Chinese President Xi Jinping (R) holds hands with the chairman of Japan’s Liberal Democratic Party’s General Council Toshihiro Nikai during the China-Japan friendship exchange meeting at the Great Hall of the People in Beijing, China, May 23, 2015. Nikai, a former Japanese economy minister, visited Beijing with a 3,000- Japanese tourism industry delegation to attend a dialogue conference with senior Chinese leaders. The Chinese characters on the background read “Beijing”. REUTERS/Kim Kyung-Hoon – GF10000105088

コロナ問題の最大の教訓は何か?   日本の対中認識の甘さではないだろうか。国民ばかりではない。政府・自民党も野党も、経済団体も知識人も含めたすべてにおいてである。  世界の主要国はお互いに協力して新型コロナウイルス感染を制圧しなければならないという意識を高めている一方で、対中警戒を強めている。中でも米国において然りである。  中国は新型コロナウイルスの発症源(発生源かどうかは未定)という禍があるにもかかわらず、世界に支援物資を送り、医療団を派遣して救世主のように振舞って福に転じている。  また、世界があまり大胆な行動ができない状況下にあることを見越したかのように南シナ海や東シナ海、香港を自国の統治下に入れるべく積極的な行動に転じている。  こうした中国の行動を文明論の視点からみる論文も散見され、中国様式が世界を席巻することに対する警戒感が高まっている。 ■ 河の水が井戸の水を犯した  先進諸国は、13億超の人口を擁する中国が普遍的価値観を共有し、開かれた市場になってほしいという願望が強かった。  しかし、それは願望でしかなかったことが民主化を求める学生らを戦車でひき殺す暴挙の天安門事件で明らかになった。  しかし中国と一衣帯水の日本は、天安門事件を疑問視しながらも改革開放を支援する先達となって動いた。  史上かつてなかった天皇訪中は欧米諸国の対中制裁緩和を促進させ、21世紀早々には世界貿易機関(WTO)への加盟も実現した。  価値観の共有に中国を脱皮させることに失敗した状況からは、世界は日本を先達どころか中国の市場に目がくらんだ走狗としか見ていないのではないだろうか。  コロナ禍で各国は空前の損失をこうむり、主要国からは中国に賠償請求する声も上がっている。

 そうした中で、習近平主席の「国賓来日」は中止ではなく延期とされていることから、コロナ問題が一段落した暁には「国賓」問題が再燃するに違いない。  しかし、新型コロナウイルス対処やその後の中国の振る舞いは、従前の中国とは全く様相を異にしている。  その顕著な例が香港対処であるが、日本が中国の国家主席を「国賓」として迎えるとなれば、天安門事件後の天皇訪中で中国免責を率先した同じ過ちを繰り返すことになる。  習近平氏の登場は中国の潜在意識を露わにした。  南シナ海に対する仲裁裁判所の判決を「紙屑」と称し、香港の「一国二制度」も放擲した。国際社会との約束などは平然と無視し、自国の欲望を強権で推し進める中国でしかないことを明確に示した。  天安門では戦車で人民の民主化志向を圧殺したが、香港では「香港国家安全維持法」という〝見えない戦車″で、圧力を加えている。  返還時に中国共産党は香港市民に「井戸の水(香港)と河の水(大陸)は互いを犯すことはない」となだめたというが、返還から23年経った2020年6月30日の法律施行で「(自由な)香港は死んだ」のだ。 ■ 一気に攻勢に出てきた中国  第2次世界大戦後の国際社会秩序、すなわち政治機構の国際連合と金融機構のブレトンウッズ体制(IMF と世界銀行)を創ったのはスターリンが米国に潜入させたソ連のスパイであったという驚くべき事実がある(渡辺惣樹著『第二次世界大戦 アメリカの敗北〈米国を操ったソビエトスパイ〉』。  この顰に倣う(ひそみにならう)ならば、ポスト冷戦の近未来の国際秩序(政治機構と金融体制)の確立を意図しているのは中国共産党であり、同国が世界に放っているスパイではあるまいか。  スパイというと聞こえが悪いが、職業的スパイに加え、シリコンバレーなどで活躍している重要なコア技術を持つ中国人や大学などに併設する孔子学院の関係者らも含まれる。  先進諸国を越すという中国の壮大な意思は、先進国で公然・非公然に活動する人物を呼び戻す「千人計画」や「万人計画」などに反映される。  こうした成果がファーウェイなどとして実り、ついに対米関係で重要なあらゆる分野で米国に抜きん出るという「中国製造2025」につながっていくのだ。

宇宙、戦略兵器、AI、スーパーコンピューターなどの戦略的に重要な分野で米国をしのぎ、他方で、地勢的に重要な地域を核心的利益として自国領にする。  南シナ海に始まり、香港、東シナ海、台湾、さらには中印係争地、極東・シベリアまでが習近平主席の頭の中にある。  世界(そして日本)がコロナ一色に染まっている中で、中国は国家戦略に基づく野望の達成に邁進している。  南シナ海では人工島の建設と軍事基地化がおおむね終了し、艦隊の演習ができるまでになった。  また、東シナ海では尖閣諸島への連続侵入日数を更新した。そして、今次の香港である。  しかし、日本は中国のこうした行動にほとんど関心を示していない。  耳を澄ませば、いまだに「医療崩壊を防げ」の声と、安倍政権の失態批判の声ばかりであるが、中国はもっとスケールの大きい覇権、すなわち国際連合やIMFなどに代わる人民元の支配する世界を創設しようとしている。 ■ 凹型文明の日本であるが  中国のビッグ・マウスと横暴だけが目立つようにも思えるが、日本以外の幾つかの国は中国に対抗する姿勢も取り始めた。  米国は覇権国家として中国の台頭を許したくないから当然阻止に躍起であるが、米国とともにファイブ・アイの英・加・豪やニュージーランド、あるいは東南アジアのベトナム、インドネシア、マレーシアも中国の横暴を許さないように動き出している。  そうした中において、日本は、自分の主張を抑え我慢しているように思える。  主要国は問題点をズバリ指摘して少しも遠慮することなく侃々諤々とやり合うが、凹型文明の日本はそうではない。相手を怒らせたり傷つけたりしてはいけないと忖度する。  また、財界からは経済的打撃も大きく当面の景気の落ち込みを何とかしたいので中国市場は手放せないとの声が上がり、日本の対中警戒は緩みがちになる。

 中国はコロナ以前から米国が仕かけた貿易戦争で打撃を受けていることもあり、突破口を日本に見出そうとしている。  その端的な表れが習近平主席の安倍晋三首相に対する態度の急変であるが、それが当面の困難打開の弥縫策でしかないことは、中国の歴史とここ数年の中国の姿勢が示している。  一昨年の日中首脳会談までの習近平主席は苦虫をかんだような顔しかしていなかったが、その後は一転して、「日中関係は正常に戻った」とことあるごとに言うようになった。  中国の自己都合からの政治的発言でしかない。  一昨年の会談を契機に安倍首相の対中姿勢も腰砕けの感がしてならない。拉致被害者奪還の支援を中国に期待しているとも聞くが、主席の言葉を当てにしてはならない。  靖国神社参拝は実現していないし、理由なく拘束された日本人の帰国も果たせていない。尖閣諸島には侵入頻度を高めており、すべてにおいて首脳会談以前の状況は解決されていない。  凹型文明の日本はとかく言葉を濁しがちで、田中角栄首相が尖閣は日本の領土と明言しなかったことが今日の状況をもたらしている。  防衛白書などで「日本の領土」と書くばかりでなく、首脳会談で明言することが決意を示すことにもなる。  国際社会は言論の戦いであり、嘘や脅迫も交えて強く言った方が残念ながら多くの国々を納得させることもしばしばである。  凹型文明圏の日本はそうしたレトリックを得意としない。  コロナでは世界の主要国が強権発動で都市のロックダウンを行ったが、日本は緊急事態法案を可決したが、結局発動することなく、要請にとどめた。

憲法が保障する自由や人権条項などが「強権」「強制」を躊躇させ「要請」にせざるを得なくしているようであるが、憲法以前の日本の体質、文化の背景が基底にあることも確かである。  しかし、今は国際情勢の激変期で、価値観の変革という文明の転換点にあるという認識に立つならば、日本は何に価値観を見出すか、そしてどう行動すべきかを真摯に考えなければならない。 ■ 習近平のほほえみ接近の深層  習近平主席の対日接近は対米苦慮の突破口としての「日本活用」で、対米勝利か関係改善の先には再び歴史戦や尖閣奪取などで日本をガンガン攻めてくることは間違いない。  対日接近は日本国内でスパイを泳がせて、対中警戒や土地買占めなどで規制がかからないようにする深謀遠慮の戦略だとみることもできる。  中国製造2025で、対米関係においても優位を獲得する手段として日本活用があるに違いない。  独裁国家中国の行動形態は、中国を否定的にみる動きがあれば、中国大使館などの指示でスパイが中心人物を徹底的にマークして妨害、脅迫をして方向転換させるように動くというのが典型のようである。  馬三家強制労働収容所の実態がノンフィクション映画として公開され、世界に衝撃を与えている。脱獄した人物のインタビューなどで構成されている。  当人は自由を求めて海外で亡命を求めていたが認定直前に死亡したことから、何者かの仕業とみられている。  法輪功学習者が中国を告発したことを受け、元国連総会カナダ代表で弁護士のデービッド・マタス氏と元カナダ下院議員でアジア太平洋州担当大臣も務めたデービッド・キルガー氏が実態調査に乗り出した。  経緯や中国政府の対応などは『中国臓器狩り』として纏められている。この中に、憲法などはほとんど守られていないとも書いている。  世界のどこにいても中国は中国人に限らず監視の目を光らせており、中国に好意を示せば積極的に受け止めるが、反対の意見などは国家ぐるみで現地の大使館やスパイなどを活用して妨害や脅迫などを執拗に行う状況が克明に描かれている。  中国政府は死刑囚からの臓器しか移植していないと公式発表しているが、詳細に分析すると、例えば2000~2005年間の死刑囚は1万8500人であるが、6万人の臓器移植が行われており、4万1500例は法輪功学習者の臓器を使ったという説明しかできないという。

マタス氏は世界のあちこちの大学や団体などの講演会などに参加し、また参加を希望するが、妨害されたとしている。次はそうした一例である。  ニューヨークのコロンビア大学で中国の臓器狩りについて講演すると、コロンビア大学中国学生学者会が会のウエブサイトで「中国の名誉を傷つける者は誰であろうと、たとえ地の果てにいようとも、必ず処刑されるだろう」との警告文を掲載したという。  翌年、氏がオーストラリアで開催されたフォーラムで講演すると、ネットを通じて参加した中国政府の警察関係者が質問する。  「あなたは死を恐れるか?  あなたの行為はわが党に対する紛れもない内政干渉だ。・・・われわれはあなたに復讐する。あなたはそれを恐れるか?」  このような中国に対し、日本はどう付き合うべきか。  中国とウィンウィンの関係を構築しようとしても、凹型文明の日本は押されるだけである。今のような中国に対しては米国やカナダ、豪州、マレーシアなどの凸型文化圏の国のように「押して出る」ことも考えるべきであろう。  そもそも、毛沢東戦術にあるように中国は敵が出てくれば引っ込み(「敵進我退」)、敵が引っ込めばどんどん押してくる(「敵退我進」)国である。 ■ おわりに:防護服30万着を中国に送った犯罪行為  『女帝 小池百合子』で著者の石井妙子氏は小池都知事のコロナ対応をめぐって、「オリンピックにこだわり、自分が再選を果たせるかだけを気にし、新型コロナウイルスを軽視した。東京都が備蓄する防護服約30万着を、自民党の二階幹事長の指示のもと、中国に寄付した。しかも、決裁の手順を無視し、記録を正確に残さぬ形で」と記している。  2月初めはダイアモンド・プリンセス号の接岸以降、日本はコロナウイルス問題一色になり、医療崩壊の危惧を叫び始めた時期である。  その最中にあって、いかに親中派の二階俊博氏に世話になったとはいえ、都議会にも諮らず、二階氏の要請を受けて防護服30万着を中国に寄付した行為を都民の一人として見逃すことはできない。  二階氏の要請に応じたのは都知事選における自民党の支援の約束をとりつけるためだったといわれているが、都民1200万人余を含めた全日本人の安全より先に自身の当選があったとなれば、日々「感染者数十~数百人」とマイクの前で騒ぎ立てている姿は単なる演劇にしか見えない。  この支援で息を吹き返した中国は、その後から尖閣諸島への連続侵入日数を更新し始め、「恩を仇で返す」ことを平然とやっている。  親中政治家の頭に「日本(人)がない」とすれば、即刻政治の舞台から退散してもらわなければならない。  政治家の甘すぎる考えが、中国を増長させているといっても過言ではない。  言論の自由も人権もない中国の国家主席を「国賓」として迎えるなどは、言語道断であり、「日本の終わり」でしかない。  今の中国の増長を抑えるためには、日本の主張をしっかりいうことに尽きる。  習近平主席が掲げる「人類運命共同体」は、自由も人権も認めない中国共産党が支配する独裁国家の敷衍版であろうから、その実現に協力するわけにはいかない。

森 清勇

https://news.yahoo.co.jp/articles/2a9f99496f1a6588791b1cdf64620b42c51a6cfc?page=1

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