ドイツ初の温暖化防止法案

 「あなた方は私の夢を奪い去った」
「あなた方は私の子供時代を空虚な言葉で台無しにした」
「人類は苦悩し、死んでいく」
「環境システムは瓦解している」
「我々は大量死の始まりにいる」

・・・と、こんなことを、もし、トランプ大統領が国連総会で言ったとしたら、「フェイク情報の垂れ流しだ」、「人々を無為に恐怖に陥れようとしている」として、間違いなく袋叩きにあっていただろう。

 しかし、Fridays for future運動のリーダー、16歳のグレタ・トゥンベリ氏は9月23日、このスピーチで大喝采を受けた。ドイツでも、ほとんどの政治家やジャーナリストが、彼女を絶賛している。

 実際には、我々は大量死の始まりにはいないし、人類が苦悩して死んでいくのは、温暖化のせいではない。もし、グレタ・トゥンベリ氏が不幸な子供時代を過ごしたなら、それは気の毒なことではあるが、でも、地球の温暖化のせいではなかっただろう。そもそも、彼女が幸せな子供時代を過ごせなかったことと温暖化に、どういう関係があるのだろう。

 このスピーチの3日前の9月20日、ドイツ政府は初の温暖化防止法案を公表した。法案といっても閣議で決まったわけではなく、メルケル首相と6人の大臣、内閣官房長官、そして報道官などで組織された気候特別委員会(「気候内閣」と呼ばれている)が決めたものだ。

 中身は、パリ協定で決めた温室効果ガスの削減目標値(2030年までに1990年比で55%、2050年までに少なくとも80%)を守るために何をすべきかということ。

 付け加えるなら、この日はドイツ中で、早急な温暖化防止対策を政治家に求める人々が、大々的なデモをしていた。ベルリンでも、首相官邸を睨むかのように27万人もの人々が集まった(警察発表)。

 ドイツ国民は現在、老いも若きも温暖化問題に没頭している。ニュースをつければ、たいていまずは気候変動の話。世の中にこれより深刻な問題は無いかのようだ。

 そんな中、この「我が国の何十年にもわたる将来の方向を決定する」という重要な法案の骨子が決ったのである。

 これによれば、

 1)化石燃料(灯油、液化ガス、天然ガス、石炭、ガソリン、ディーゼルなど)の販売への課金が始まる。すでに存在するCO2の排出権取引制度を、さらにドイツ国内で重ねて行うと思えば良い。

 課金は、2021年はCO21トンにつき10ユーロだが、25年までに段階的に35ユーロまで上がる。これにより、ガソリンやディーゼルは確実に値上がりするし、他の製品価格もじわじわと上がるだろう。

 2)ドイツは寒い国なので、多くの家屋はセントラルヒーティングだが、電気、ガス、オイル、どの燃料も値上がりする。とくにオイルはCO2の排出が多いため、値上げ幅が大きい。しかも、オイルによる暖房設備の販売自体が、2026年から禁止となる。

 3)石炭火力発電所は2038年までに全廃することになっているが、それら炭鉱地域にはこれといった代替産業がないため、火力発電所がなくなったあと、失業者が溢れることがないように、この地域に400~800億ユーロを投資する。

 それが、何らかの産業構造改革に役立てば結構な話だが、下手をすると、他地域の税金が同地の失業者の生活保護に移転されるだけになる恐れもある。

 4)電気自動車を2030年までに700~1000万台に増やす。100万ヵ所の充電スタンドも作る。ドイツ政府は前々から自動車メーカーに電気自動車の推進を迫っていたが、問題は、値段が高く、これまで国民が敬遠していたことだ。しかし、今回の法案では、ガソリンやディーゼルが高くなるらしく、国民も早晩、電気自動車への乗り換えを強制されそうな勢いだ。

 そのほかにも、公共交通の料金を下げ、その代わりに国内線の航空チケットを割高にするなど、様々な案が含まれるが、驚くのはそのコストだ。2023年までの4年間で、温暖化防止のために少なくとも540億ユーロ(7兆円)が掛かる。財源はこれからひねり出すという。

 しかし、ドイツのCO2排出量は世界全体の2%にも達していないので、これだけお金を使って排出を減らしても、全体量にはたいして影響はない。それに、CO2を減らせば本当に温暖化が止まるのかどうかも分からない。

子供たちは環境運動のつもりでも

 CO2の減少は、単純に言うなら、産業の停滞を意味する。不況になればCO2は、放っておいても減る。本当にそうなれば、おそらく惑星の救済などと言っている場合ではなくなるだろう。

 ところがドイツ国民は、そんなことなぞどこ吹く風。この法案が発表された途端、「こんな生ぬるい規制では、温暖化は止められない!」といきり立った。

 経済成長だけが幸せではない。自然と動物と人間が調和をとって暮らせる世界が理想である。現在の混迷からその理想の世界に戻れるなら、「不景気も、いとおかし」。「我々が生活習慣を変えさえすれば、温暖化は防げる」と、彼らは本気で思っている。

 その1週間後、第2テレビの恒例の世論調査では、緑の党がついに、メルケル首相のCDU(キリスト教民主同盟)と並んで首位に立った。緑の党の伸長は、気候温暖化問題の盛り上がりと綺麗に重なる。

 温暖化の危機を煽りながら、緑の党は子供デモFridays for futureも強力に支援してきた。子供たちは18歳になったら、皆、緑の党に投票するだろうから、応援のし甲斐は十分にある。

 そして、それに脅威を感じた与党が、なりふり構わず「惑星の救済」に参入。彼らが救済したいのは惑星ではなく、おそらく自分たちの政治生命だろうが、今や挙国一致のCO2削減作戦が大々的に展開されている。

 CSU(キリスト教社会同盟)の党首が、「大規模な抗議活動で私たち政治家の目を覚まさせてくれた国民にありがとうと言いたい」と言ったのは、さすがに薄気味悪かった。それに、物理学者のメルケル首相が、人間の力で本当に地球の温度を下げられると考えているとも思えない。

 それにしても、あのグレタ・トゥンベリ氏の「大人への憎悪」はいったい何なのか。

 ドイツのギムナジウム(小学校5年から高校3年までの学校)では、70年代、「ナチのやっていることを知りながら、知らない振りをしていた大人」を攻撃する風潮が、嵐のように高まった時代があった。今、起こっているFridays for future運動も、いわゆる世代間闘争の一種なのか。それとも、環境版の文化大革命? 
 ただ、子供たちは環境運動のつもりでも、応援している人々の頭の中には、まったく違ったものがあるように思える。メルケル首相は、気候法案の発表の際、「私たちは、ここで何かイデオロギー的なことをしているわけではありません」とわざわざ言った。

 しかし、このままでは、市場経済や自由競争がじわじわと崩れ、国民の交通手段も、市場に出回る商品も、価格も、次第に国家が統制するようになっていくのではないか。

 10月3日は、東西ドイツ統一の29回目の記念日だった。旧東独出身の首相に14年間率いられてきたドイツだが、どうもその政治システムは、だんだん旧東独に似ていくように思えてならない。

 ドイツはいったいどこへ行くのだろう。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20191004-00067603-gendaibiz-eurp

引用元   現代ビジネス


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