毎年3月2日は北朝鮮の植樹節、みどりの日だ。

北朝鮮人民委員会の委員長だった金日成氏が1946年3月2日、幼子だった金正日氏、妻の金正淑(キム・ジョンスク)氏と共に平壌の牡丹峰(モランボン)に登ったという逸話に基づくものだ。そこから眺めた光景は、太平洋戦争中の松脂採取や木材切り出しで荒れ果てた禿山だったという。

中国との国境にほど近い、慈江道(チャガンド)の古豊(コプン)郡でも今年の植樹節の当日に「植樹戦闘」、つまり苗木を植える行事が行われた。ところが、それに関連してひとりの貴重な命が奪われる事件が起きてしまった。

泣くことすら許されず

現地のデイリーNK内部情報筋が明らかにした事件のあらましは次のようなものだ。

古豊郡の山林経営所の作業所長を務めていた50代男性のチョさんは昨年春、平壌12号という品種のトウモロコシの種を植えた。

平壌12号は、1本にトウモロコシ2~3個がなるが、実がしっかり詰まっていて歩留まりが多い上に、茎が長いので家畜の餌としても使えるなど、優れた品種だ。それを知った作業所長は、平壌で種を入手して、試験的に植えたわけだ。見込み通り、秋にはトウモロコシは豊作となった。作業班長は、トウモロコシを同僚や家族に分け与え、残りは事業所で育てている22頭の牛に餌として与えた。

「食糧の自給自足の実現」という党の方針に合致するもので、褒められても良いはずだが、これが大きな問題となってしまった。

苗木作業班は、毎年植樹節に植える苗木を育てて管理する仕事を行っているが、作業所長はトウモロコシを植える副業地(期間に所属する田畑)が足りないとの理由で、上部の許可なく苗木を引っこ抜いてしまったのだ。

植樹は、住民が切り開いた土地を奪う形で行われることも多い。住民は苗木を植えるフリをしたり、植えた苗木を抜いたりして、畑に戻し、当局の横暴なやり方に抵抗している。作業所長も、バレないと思って同じようなことをしたのだろう。

今年の植樹節当日に届けられた苗木の数が計画より少なかったことを怪しく思った慈江道人民委員会(道庁)は、古豊郡山林経営所に対する検閲(監査)を秘密裏に行った。そして、作業所長の「犯行」を暴いた。

2012年、金正恩委員長は「10年以内に失われた山林を復旧し、全国の樹林化、原林化、果樹園化を完工させる」という方針を打ち出しているが、人民委員会は作業班長の行動がそれに反する行動とみなした。

今月4日、古豊の市場に15歳以上の住民が集結させられた。最前列には、山林経営所の従業員と家族が立たされた。

そこに作業所長が引き立てられてきた。当局の担当者は、街宣車のスピーカーで「山林復旧に全力を尽くさず、私腹を肥やしたのは祖国に背を向け党を裏切った反逆罪」と罪状を読み上げた上で、作業班長に死刑宣告を下した。

木の柱に縛り付けられた彼に向けて9発の銃弾が打ち込まれる。古豊では史上初めてとなる公開処刑だった。集められた住民は見ることを強いられた。金正恩氏が、幾度となく繰り返してきたやり方だ。

(参考記事:女性芸能人たちを「失禁」させた金正恩氏の残酷ショー

「事業所の従業員と家族は、処刑場の一番前の列に立たされ、泣くことも許されず、処刑の状況を見守るしかなかった」(情報筋)

実は似たような出来事が、未曾有の食糧難「苦難の行軍」の真っ只中にあった1998年に起きている。

黄海北道(ファンヘブクト)の黄海製鉄所の支配人ら幹部が、餓死寸前の従業員を救うために、製品の鉄板を許可なく売り払い、トウモロコシを購入したが、逮捕され、幹部8人が公開銃殺された。

怒った労働者は抗議活動を繰り広げたが、鎮圧に乗り出した軍の戦車に踏み潰され、多くの犠牲者が出たと伝えられている。よかれと思った行動で命を落とすのなら、創意工夫など期待できまい。

https://news.yahoo.co.jp/byline/kohyoungki/20200423-00174673/

デイリーNKジャパン


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