北朝鮮が1週間前の7月25日に続いて昨日(7月31日)も短距離弾道ミサイルを発射したと思いきや、発射されたのはミサイルではなく、新型大口径操縦ロケット砲だった。金正恩委員長の立会いの下、「新型大口径操縦ロケット砲の試験射撃が行われた」と今朝、国営通信「朝鮮中央通信」の発表があった。

 韓国の合同参謀本部が「午前5時6分と27分に東海岸に面した元山から短距離弾道ミサイル2発を発射した」と発表し、日本の防衛庁も「弾道ミサイルである」と追認していたことで5月4日、9日、7月25日の時と同様に短距離ミサイルが発射されたものと受け止められていた。大口径操縦ロケット砲ならば、5月4日に続き2度目の試射となる。

 一連の発射で分かったことは、北朝鮮が短距離弾道ミサイルと大口径操縦ロケット砲の試射を同時並行していることだ。それも既存のものではなく、いずれも新型である。特に北朝鮮が「新型戦術誘導兵器」と称しているミサイルはロシアの短距離弾道ミサイル「イスカンデル」と酷似しているようだ。

「イスカンデル」はパトリオットやTHAADでも迎撃が困難と言われている。放物線軌跡を描く一般弾道ミサイルとは違い、低高度で飛行した後、目標地点で急上昇して目標物に突き刺さる技術が適用されているからだ。韓国の国防部では北朝鮮の「新型戦術誘導兵器」は「イスカンデル」を忠実にコピーしたものとみているようだ。

 いずれも短距離で、米国の領土を脅かす中長距離弾道ミサイルでないことからトランプ大統領は意に介していないような素振りをしているが、それでも2度目の時は「(ミサイル発射は)誰も喜ばない。事態を非常に深刻に注視している」とコメントしていた。

 短距離であれ、国連制裁決議に反する弾道ミサイルであること、また、核実験と並んでミサイル発射を中断させたことを外交成果の一つとして内外に宣伝してきたトランプ政権にとっては2017年11月29日以来の弾道ミサイルの発射は心中穏やかではなかったはずだ。まして、7月25日のミサイル発射はG20サミット直後の6月30日に朝鮮半島の軍事境界線上(板門店)で金正恩委員長と電撃的に会い、デタント(緊張緩和)を華々しく演出した直後だけに内心気分を害していてもおかしくはない。

 問題はトランプ大統領の心証を悪くしかねないミサイルの発射を金正恩政権がなぜ再開したのか、その意図にある。

 北朝鮮は5月4日のミサイル発射は人民軍東部前線防御部隊による、9日は人民軍全域及び西部前線防御部隊による火力打撃訓練の一環と発表していた。「どの国でも行われている通常の軍事訓練」(トランプ大統領)ならば、許容の範中かもしれないが、3回目の7月25日の元山からの発射は軍事訓練ではなく、「韓国に警告を発するための発射」と威嚇していた。こうしたことから韓国が尖端攻撃兵器、即ちF-35ステルス戦闘機を搬入し、8月に米軍と共に軍事演習を強行しようとしていることへの反発、あるいは対抗との見方が有力視されていた。

 昨日の大口径操縦ロケット砲も「この兵器の標的にされている勢力にとって我々の試験射撃の結果は払いのけることのできない苦悶となるだろう」と金委員長自らが公言していることから今月5日から始まる米韓合同軍事演習が表向きの理由になっていることは明かだ。

 しかし、米韓合同軍事演習があってもなくても、また文在寅政権の対応とは関係なく、北朝鮮はどこかのタイミングで開発した兵器の実験をやる必要があった。韓国云々も、軍事演習も所詮、ミサイル発射を正当化する口実に過ぎない。

 「新型戦術誘導兵器」も「新型大口径操縦ロケット砲」も一朝一夕で開発できる代物ではない。長年時間をかけ、研究、開発してきたものである。開発すれば、試験、実験は付き物である。テストに成功して初めて完成、そして実戦配備となる。

 国防科学院が北朝鮮版「イスカンデル」の射撃試験を公表したのは4月17日である。金委員長の参観の下、試験に成功したので5月から実戦配備に向け砲兵部隊による発射訓練が行われたまでの話だ。実際に3度の発射で飛距離を240km(高度60km)→420km(高度50km)→680km(高度50km)と伸ばしている。

 金委員長はトランプ大統領との「板門店会談」で数週間内の米朝実務協議を約束したものの1か月経っても、米国が再三にわたって協議を呼び掛けているにもかかわらず応じようとはしなかった。その理由は、まさに「新型戦術誘導兵器」や「新型大口径操縦ロケット砲」の完成にあったと見るべきだろう。

 金委員長とトランプ大統領は年内までに再度の首脳会談を約束している。次の首脳会談では非核化と体制保障(安全保障)のディールが成立する公算が大だ。そうなると、短距離とはいえ挑発的なミサイル発射は自制しなければならない。

 北朝鮮が将来、安全保障の見返りに大量破壊兵器を手離す用意があるならば、それに取って代わる強力な自衛、防衛手段を手にする必要がある。その一つが、北朝鮮版「イスカンデル」であり、大口径操縦ロケット砲でもある。ということは、先月23日に「新たに建造された」と発表された新型潜水艦によるSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)の試射も近々あるかもしれない。折しも米韓は北朝鮮の中止要請を無視し、今月5日から20日まで恒例の夏の米韓合同訓練を行う予定だ。

 トランプ大統領は北朝鮮が核実験や長距離弾道ミサイルを発射しない限り、国連の制裁が継続している限り「北朝鮮との交渉は急がない」と言っているが、一日も早く制裁を解いてもらいたいはずの金委員長もまた「年内まで」と期限を切っているところをみると、交渉力を高めるためにもやることは全部やって、持つものは全部持ってから交渉に臨む考えのようだ。

 今日からタイで開かれる東南アジア諸国連合(ASEAN)地域フォーラム(ARF)ではポンペオ国務長官と李容浩外相による外相会談が期待されていたが、李外相の欠席はそのことを暗示しているようでもある。どちらにせよ、米韓合同軍事演習が中止とならない限り、米朝実務交渉は8月20日以降となるだろう。

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辺真一
ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て、フリー。1982年 朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動開始。98年 ラジオ「アジアニュース」パーソナリティー 。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。著書に「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人、残念な日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙 間違いだらけの日韓関係」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など25冊

https://news.yahoo.co.jp/byline/pyonjiniru/20190801-00136579/


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