<早朝のソウルを散歩し、行きかう人々の姿を観察していた筆者は、韓国経済への素晴らしい処方箋を思いつく。しかし、それはとんでもない間違いだった。アメリカの一流学者も日本に同じことをやっている>
授業で韓国に来ている。

ソウルは36度と暑さが厳しいので早朝街を歩くことにした。

するとちょうどよい遊歩道が川沿いにあるのを見つけた。地元の人々が大勢ウォーキングをしていた。

すぐに私はあることに気がついた。

まず、走っている人がいない。全員歩いているのである。

これはちょっと不思議だった。日本ではランニングが流行しすぎるほどしすぎているのに。日本と韓国は近くて似ていると思っていたが、そうでもないのか。

さらに不思議だったのでは、歩いている人たちの多くが不気味な手袋をつけていることである。肌色でそれにペイズリー柄など様々な模様がプリントしてある。刺青かと思ってびっくりした。

そして、よく見ると、その変な手袋をしているのはみんな老人しかも女性なのである。日焼け防止かと思うと顔は無防備だし、その頬もしわしわだが健康そうに焼けている。

ふと見回すと、歩いているのは全員老人なのである。朝のウォーキングをしているのは全員老人で、若者はどこにもいないのである。

ここに韓国社会と日本社会の違いを見た。日本よりも深刻な高齢化と格差社会の問題が存在しているのである。

中国でもそうだが、韓国で豊かなのは若者だ。中年の起業成功者、若いエリート社員、そして起業家である。高齢で裕福なのは財閥で成功した一部に過ぎない。

■貧しい高齢者と豊かな若者?

ソウルの街は、豊かな若者であふれている。日本よりも価格が高いスタバで惜しげもなく注文し、勉強し、スマホをしている。ブランド物の持ち物にあふれ、化粧とサプリに入念である。若い層が豊かだとエネルギーがある。新しいモノ、サービス、企業を生み出す力につながる。そういう若い成功者に憧れ、若者が勉強し起業し成功し豊かな生活を謳歌している。

一方で、昔ながらの老人たちはカネのかからない川沿いの遊歩道でのウォーキングに励む。走る気力はないが、健康ではいたい。そんな老人たちを省みず(家庭内では世代間の様々な問題があるのだが)、豊かな若者はジムで汗を流す。

やはり日本は格差を広げてはいけない。老人が年金をもらいすぎ、氷河期世代の若者が若くなくなり貧しくなっていくというのはなんとしても抑えなければいけない。そして、韓国は経済成長、GDP、グローバル企業とK-POPなどを目指す前に、貧しい高齢者と豊かな若者の、貧富の格差をなんとかしなければいけない。授業でそういうアドバイスもしてみようか。
大間違いだった政策提言
ここまで考えて、結構歩きすぎたことに気づき、ホテルに戻ることにした。もうすでに結構暑くなってきた。汗もかいている。時間もいつのまにか8時近い。

急いで同じ道を引き返していると、行きと帰りでは同じ道でも印象が違うとはよく言うが、別世界を目の当たりにした。

私のほうへ向かって、つまり私とは逆向きに、多くの若者がiPhone(いやSamsungかもしれない)とイヤホンで音楽を聴きながら、ジョギングをしているのである。

私は呆然とした。

私の1時間半の散歩中の思索による政策提言はすべて無駄だったのである。

無駄であるどころか、大間違いである可能性があったのである。

日曜日の朝、若者たちは土曜日の夜遊びに行かなくてはならず(そういう強迫観念がソウルの若者にはあるらしい)、誰も日曜日の朝は早起きできないのである。8時を過ぎてようやく少しずつ若者が出てきたのであり、時間を追うごとに河川敷の遊歩道は年齢層がどんどん低下してきたのである。

老人だけを私が見たのは、たまたまそういう時間帯だったというだけだったのである。

お前はただの阿呆か、と言われるだろう。

もちろん、阿呆である。

しかし、阿呆なりに学んだのは、これで米国一流経済学者が日本にリフレ政策やMMT、果ては消費税引き上げ延期、財政出動をまじめな顔でえらそうに提案する理由がわかったのである。

■アメリカでは間違わない理由

彼らは、お気楽に無邪気に思い付きをしゃべっているだけなのである。しかも、米国経済学者は世界一であるという(正しい面もあるのだが)優越感から、ヴォランティア精神で、親切にアドバイスしているつもりなのである。

そして、そのアドバイスが間違っているのは、日本のごく一部を観察して、自分の価値観に都合よく結びつけて、いいことを思いついたことにうれしくなり、提案しているのである。

そんなことを自国の米国経済に提案しないじゃないか、無責任じゃないか、よその国で実験しやがって、と思うだろうが、彼らは米国でも実験することはやぶさかではないのだが、米国では一応社会、経済の全体像を知っていて、観察機会も多いからデータが多い、ケースも多いので、誤った提案は誤っていることに気づくのである。

自分のよく知らないことに対しては、いわば観光客気分で、親切に無邪気に、サンプル1、ケース1で、いいことを思いつき、気軽に言ってみるのである。

私はもちろんそんな一流経済学者ではないから、無邪気な政策提案を万が一したとしても誰も聞かないので、幸運なのである。

このエッセイで吠えて、読者に間違っていると指摘されるぐらいが関の山なのである。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190708-00010001-newsweek-int&p=2


PDF