大学に入りたいです。

 ―21歳といえば、日本で暮らす同世代の人たちは大学に行くなど、平和な生活をエンジョイしています。軍に身を置くあなたは、その人たちとのギャップについてどう考えますか。

 私が兵役に就くのは以前から明白でした。そう思いつつ、イスラエルで育ちました。みな、この時期には軍隊に行きます。この国の人々は、軍なくして生きることはできません。軍がわれわれを守っており、イスラエルで人々が平和で平穏に暮らすには軍が必要です。兵役は「自分の順番が回ってきたんだ。私の時間をささげなければならないし、時間をささげる以上、ベストを尽くさないといけない」という感じです。

 ―兵役に就くことにためらいはなかったということですか。

 はい。ためらいはありませんでした。

 ―以前、日本で暮らしたことがあるのですか。

 2歳から4歳まで。(東京で)幼稚園に通っていました。そのころは日本語で話してました。

 ―日本語はどの程度できるのですか。

 あまりできないです。周りの人が話している内容は何となくわかるかもしれないですが。

 ―4歳でイスラエルに戻った後も日本に行く機会がありましたか。

 何度か行きました。軍に入る前も、日本の祖父母の家に行きました。兵役の後も是非行きたいです。

 ―今度日本では、どんなことをしたいですか。

 日本にはいろいろありますよね。自然も技術も、大きな都市も。できるだけいろいろなことをしたい。(例えば)北海道の雪祭りに行きたいです。2、3カ月は滞在したいです。日本語を勉強し直すかもしれません。長く現地にいれば、言葉を学び直すいい機会になるかもしれないです。

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