「カオスで、混沌としている。大いに疑問を感じる」

 ロシア外務省のザハロワ報道官は、横浜に停泊中のクルーズ船ダイヤモンド・プリンセス」における新型コロナウイルスをめぐる日本の対応について、こう手厳しく批判した。

 感染者が搬送されたが、船内には子供2人を含む24人のロシア人客がいるため、ロシアも事態を注視しているのである。

 ザハロワ報道官の批判が的を射たものかどうか、日露のアプローチの違いについて考えてみたい。

 ロシアにおける感染者は非常に少ない。この原稿を書いている2月11日時点でわずか2人、いずれも中国籍だ。

 1月31日にこの2人の感染が確認されてから、新たな感染者は一人も出ていない。

 ロシアは中国と約4200キロにわたって国境を接している上、人や物の往来がとても活発だったので、筆者はこの数字には正直なところ驚いている。

 ロシアは、中国と非常に近しい関係にありながらも、中国人の入国制限や陸路国境の閉鎖など厳しい措置を取った。

 ロシア新首相によってこれらの措置が発表されたのが1月30日。日本も同じくらいの時期に対策本部を設置している。

 しかし、自国民の退避という点では日本とロシアでかなり差があり、日本の方が親切だった。

 日本の場合、対策本部が設置される以前の1月28日に、既に第1便のチャーター機を飛ばしている。

 ロシアの場合、自国民避難のための軍用機が武漢を飛び立ったのは2月4日深夜から5日にかけて。なんと日本に比べて1週間も退避が遅れたのである。

 日本や韓国、米国などが先を争うようにチャーターを飛ばしているのに、武漢や周辺都市に取り残されたロシア人は、自分たちがどうなってしまうのか、全く情報がないまま不安な日々を過ごした。

 とうとう軍用機での退避が決まり、2週間の隔離に同意するという条件で、第1便で80人、第2便で64人が脱出した。

 一行が向かったのはチュメニという西シベリアの町だ。

 隔離施設はチュメニ市の中心部から30キロほど離れた村にある。ここはもともと結核患者の隔離に使われていた建物で、市民と避難者が接触しないという点で最適だったため選ばれた。

 施設は2重の柵で全周を囲まれており、さらにその外周を国家親衛隊が警備するという徹底ぶりである。

 旅客機ではないので、旅の快適は一切保証されていない。機内の様子は、混雑している駅の待合室に似ている。

 新幹線のように進行方向を向いて座るのではなく、地下鉄のように横向きに木のベンチに腰かけるようになっている。

 隣同士、身体がぴったりと接しているので、もし隣の人が感染していたら確実に自分も感染しそうだ。

 そしてトイレがない。人々は搭乗の2時間前から何も飲まないように言い渡された。

 どうしても必要な場合は、大人1人がやっと入れる大きさのテントの中にバケツを置き、そこで用を足すのである。

 このような「簡易トイレ」が1機につき2つ用意された。

 軍用機は給油のため、東シベリアのウラン・ウデに立ち寄った。

 この日の気温はマイナス30度。野外テントで人々に用意されたのは冷たい紅茶と半冷凍状態のピロシキだった。

 厨房から滑走路の近くまで運ぶ間に、一瞬で冷え切ってしまったと思われる。

 実は軍用機が離陸した時点では誰も、これからどこへ飛ぶのか知らず、シベリアの冬を想定した上着を着ていなかった。

 これでは新型肺炎以前に、普通に風邪をひいてしまいそうだ。

 ともかく、チュメニに着くまで様々な困難がありながらも、人々は12時間以上の飛行を乗り切った。

 隔離施設の部屋は2人部屋。自由に廊下に出ることもできない。幸いワイファイがあるため、多くの人が暇つぶしに動画を撮ってアップしており、現地の詳細な情報を知ることができる。

 窓から見えるシベリアの冬景色はなかなか綺麗だ。

 「食事が1日4回も出るし、美味しい」「職員は少ない数で対応してくれている。ありがたい」という感謝のメッセージも次々と寄せられている。

 今のところ、避難してきた144人のうち、新型ウイルスの感染が明らかになった人はいない。

 こうしたロシア人の脱出劇を見ていると、日本では早々に全日空のチャーターで帰ったうえに、検査を拒否したり、隔離の条件に文句をつける人までいたと聞いて、驚きを隠せない。

 さらにはクレーム対応のせいで自殺者まで出ているというのだから、衝撃である。

 中国との国境を封鎖した影響は、市民生活にも及んでいる。

 陸路で野菜が入ってこなくなっただけでなく、大手チェーンのスーパーが、自主的に中国産食品を控え始めたのだ。

 ロシア農業銀行がインターファクス通信の取材に語ったところによると、中国産なくしては、極東ロシアにおける野菜の需要を満たすのはかなり厳しいという。

 極東では野菜の値段が日増しに上がっている。

 極東でレストランを営む筆者の知人は、1キログラムあたりの冷凍カニとトマトの仕入れ値が同じだったことにショックを受けている。

 特にこれから値上がりしそうなのは、ニンニクだ。ロシアで売られているニンニクの8割は中国産である。

 これを契機に、中国に依存する食卓を見直そうという声も上がっているが、それには温室栽培の拡大以外に、野菜を保管する倉庫の老朽化問題も解決しなければいけないため、一朝一夕にはいきそうもない。

 ロシアの観光産業はつい先日まで中国人の団体旅行者のおかげで非常に賑わっていたが、今では彼らを全く見かけなくなった。

 ビザなし観光ツアーができなくなったからである。

 モスクワの大型ホテルの中には常に宿泊客の7割ほどがツアーの中国人というところもあった。

 ロシアの厳しい対応は、自国に痛みをもたらした。

 ロシアでは中国人観光客しか使わないモバイル決済「Alipay」を使った支払額が、2月の第1週で、前年の同時期に比べて73パーセントも激減した。

 サンクトペテルブルクの観光名所、エルミタージュ美術館は、2月4日から外国人用チケットの値上げに踏み切った。

 美術館側は値上げの理由を明示していないが、値上げの数日前、同美術館のピオトロフスキー館長が「中国人観光客の減少による収入減を非常に懸念する」とインタビューで答えていた。

 このため、新型コロナウイルスが間接的に値上げの原因になったと見られている。

 中国人は就労ビザの申請・受け取りや、労働許可証の発行もしてもらえなくなった。

 ビジネスへの影響を考えると、これはちょっとやりすぎのような気もするくらい厳しい対応である。

 冒頭の話に戻ると、観光産業を破壊してまで新型ウイルスを排除したいロシア人の目には、日本がみすみすと集団感染を見過ごしているように映るのだろう。

 しかも船内でロシア国籍の感染者が出れば、ロシア人として初の感染者になってしまう。

 ザハロワ報道官は、日本には「イノベーションの奇跡」を期待していたのに・・・という捨てゼリフを述べている。

 イノベーションの奇跡が、治療薬開発を意味するのか、一般のロシア人が日本に抱く「技術大国の日本はロボットで何でも解決できる」という類のイメージのことなのか分からない。

 しかし、日本は今回の対応で株を下げてしまったことは確かなようだ。

徳山 あすか

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200213-00059308-jbpressz-eurp&p=3

JBpress


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