香港ではブドウ、イチゴ、モモなど日本産の果物が人気だ。デパートでの販売価格は日本国内の数倍になることもあるが、品質や味を重視する富裕層はそれでも購入する。だが一部で日本産と誤解させるまぎらわしい果物や偽物が出回り、問題となっている。一方で近年は、日本国内からの直接仕入れによって低価格で販売する業者が現れ、従来の輸入業者が値崩れを心配するようにもなった。日本政府が力を入れる農産物輸出の課題を香港で探った

 ◇「千疋屋」のメロンが香港の市場に?

 香港中心部・銅鑼湾地区にある高級デパート。地下の食品売り場にはたくさんの日本産果物が並ぶ。山梨産の大ぶりのモモが2個で159香港ドル(約2200円)、青森産の王林が2個で70香港ドル(約940円)と日本国内よりかなり高い。長野産の巨峰1房を298香港ドル(約4100円)で購入した主婦の盧さん(48)は「日本産の果物は高いけれど格段においしく、買うだけの価値がある」と話す。

 日本からの農林水産品や加工食品の輸出先として、香港は昨年まで14年連続で国・地域別の1位。日本産果物の輸出額も2014年に32億1700万円だったのが昨年は100億8300万円と4年で3.1倍になった。リンゴ、イチゴ、ブドウ、モモ、ナシなどが主力商品だ。

 だが香港でも中国本土と同様に、日本産と誤認させるような商品が問題となってきた。香港政府などがある中心地・金鐘から地下鉄で北へ約10分走ると、油麻地(ヤウマテイ)に着く。駅を降りると金物屋や雑貨屋、食堂などが建ち並び、上半身裸の労働者たちが行き交う。昔ながらの下町だ。香港最大の青果市場もここにある。周囲には青果の小売店も建ち並び、日中は大勢の買い物客でごった返す。

 日本産の果物も多い。地価などが安いため、全体にデパートより価格は安めだ。メロンの試食を勧められたので食べてみると、商品一つ一つに「千疋」と記した包装がされていた。東京の高級果物チェーン「千疋屋」を連想させる。店員の女性に「日本産か」と聞くと「中国産だ」と悪びれずに答えた。千疋屋と酷似した名前だと指摘すると「どこにも日本産とは書いていない。何か問題があるのか」と反論された。メロンが詰まった段ボールの側面には「コア起源」などと不自然な日本語が記してある。

 中国本土では、こうした日本産を装った紛らわしい果物の問題は日常茶飯事と言われる。だが本土と法体系が異なり、法治を重視するはずの香港でも同様の問題が起きている。

 ◇偽の「あまおう」に罰金、「おまうあ」はおとがめ無し

 香港在住の知人に写真を見せられ、絶句した。

 イチゴを詰めた段ボール箱に「おまうあ」と記されている。甘くて大粒で知られる福岡県産のイチゴ「あまおう」の、ひらがなの順序を入れ替えた偽物だ。「JAかおふく八女」とも書かれている。福岡県八女市の農協「JAふくおか八女」と誤認させる表現だ。こうしたイチゴが旬の冬場には平然と売られるという。

 あまおうは香港市民に最も人気のある果物の一つ。だが日本語が読めない多くの香港市民は本物だと勘違いするだろう。

 本物を名乗る「偽あまおう」事件も起きた。福岡県は2017年1月、県香港事務所を通じて、「あまおう」を収穫できると宣伝している観光農園が香港北部にあるとの情報をつかんだ。この農園は香港でのあまおうの商標登録名「甘王」を堂々と使用。雑誌で特集記事まで組まれ、大勢の客を集めていた。あまおうは、福岡県内であまおうの種子を使って栽培することが条件。香港で栽培している時点で偽物であることは明白だ。

 福岡県香港事務所は17年3月、香港税関に対して商品表示条例違反の容疑で捜査を要請した。立件にはDNA鑑定であまおうの種子を使っていないイチゴであると判定する必要もある。香港税関は福岡県に対し専門家の派遣を要請。福岡県農林業総合試験場の研究員が香港を訪れ、DNA鑑定の方法などを教えた。税関は立件にこぎつけ、香港の地方裁判所は今年3月6日、農場の経営者に対し罰金5000香港ドル(約7万1000円)の支払いを命じた。罰金額は高くないが、抑止効果はある。今後、香港で同様の問題が起きた場合のモデルケースとなりそうだ。福岡県香港事務所の山奇智幸所長は「偽物が市場に出回れば、生産者や農業団体などが長い年月をかけて築き上げてきたブランド価値を低下させる。今回の摘発はとても意義がある」と話す。

 ただ「おまうあ」など、本物を装いつつ微妙に異なる名称をつけた果物はおとがめ無しだ。商品表示条例違反の適用が難しいグレーゾーンのためで、業者はそこにつけ込む。私が油麻地で見た「千疋」のメロンも同様に摘発を免れているのだろう。

 ◇安売りで値崩れの懸念も

 油麻地を歩いていると、高い果物にまじって、とても安い果物が目に付く。例えば青森産と銘打ったリンゴ「王林」は8個で100香港ドル(約1380円)。日本国内と大差ない。試しにリンゴを買って食べてみた。味もなかなかだ。買い物客にも話を聞いてみた。主婦の梁美雅さん(50)は「日本の果物はおいしいから好きだけど、デパートは高すぎる。油麻地は安いからよく買いに来る」と話す。

 それにしても安い。不思議に思い、さらに取材を進めるうちに、こんなうわさを聞いた。

 「油麻地の一部卸業者が大阪の青果市場にある卸業者で働く中国人と直接、やり取りし、果物を安価で輸入するルートが数年前にできた」

 通常は、日本の青果市場で卸業者が競りなどで仕入れた果物が日本側の輸出業者、さらに香港側の輸入業者を通じて香港の市場に流れる。直接、日本の卸業者から仕入れれば、間のコストが削減できる。これが事実であっても、競争原理が働いているだけで法的には問題ない。ただ、仮に「中華人脈」のルートが形成されているなら、興味深い。

 情報収集を進める中で、香港の貿易会社に取材できた。日本の輸出業者から果物を仕入れて香港の高級スーパーなどに納入している企業だ。女性幹部は「香港の地元スーパーの売り場を借りて果物の販売をしてきたが、近年、売り上げが芳しくない。4、5年前から急に油麻地の果物が安くなり、一部の客が流れているようだ。このままだと香港市民の日本産果物に対する価格の感覚が変わり、値崩れが進む。それは日本にとってもプラスにはならない」と懸念する。

 その後も取材を進め、油麻地の卸業者「三兄弟」が大阪の青果市場の卸業者から直接仕入れているとの話を耳にした。連絡を取ると陳振傑社長(39)が快く取材を受けてくれた。浅黒い肌、太い眉毛の下に大きな目玉が光り、やり手の印象を与える風貌だ。

 ――日本産の果物を格安で販売していると聞いた。

 陳社長 大阪、東京、福岡の青果市場にいる卸業者から直接仕入れているから安い。いろいろなツテをたどり、約5年前、日本の卸業者に人脈を築くことに成功した。従来よりかなり安い価格で果物を小売店に卸せるようになった。

 ――1日にどのくらいの量の果物を輸入するのか。

 陳社長 季節にもよるが、主に航空便で段ボール500箱くらい。初夏の今は、岡山の桃やシャインマスカット、福岡のブドウなどが売れ筋だ。

 ――日本の業者とのやり取りは日本語? それとも中国語か?

 陳社長 携帯電話の翻訳機能を使いながら、メッセージアプリで連絡を取っている。注文など簡単な内容だから全く問題ない。

 ――日本産の果物が値崩れすると懸念する人もいる。

 陳社長 香港は富裕層も多いが、日本の果物は、やはり庶民には高価だ。高級で品質のいい果物をできるだけ安く消費者に提供するのが私たちの役目だ。私と同じように直接、日本の卸業者から仕入れている業者が油麻地に3、4軒はある。

 陳社長は携帯電話に残った中国の通信アプリ「微信」(ウィーチャット)の文面を見せてくれた。確かに日本人の男性と日本語でやり取りをしている。

 価格の低下は、自由競争の中では避けられないことだ。値段が下がれば日本産の高級なイメージを損なう恐れもある。ただ、より多くの香港市民に日本産果物を味わってもらえる利点もあり、とても悩ましい問題だ。

 日本政府は海外への農産物輸出について「2019年に1兆円」との目標を掲げる。18年の輸出総額は前年比12.4%増の9068億円。目標達成は視野に入る。ただ、輸出量が増えれば、偽物対策や、ブランド力をいかに維持するかといった解決すべき課題も増していくだろう。香港の市場を取材してそう強く感じた。【福岡静哉】

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190716-00000000-maiall-cn


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