● 日韓政府の対立が続く 元徴用工への賠償問題  元徴用工への賠償問題をめぐって日韓政府の対立が続いている。6月上旬、韓国の大邱(テグ)地裁の浦項(ポハン)支部は、わが国の新日鉄住金(以下、日本製鉄)に資産差し押さえの通知書類が届いたとみなす公示送達の手続きを行った。  これまでにも韓国の裁判所は、わが国の外務省に対して日本製鉄の資産を差し押さえたことを同社に通達するよう求めてきた。それに対してわが国政府は、一貫して韓国側の主張を拒否してきた。日本政府のスタンスは、1965年の日韓請求権協定によって両国間の請求に関する問題は“完全かつ最終的に解決された”としている。今後もわが国政府の対応は変わらないだろう。そうすると、韓国が本気でわが国企業の資産を売却することになれば、当然、わが国政府は報復措置を取ることになるだろう。  元徴用工の問題は、韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領の反日政策の本気度が試されているといえるだろう。本来、韓国はわが国との国家間の約束を遵守し、元徴用工問題などを自力で解決することを優先して考えるべきだ。少なくとも、そうした努力をすることが必要だろう。  しかし、これまでの展開を見ると、文政権にはそうした意図が見られない。

 ただ、日韓関係が最悪といわれる状況下、文政権が本当に資産の現金化を容認するなら、わが国政府としても黙っているわけにはいかないはずだ。その場合には、文政権は相応の覚悟が必要になるだろう。文政権は強硬な反日のスタンスに固執せず、歩み寄る態度を通して対話による両国の関係改善を目指す姿勢を示してほしいものだ。 ● 元徴用工への 賠償問題の経緯と現状  2018年10月、韓国の最高裁は当時の日本製鉄に対して元徴用工への賠償を命じた。韓国最高裁は三菱重工業などにも賠償を命じた。最高裁判決に従って、大邱地裁の浦項支部は、韓国国内において日本製鉄が保有する資産の差し押さえを認めた。具体的な資産とは、日本製鉄と韓国鉄鋼大手ポスコの合弁企業であるPNRの株式の一部だ。  わが国は、「韓国の司法判断は受け入れられない」との立場を貫いている。日韓の請求権問題は日韓請求権協定によって最終的に解決されているからだ。それが、戦後の日韓関係の基礎になった。国家間で最終的な合意に至った請求権問題を蒸し返されても、わが国が対応することはできない。それが国際社会の常識でありルールである。韓国の裁判所はわが国外務省に日本製鉄に資産差し押さえを伝えるよう求めてきたが、わが国がそれを拒否したのは国家間の協定に基づいた当然の対応だ。  そう考えると、今回、大邱地裁の浦項支部が日本製鉄に公示送達を行った意味は重い。それによって、PNRの株式差し押さえの通知書類が届いたとみなされる。韓国地裁は8月4日午前0時に公示送達の効力が発生するとしている。それ以降に韓国の裁判所が命令すれば、制度上、原告団は株式の売却に向けた手続きを進めることが可能となり、わが国企業に実害が生じる恐れがある。また浦項支部の判断が、他の地裁が担当する日韓の賠償問題に影響する展開も軽視できない。  わが国は韓国に対して、自国の企業に実害が及ばないよう繰り返し対応を求めてきた。公示送達に関してもわが国は国際法違反であるとの立場を明確に示し、現金化に向けた手続きが進む前に問題を解決するよう韓国に求めている。  その一方で、韓国の文大統領は、「司法の判断を尊重する」との立場を示すにとどまっている。8月4日まであまり時間はない。韓国が実際にどういった対応をとるかは不透明だが、わが国は自国の企業に実害が及ばないようあらゆるシナリオを念頭に置いて対策を整えなければならなくなった。

● 想定される 韓国への報復措置  公示送達が出された後、わが国政府は韓国に対して日本企業の資産が現金化されれば日韓関係は深刻な状況に陥ると警告している。その上で政府は、韓国の出方に応じて毅然と対応することを明確にした。それは、韓国が現金化に踏み切ればわが国が報復措置を発動することを意味する。  わが国政府はさまざまな報復措置を検討してきた。昨年12月、麻生太郎財務相は制裁関税や送金の停止などの対抗措置があると示唆した。そのほかにも、政府内では韓国からの入国ビザの厳格化、国際司法裁判所への提訴、わが国にある韓国企業の資産差し押さえ、駐韓大使を帰国させるなどの報復措置が検討されているようだ。  仮に報復措置が実行されたと想定すると、日韓の関係はかつてないほど悪化するだろう。慢性的なドル資金不足に悩まされてきた韓国企業にとって、わが国金融機関からの資金提供が閉ざされる可能性は軽視できない。韓国経済全体の資金繰りがひっ迫し、社会と経済の閉塞感が高まると、北朝鮮が韓国の支援実施を求めて軍事挑発を仕掛ける恐れもある。  そう考えると、元徴用工への賠償問題は、極東情勢の不安定感を高める無視できないリスク要因だ。安全保障の専門家の中には、韓国が賠償のために日本企業の資産を現金化すれば、日韓関係が断たれ、修復が難しくなると指摘する者がいる。米国が日韓の請求権問題がすでに解決済みとの立場をとっている背景にも、日韓関係が極東地域の安定に不可欠との考えがある。原告団が現金化を進めようとするのなら、文政権には相当の覚悟が求められる。  また、報道によると韓国司法関係者の中には、現金化を進めることによって韓国には大きな責任が発生すると危惧する者がいる。その背景には、最高裁判決には世論に配慮した側面があり、実際に資産の売却を行うことは別の問題との考えがあるようだ。2019年末に文喜相(ムン・ヒサン)国会議長(当時)が財団設立による問題解決を目指した背景にも、現金化が進められわが国が報復措置を発動する展開は何としても避けなければならないとの危機感があった。

● 日韓に求められる 解決策の模索  わが国にとっても日韓関係は重要だ。文化、観光、教育など、民間や個人レベルで日韓のつながりは強い。韓国からの留学生と話をすると、より多くの選択肢に恵まれたわが国での就業と生活を希望する人が多いことに気づく。わが国はそうした魅力をさらに磨き、対韓ソフトパワーを高める必要がある。  文政権は三権分立を盾に、最高裁の裁定に口出しできないとの立場だが、それにはやや違和感を持つ。少なくとも、韓国国内の政治主導で解決策を模索する選択肢はありそうだ。保守政党の議員の中には、廃案となった文前議長の解決法案を引き継ぎ事態悪化の回避を目指す者もいる。仮に財団設立が実現すれば、文政権がそこに資金を拠出し賠償問題を解決することも可能だろう。足元、北朝鮮の対韓強硬姿勢が幾分か後退したこともあり、韓国の政治界が自力で問題解決に取り組むゆとりはあるだろう。わが国は報復措置などを準備する一方で、日韓議連や経済レベルでの対話を進めるなどして、文政権が元徴用工への賠償に取り組む方策を提案していくべきだ。  ある意味では、文大統領の本気度が問われている。文大統領の政策運営を見ていると、しっかりした核=理念があまり感じられない。同氏の政策は、経済は中国、外交は北朝鮮、安全保障は米国を重視しているが、それは言ってみればご都合主義の政策運営に見えてしまう。ジョン・ボルトン前米大統領補佐官の回顧録の中でも、文政権はそうしたニュアンスで記されている。  文政権がわが国企業の資産現金化を容認することは、日韓請求権協定を反故(ほご)にすることに等しい。日韓請求権協定に基づき、わが国は韓国に対して無償3億ドル、有償2億ドルの経済支援を行った。それが韓国の工業化と輸出主導型の経済体制の整備を支えた。司法判断を尊重するとの立場のみを示し、国家間の協定を守る意思を示さない文大統領は、国際社会の中でさらなる孤立に陥るだろう。  理念なき文政権のリスクに対応するためにわが国は、知日派の政治家や韓国財界、さらには米・欧・アジア各国との関係を強化し、毅然とした行動をとることに関する賛同を取り付けることを忘れてはならない。  (法政大学大学院教授 真壁昭夫)

https://news.yahoo.co.jp/articles/7dd1a9efc26aa9a20610334c862627adeaf7a88a?page=3

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