リングドクター・富家孝の「死を想え」

 9月9日に関東地方へ上陸した台風15号は、予想を超える大きな被害をもたらしました。とくに、千葉県内で起こった大規模停電は、一部では10日間以上も回復せず、私たちの暮らしが電気なしで成り立たないことを痛感させられました。

 実は、電気を一番必要としているのが病院です。停電は即人命にかかわります。とくに、入院患者さんで人工呼吸、人工透析などをしている方は、電気が止まれば医療も止まるので、死の危険にさらされます。そのため、病院は停電時に電源供給ができる非常電源(自家発電設備および蓄電池設備)の設置が義務づけられています。災害時、病院では非常電源があっても不十分

 しかし、災害時の混乱のなかで、非常電源がうまく作動するかどうかはわからず、不測の事態も起こりえます。また、非常電源が病院内の全施設の電気をまかなえるわけではありません。

 そのため、今回の停電では、市原市の災害拠点病院「千葉県循環器病センター」でも、一部の外来の受け付けを制限しました。君津市の鈴木病院では、治療が困難になった入院患者全99人が、災害拠点病院の君津中央病院へ搬送され、その後、神奈川県など他県の病院に、順次移送されたと言います。これらは、大病院の例ですが、人工透析患者さんがいる中小クリニックなどでは、受け入れ先を探すのに苦労したと聞きます。大地震の時にどうする

 2011年の東日本大震災のとき、岩手、宮城、福島の災害拠点病院の多くが被災し、病院としての機能を失いました。そのため、死者も出しています。そこで、国は災害拠点病院の指定要件を見直し、通常時の約6割を供給できる自家発電機の設置や災害派遣医療チームの保有などを決めました。

 しかし、その後も、16年4月の熊本地震の時、熊本市民病院は310人の入院患者全員に転院や退院を求めざるをえない事態に陥りました。18年6月の大阪北部地震では、吹田市の「国立循環器病研究センター」は自家発電機が使えず、大混乱をきたしています。

こうした災害すべてに有効な対応ができるとまでは言えませんが、病院機能が喪失した時、大変に期待できる方法があります。それは、日本のような島国では、とくに有効な方法です。被災地の海岸沖に「病院船」を派遣し、そこに患者さんを運び込むのです。

 第二次大戦以前、日本は数多くの病院船を保有していました。ところが戦後は、必要かどうかを議論するだけで1隻も造らなかったのです。早急に造るべきだと、私はこれまで何回も提言してきました。東日本大震災後に病院船議論が活発化し、11年4月には病院船建造を求める超党派の「病院船建造推進議員連盟」が発足しました。しかし、今日まで実現していません。カジノはつくろうとするのに、病院船は造らないのです。アメリカには1000床の病院船も

 アメリカは、海軍が世界最大7万トン級の病院船を2隻保有しています。中国も2万トン級のもの1隻を、ロシアも1万トン級ものを3隻保有しています。英国、フランス、オランダなどの国々は、純粋な病院船ではないものの、手術室やベッドなどを備えた軍艦を何隻か保有しています。

 昨年6月、米海軍の病院船「マーシー」が日本に初めて寄港し、横須賀市と東京都にやってきました。このときは、一般見学会も開かれました。「マーシー」は全長272メートル、排水量約7万トンの世界最大の病院船で、石油タンカーを改造して1986年に就役しました。船内には12の手術室があり、集中治療室は80床、ベッド数は約1000床で、まさに洋上の総合病院です。

 平時は、60人の医療スタッフ、12人の乗員という最小の人員で維持されていますが、災害発生時には民間人を含む1200人のスタッフが各地から招集されます。

 病院船を造るには、建造費だけではなく維持費もかかり、平時の活用法など課題もあります。しかし、日本では、首都圏直下型や南海トラフなど大地震が起こる可能性が示されているわけですから、「マーシー」級とはいかないまでも、一刻も早く病院船を就航させるべきでしょう。

アメリカの病院船マーシー病院船の派遣が有効

富家 孝(ふけ・たかし)

医師、ジャーナリスト。医師の紹介などを手がける「ラ・クイリマ」代表取締役。1947年、大阪府生まれ。東京慈恵会医大卒。新日本プロレス・リングドクター、医療コンサルタントを務める。著書は「『死に方』格差社会」など65冊以上。「医者に嫌われる医者」を自認し、患者目線で医療に関する問題をわかりやすく指摘し続けている。

引用元

読売新聞(ヨミドクター)

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