● 与党はユン前理事長を切り 政権と正義連を守るのか

元慰安婦の支援団体である正義記憶連帯(以下“正義連”、韓国挺身隊問題対策協議会〈以下“挺対協”〉の後継団体)前理事長の尹美香(ユン・ミヒャン)氏をめぐる不正疑惑は、検察当局が正義連のソウルの事務所に家宅捜索に入るなど、新たな展開が見えてきた。

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 これまでユン前理事長をかばってきた政府与党も、不正疑惑が深刻化するにつれてユン前理事長に対して厳しい発言をし始めている。

 政府与党はこれまで同様、政権内の不正疑惑は断固としてもみ消す姿勢であった。だが、今回は不正を告発したのが元慰安婦の中心的活動家、李容洙(イ・ヨンス)氏であるだけに、勝手が違うようだ。当初、ユン前理事長や正義連に批判的だったのは、保守系の野党とメディアであったが、最近では文在寅政権に近いハンギョレ新聞などもこの疑惑に関して積極的に取り上げるようになっていることも、もみ消しを難しくしている要因だろう。

 これを受け、与党内の雰囲気も徐々に変わってきている。事態の推移を見極める必要があるが、正義連を守るためにはユン前理事長を犠牲にせざるを得ないのではないかという見方も出始めている。

● 正義連とユン前理事長の態度の変化 イ・ヨンス氏の記者会見に注目

 元慰安婦のイ・ヨンス氏の告発に対する正義連の反応はひどいものだった。

 最初は「イ・ヨンスさんの記憶が歪曲(わいきょく)された」という人格を否定するようなもので、その後はさらに「大金のために態度を変えた」(ユン氏の夫)と侮辱。最終的には「保守勢力の謀略だ」と開き直った。

 しかし、各種会計不正と公金流用疑惑が次々と明らかになると、正義連の反応に耳を貸す国民も少なくなっていった。中でも、最も疑惑が深まった契機が、安城(アンソン)の不動産購入疑惑である。この不動産は元慰安婦の憩いの場という位置付けでありながら、元慰安婦のためにほとんど利用されてこなかった。

そればかりか、挺対協とユン前理事長はこの物件を7億5000万ウォンで買い、1億ウオンの改装費をかけながら、イ・ヨンス氏の告発の翌日、購入価格を大幅に下回る4億2000万ウォンで売却した。

 この不可解な不動産売買について、背後に何か隠さなければならないことがあるための隠蔽工作だとの見方が広がった。通常価格を大幅に上回る価格で購入し、売買を仲介した安城新聞代表だった李圭閔(イ・ギュミン)氏との間で裏取引が行われたのではないかとの疑惑へと発展している。

 この不動産売買疑惑が発覚して以降、韓国世論の正義連、ユン前理事長に対する見方が大きく変わった。

 世論の雰囲気を察知したのか、ユン前理事長の態度も変わってきた。

 20日付のハンギョレ新聞では、元慰安婦のイ・ヨンス氏が同日、「(ユン前理事長が私のところに)来て膝をついて許しを乞うているが、いったい何の許しを乞うているのか私には分からなった」と述べたと報じている。

 さらに、一部のメディアでは19日、ユン前理事長がイ・ヨンス氏と韓国大邱市(テグ)で面会し、「イ・ヨンスさんが涙を流してユン前理事長を許した」と報じた。だが、イ・ヨンス氏は「(ユン前理事長が)一度抱きしめてほしいというので、一度やってあげた」「そうしたら、年寄りで気持ちが弱くなっているせいか、涙が出てきた。ただそれだけだ」と述べ、ユン前理事長側の「イ・ヨンスさんがユン前理事長を許した」との説明を否定した。

 イ・ヨンス氏は25日、記者会見の開催を予定しており、新たに正義連やユン前理事長についての疑惑が出てくるか注目されている。

 ユン前理事長に対し 韓国政府も関与を始める

 そもそも、正義連はイ・ヨンス氏が高齢のせいで記憶が歪曲されていると、イ・ヨンス氏の人格を否定した。そして、ユン前理事長は自分が曺国(チョ・グク)前法務部長官に対するバッシングのような仕打ちを受けていると、被害者のような態度をして開き直っていた。

 しかし、ユン前理事長はマスコミの追及が厳しくなり、不正疑惑が広がってくるとイ・ヨンス氏を訪ねて許しを乞うている。

 何も悪いことをしていないと開き直るのであれば、なぜ膝をついて許しを乞わなければならないのか。イ・ヨンス氏が「許した」とマスコミに公表しなければ、自分を守ることができないと考えたからではないのだろうか。

 陳永(チン・ヨン)行政安全部長官は19日、国会行政安全員会に出席して、「正義連に22日までに証明資料を提出するよう要求した」「違法や不当な場合があれば妥当な措置を取りたい」と述べた。

 韓国の法曹界では、告発内容が事実と確認されれば、寄付金・交付金の使用や会計不正に絡む横領容疑と、ソウル郊外の京畿道安城市にある建物の購入に絡む業務上背任行為の2つについて、法的に追及できるとみているようだ。

 ユン前理事長を守るべきなのか 見解が分かれる与党「共に民主党」

 疑惑の深まりにもかかわらず、与党「共に民主党」の公式な立場は、依然として成り行きを見守り静観するというものだ。

 20日時点でも、同党の姜勲植(カン・フンシク)首席報道官は会見で、「外部による会計監査と行政安全部などによる監査の結果を見て、総合的に判断した上で立場を明らかにする」と述べた。さらに記者団に対して、「(ユン前理事長)本人は、さまざまな方法で説明すべきことを説明すると承知している。事実関係が最も重要であり、それを中心に問題を処理する方針だ」と重ねて静観の姿勢を強調した。

 党内では、疑惑について「論争や異論が多いわけではない」としながらも、「事案を重く、厳しく見ている」と述べた。

 しかし、党内では危機感が芽生えている。

 李洛淵(イ・ナギョン)前首相は「さまざまな問題意識を、責任ある党役員と意見交換した。具体的措置は議論されておらず、党で検討した後、決定するものとみられる」と述べた。

 また、ある民主党議員は「先週末を前後して、憩いの場ペンション収益金論争、アパート購入資金論争などが新たに出てきたが、この2種類の疑惑だけはユン氏本人が必ずクリアしない限り、このままやり過ごすことは難しい」と述べた。それだけではなく、別の議員からは「党は、正義連はさておきユン氏個人の不正までカバーするつもりはない」と見放す発言も漏れてきている。

 こうした事態を受け、党の最高委員の一人はハンギョレ新聞に対し、「非公開の最高委員会会議で今までの状況報告と最高委員の意見交換があるだろう」と述べ、この問題の収拾に本格的に乗り出す可能性を示唆した。

 ただ、すぐに党員権を剥奪するつもりはないようだ。ユン前理事長の処遇決定のカギは、共に民主党の李海チャン代表が握っているというのが多くの関係者の見方である。

● 野党は市民団体の構造問題と指摘 与党は市民運動否定を危惧

 一方で、この疑惑は「個人の逸脱か、構造的問題か」という論争にも発展している。

 共に民主党からは「一人運営体制から出てきた問題」(金鍾民〈キム・ジョンミン〉議員)という主張が出ているが、野党の未来統合党では「聖域化された市民団体の問題」との認識が強い。

 実際に、共に民主党の盧雄来(ノ・ウンレ)議員はラジオインタビューで、「正義連の会計不正疑惑が、健全にしっかりとやっている市民社会活動まで根こそぎ否定されたり、蔑まれたりするような状況になってはいけない」と主張し、野党の主張を牽制。他方、野党の未来統合党などは「個人の逸脱やミスとしてだけ見るには難しい」「政府補助金や国民の寄付で維持されている他の市民団体に対しても、大きなビルを購入して資産が大きくなり、大企業でもないのに職員が非常に多い大規模な組織になったものがある」と指摘している。

 元慰安婦については、多くの元慰安婦が共同で生活する「ナヌムの家」でも、巨額の後援金を元慰安婦に対して使わず、不動産や現金資産として保有し、今後は曹渓宗のホテル式老人療養院に使おうとしているとの内部告発がなされている。

 噴出する告発を耳にすると、正義連関係の不祥事の原因がユン前理事長だけにあると片付けるのは無理があると言わざるを得ないだろう。

● 文大統領の「被害者中心主義」は欺瞞? 相変わらず責任回避

 では、文在寅大統領をはじめとした青瓦台は、この疑惑をどう捉えているのだろうか。

 青瓦台は「今後の国政には関係がない」「ユン氏は共に民主党所属なので、立場を表明すべき事案ではない」として関与を避けている。別の青瓦台関係者は「この問題に(大統領と青瓦台を)引き込もうとしないでもらいたい」と、露骨に距離を置く姿勢を明確にしている。

 韓国の歴代政権は元慰安婦の問題について迷走を繰り返してきた。それは慰安婦の問題を協議する相手がユン前理事長に一本化されていたため、ユン前理事長の意向を汲んで、しばしば立場を変更してきたからである。日本と非公式に了解した事項でも平気で無効化した。その最たるものが「(2015年の)日韓合意」である。

 文大統領は「(2015年の)韓日合意で慰安婦問題は解決しない」として、合意の事実上の無効化を宣言し、「被害者中心主義」を強調した。18年1月に今回の告発をしたイ・ヨンス氏、ユン前理事長を青瓦台に招き、「過去の政権による合意は誤りだった。早期に後続措置を取りまとめてもらいたい」と発言した。

 しかし、今に至るまで後続措置については未完のままである。そして今回イ・ヨンス氏が告発した正義連の不正疑惑の解決には、無関心で、解決に乗り出そうとしない。

 今年初め、大韓弁護士協会は声明を出し、「政府は日本軍慰安婦問題の解決に積極的に取り組むべきだ」と主張していた。しかし、日本側が慰安婦問題について話し合いなどに応じる見込みは全くなく、元慰安婦に関する後続措置を一方的に述べた文政権に、新たな解決策などあるはずがない。日本との後続措置の交渉は糸口さえ見つけられないはずだ。

 正義連をめぐる疑惑は、韓国の国内問題である。これまで歴代韓国政権が行ってきた、元慰安婦について何か問題が起こると矛先を日本に向けて補償や譲歩を引き出すという手法は通用しない。

 文大統領が述べた「被害者主義」を貫くのであれば、正義連の疑惑に真摯に取り組み、元慰安婦が得るべき利益を回復するのが筋である。

 イ・ヨンス氏は青瓦台の姿勢について何も述べていない。だが、これまでの青瓦台の無関心は責任回避のための行動だと責められて然るべきだ。イ・ヨンス氏含め元慰安婦たちが、これまで文政権の政治的宣伝に利用されたと批判されても不思議ではない。

 イ・ヨンス氏が述べた、「だまされるだけだまされた、利用されるだけ利用された」というのは、ユン前理事長に対してだけでなく、文大統領にも当てはまるのではないか。

● 正義連の問題は静観して 終わるものではない

 文政権に近いハンギョレ新聞は20日付の社説で、次のように戒めている。

 「ユン当選者は今の事態が慰安婦の人権運動に対する韓国社会の信頼に直結する問題だという認識を持たねばならない。保守勢力とマスコミが悪意的に問題を歪曲し、政治的に利用していると反駁(はんばく)するだけで解決する問題ではない。(略)慰安婦の人権運動が満身創痍になっている事態を収拾できない。検察の捜査が始まった状況で、これ以上矢面に立つことを恐れてはならない」

 正義連とユン前理事長に対する不正疑惑は、これまで元慰安婦の問題に真剣に取り組んできた多くの人々を落胆させている。本来であれば、文大統領自身が立ち上がって不正に取り組むべきだが、文大統領は拙著「文在寅の災厄」で述べたように、都合の悪い問題は避けて通るのが常であり、避け続けようとするだろう。

 その場合、与党が対応しなければならないが、それは正義連そのものへの対応ではなくユン前理事長の党籍剥奪、国会議員の辞職という中途半端な処分で幕引きをするのではないだろうか。ユン前理事長を処分することで、正義連への問題波及を防ぎ、野党の未来統合党の構造的問題だという指摘をかわそうとするだろう。

 元慰安婦問題は日韓間で解決された問題である。それを正義連、特にユン前理事長は解決されないように妨害してきた。正義連は、戦後の日本政府が行ってきた補償や取り組みについて元慰安婦や韓国世論に正しく伝えず、歪曲してきた。慰安婦問題がここまでこじれ、長期化した背景には、慰安婦問題の市民団体の窓口を挺対協ユン前理事長に一元化してきたことで、元慰安婦の本当の声が届かなくなっていたことが大きな要因である。

 ユン前理事長が慰安婦問題の解決よりも、自身の利益を優先させてきたことが明白となった今、韓国国民は元慰安婦がこれまで伝えようとしてきた声に耳を傾け、そのために日韓の歴代政権がいかなる努力を払ってきたか、改めて考え直してほしい。

 (元駐韓国特命全権大使 武藤正敏)

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200522-00238086-diamond-int&p=1

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