中国建国70年を迎えた1日、デモが続く香港では各地で警察と若者らの衝突が起きた。警察はこの日だけで実弾を6発、発砲。このうち左胸を撃たれた少年(18)が一時、重体に陥った。この銃撃の場面を唯一、カメラに収めたのは大学生のメディアだった。香港だけでなく、世界中に転電された映像を撮影した「学生記者」に話を聞いた。【台北特派員・福岡静哉】

【動画】銃口を胸に向け…瞬間をとらえた映像

 ◇銃撃場面を撮影したのは「学生記者」だけ

 1日午後4時10分ごろ、香港郊外荃湾(せんわん)地区。武装した機動隊と若者らの間で激しい衝突が起きていた。「ズーン」。機動隊員が実弾を放った。少年がその場であおむけに倒れ込み、左胸付近から血が流れた。

 香港城市大の学内メディア「城市放送局」に所属する林卓賢さん(21)=経営学部3年=は、現場で取材していた。恐怖で体がすくみながら、夢中で一部始終をカメラに収めた。「銃声の瞬間、何の弾か分からなかった。でも、少年の胸から血が流れているのに気づき、(実弾だと)確信した」

 倒れ込んだ少年を、別の若者が介抱しようと近づいた。その瞬間、機動隊員がこの若者を組み伏せ、拘束した。林さんはとっさに思った。「銃撃の瞬間に加えて、この後、警察が救護措置など適切な対応をするのかどうかが重要だ」。目の前で倒れ込む少年が心配だったが「これが私の役割だ」と自分に言い聞かせ、カメラを回した。

 「助けて。胸が痛い」とうめく少年。しかし機動隊員たちは少年に目もくれない。林さんが撮影した映像を見る限り、銃撃から5分が経過した時点でも救護措置は行われていなかった。林さんは「実弾で胸を撃っているにもかかわらず、極めて非人道的だ」と警察の対応を非難する。少年はその後、救急車で病院に搬送されて緊急手術を受け、一命は取り留めた。

 撮影した映像をフェイスブックなどのソーシャルメディアで報道すると、反響が相次いだ。銃撃の瞬間を撮影できていたのは、香港城市大と香港大の学生メディアだけだったからだ。私も当時、銃撃現場がある九竜半島とは海を挟んだ香港島で現場取材に追われていた。香港メディアや海外メディアはこぞって両大学の映像に基づき、報道した。

 映像は、白い棒状のもので挑む少年に対し、機動隊員が数十センチとみられる至近距離から左胸に発砲する様子を克明にとらえている。警察当局は「警察官は襲われて生命の危機に直面し、武器を使用して制止するほかなかった。適切で合法だった」と説明している。だが映像を見る限り、少年に対し狙いを定めて銃撃しているように見える。過剰防衛と批判されてもやむを得ないだろう。銃弾は少年の心臓をわずか3センチ外れ、左肺の内部で破裂していたという。あとわずかでも位置がずれていれば、少年は命を落としていただろう。

 映像という動かぬ証拠を突きつけられ、警察は守勢に立たされている。林さんは言う。「もし香港城市大と香港大の学生メディアがあの場にいなかったら、誰も何が起きたかを知ることはできなかった。私たちはとても重要な役割を果たしたと自負しています」

 ◇10月1日は総動員で取材

 「散らかっていますが、気にしないでください」。「城市放送局」に取材に訪れると、副会長の謝朗さん(21)=公共政策学部3年=が出迎えてくれた。仮眠用の布団や寝袋、積み上げられた書籍、雑然と並ぶ機材類。どこか新聞社の社内に似ている。

 香港の大学は自治の伝統が根付いており、各大学に学生会がある。多くの学生会には、学生らの活動や地域で起きた出来事などの映像を撮影し、学内向けに報道する学内メディアがある。城市放送局もその一つだ。以前は学内各所に設置されたテレビが主な媒体だったが、近年は学生の目に触れやすいフェイスブックやインスタグラムでの情報発信を重視している。

 デモが起きるまで城市放送局で熱心に活動する「記者」は10人ほどだったという。だが6月にデモが本格化して以降、現場取材を志願する学生が増え、今では約30人態勢で取材・編集に当たっている。謝さんは「デモや抗議活動に加わっている香港城市大の学生もおり、学生の関心も極めて高い。このため重点的に取材・報道しています」と言う。

 最近は各地で同時多発的に衝突が起きる上、電車の駅が閉鎖されることが増えたため、すべての現場を取材することは難しい。城市放送局は、できるだけ多くの現場を網羅できるよう努めている。10月1日は各地で大規模な衝突が予想されたため、総動員態勢を取った。各デモ現場に計23人の記者を配置し、6人が編集作業に当たった。この結果、香港メディアも撮影できなかった銃撃の瞬間をカメラに収めることができた。謝さんは「これまでいくつか重要な現場を取材し損ねています。1日はたまたま重要な場面を撮影することができただけ」と謙遜する。

 デモや抗議活動は未明まで続くことが多い。自宅まで帰れなくなった時は、城市放送局にタクシーで戻り、布団で仮眠する。大学のキャンパスが中心部から電車で約20分の便利な場所にあるためだ。カメラなど機材購入や交通費などの取材経費が例年より多額になっているため、学生会が特別予算を組んで支援しているという。

 ◇歴史を記録する役割果たす

 「私は、林鄭月娥行政長官よりも多くの有権者の支持を得て、城市放送局の副会長に就きました」。謝さんが冗談交じりに言う。

 香港城市大の学生会は、国家にたとえると行政機関に相当する「幹事会」、議会に当たる「評議会」、司法の役割を果たす「仲裁委員会」とメディア部門の城市放送局、編集委員会で構成される。各部門の執行部はいずれも学生会員約1万3000人による選挙によって選ばれる。行政長官選挙の有権者は、各業界団体代表らで構成される1200人だけ。謝さんは「香港政府も学生会の民主的な仕組みを少しは見習ってほしい」と皮肉を込める。

 学内サービスに関する大学当局との交渉や各種勉強会の開催など、学生会の活動は多岐にわたる。他大学の学生会も同様の組織を持つという。民主的な選挙制度を求めた大規模デモ「雨傘運動」(2014年)は学生主導だった。今年のデモも明確なリーダーはいないとされるが、学生が運動の中心を担っている。香港で政治運動が活発なのは、各大学に民主的な学生会があることと関係しているのかもしれない。

 最後に改めて、城市放送局で活動を続ける理由を2人に聞いた。

 林さんはこう答えた。「大学の授業と両立させることが体力的につらい時もあります。でも香港に生きる若者として、今年のデモに対して傍観者でいるという選択肢はあり得ないと思います。政府寄りや中国共産党寄りのメディアが偏った情報を伝えようとする中で、事実をきちんと伝える役割を果たしたいという思いから撮影を続けています」

 謝さんはしばらく考え、こう語った。「今年のデモは香港の歴史を塗り替えることになるでしょう。私も、歴史をつくる運動に加わりたい思いはあります。副会長という立場上、抗議活動に自ら加わることはできませんが、歴史をしっかりと記録していきたい」

 6月にデモが本格化して以降、警察による実弾の発砲で負傷者が出たのは1日が初めてだった。プロのメディアに負けないくらい、学生メディアが歴史を記録する役割を果たしている。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191020-00000006-mai-int

毎日新聞


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