「戦狼外交」、ますます強硬に

欧州各国の中国に対する姿勢が厳しさを増している。伝統的に人権問題を重視してきた欧州外交だが、特に香港国家安全維持法の適用や新疆ウイグル自治区に対する非人道的な政策などへの批判が拡大。巨大市場である中国との経済関係重視もあって、これまで比較的取り上げられることが少なかった南シナ海などへの海洋進出や台湾問題にも矛先が向けられている。 〔写真特集〕中国・習近平氏  米国との対立が激しくなる一方の習近平政権は、トランプ政権と距離を置くドイツをはじめとする欧州各国への外交攻勢をかけたものの、いずれの国でも厳しい姿勢を突き付けられ、見通しの甘さを露呈し、むしろ孤立感を強めた形だ。コロナ後の世界に向け、さらなる強硬・強権的な「戦狼(せんろう)外交」を展開する中国と、欧米をはじめとする民主主義陣営との対立が過熱する中、新たに発足した日本の菅政権の対中姿勢も問われている。(時事通信社解説委員、元パリ特派員、市川文隆)

外相ら欧州歴訪も香港、ウイグルに一斉非難

欧州側の中国人権問題に対する批判姿勢が鮮明になったのは、9月14日に行われたメルケル独首相(現欧州連合=EU=議長)、ミシェル大統領らEU執行部と習近平中国国家主席によるリモート会談だった。結果は、かねて協議されていた投資保護協定の締結については合意に至らず、一方、欧州側から「香港における人権侵害への懸念」が示され、「新疆ウイグル自治区への独立した監視団の派遣」を認めるよう要求があった。  そもそもEUと中国は当初この時期に旧東独ライプチヒで直接の首脳会議を計画、そこでは投資保護協定の締結で合意して欧州と中国の関係強化を打ち出す狙いだった。ところが、投資協定が事前交渉で進展せず人権問題などで欧州での対中世論が悪化したことから、コロナ禍も手伝ってオンライン会談にとどまった経緯がある。結果は、むしろ欧州対中国の緊張関係が浮き彫りにされた形だ。  これに先立ち、王毅外相と楊潔※(※竹カンムリに褫のツクリ)共産党政治局員が相次いで欧州各国を訪問したが、いずれの国でも中国の人権問題への強い批判を受けた。  この訪問で両氏は、ブリュッセルのEU本部を訪問しなかった。これは中国の2国間関係重視の志向に加え、昨年発足した欧州委員会のフォンデアライエン委員長やジョゼフ・ボレル外交安全保障上級代表(外相)ら執行部が中国により厳しい姿勢を見せているためと受け止められている。

「収容所」に独立調査団を

米ディズニーの最新映画「ムーラン」が話題を呼んでいる。エンドロールに撮影が行われた新疆自治政府の治安機関に対する謝意が明記されており、これが欧米で反発を呼び、民主運動・人権関係者がボイコットを呼び掛けているのだ。もともとコロナ禍で延期されてきた日本でも劇場での公開は、こうした世論を背景に見送られ続けている。  欧州では、新疆ウイグル自治区に関し中国政府の抑圧的な政策を示した内部文書が流出したり、さらに「収容所」の内部を移したビデオやウイグル人の証言などが報道されたりした。そこでは複数の収容施設の存在、大量のウイグル人の抑留、強制労働・不妊手術の証言、文化遺産を含む宗教施設の破壊など生々しい実態が盛り込まれており、欧州各国で中国の人権政策への反発が強まっている。  王毅外相のドイツ訪問の際、ハイコ・マース外相は新疆ウイグル自治区への調査団派遣受け入れや香港の立法院選挙の実施を要求した。会場の独外務省の前には、香港の民主活動家で英国滞在中の羅冠聡(ネイサン・ロー)氏を含む数百人が中国に対する抗議活動を行った。フランスでもマクロン大統領がウイグルへの独立した国連調査団の派遣を求めている。  新疆ウイグル自治区については2013年10月の天安門広場自動車突入事件を契機に、中国政府による「ウイグル=テロの温床」という図式が世界に浸透した。かつては米中などが外交的に「テロとの戦い」で協調をうたう場面でも、ウイグルが標的の一つと示唆された。ところが、近年国連報告や報道などによりウイグル人に対する人権侵害が明確になるにつれ、こうした図式は色あせ、むしろウイグルは「習近平政権による少数民族抑圧の象徴」ととらえられている。  特に人権を主要な価値一つとしているEUの加盟国は敏感に反応している。

「大陸国」ドイツがインド太平洋関与へ

中国の習近平国家主席とのビデオ会談後、記者団に話をするメルケル独首相=2020年9月10日、ベルリン

 欧州各国の批判は人権問題だけにとどまらない。王毅外相の訪問直後の9月2日、ドイツはインド太平洋地域に関する積極関与政策を閣議決定した。この政策は、同地域での国際協調主義や気候温暖化問題、ルールに基づく自由貿易、デジタル交易などに加え、特に安全保障政策面での関係国との協力を強調している。地政学的にも歴史的にも「大陸国」として位置付けられるドイツがインド太平洋という海洋地域への関心を示すのは画期的といえる。  欧州では、インド太平洋地域に多くの領土を持つフランスが2018年に「インド太平洋防衛戦略」を発表、EU離脱後のイギリスもこの地域への海軍艦艇の展開に言及するなど強い関心を示している。  「自由で開かれたインド太平洋」構想は、実質的に中国の「一帯一路」構想への対抗策。現在、「クアッド」と呼ばれる日米印豪による4カ国連携を中心に進められており、具体的な海軍力の展開能力を有する英独仏などが参加すればより自由主義諸国の連携という色彩が強くなる。  欧州で、最初に「一帯一路」構想の推進に関する覚書を中国と交わしたイタリアだが、今回の王毅外相の訪問には中国側が求めたコンテ首相との面会は実現せず、ディマイオ外相が対応。同外相は、新型コロナウイルス問題に加え香港問題を取り上げたという。  一方、ギリシャとスペインには楊潔※政治局員が訪問した。  現在、欧州ではトルコのエーゲ海での一方的な資源開発にギリシャやフランスが反発、北大西洋条約機構(NATO)の加盟国であるトルコ・フランス間で緊張が高まっている。ギリシャは楊氏との会談でもこの問題を指摘したとされ、欧州メディアでは、南シナ海での中国の軍事拠点化をトルコの資源開発になぞられて批判する報道もある。

欧州議会議員らが「台湾と対話促進を」

ちょうど中国の外交2トップが欧州各国を歴訪しているほぼ同じ時期に、チェコのビストルチル上院議長率いる代表団約90人が台湾を訪問した。チェコの歴史上最高レベルの訪問に対し、ドイツ訪問中の王毅外相は「大きな代償を支払わせる」などと反発した。  これに対し、ドイツ議会の外交委員長が直ちに、「民主主義への侮辱だ」と抗議する場面があり、フランス外務省もチェコへの支持を表明するなど欧州全体の世論に変化の兆しが見える。  こうした中、欧州議会議員や元外交官、独仏などの知識人は9月中旬、欧州各紙に台湾支持を求める意見を発表。中国の海洋進出などを挙げ、「欧州連合が一つの中国の原則を続ければ、中国の台湾統一のリスクが増し、自由社会の価値を放棄することになる」と強調し、台湾との対話促進や万が一の武力侵攻が起きた場合の経済関係断絶を通告するよう求めた。  欧州問題に詳しい慶應義塾大学の鶴岡路人准教授は、議長訪台はチェコの内政問題が絡んでいるとしつつ、「チェコ議長の訪台により、これまでになく台湾への関心が高まっている。ただ、この動きが欧州内に広がるとは思わない」との見方を示す。

「香港民主派にノーベル賞贈るな」

王毅外相は、EU非加盟国であるノルウェーにも足を伸ばしたが、その目的は今秋のノーベル平和賞を香港の民主活動家に与えられれば「中国に対する内政干渉に当たる」として授与しないよう求めるためだ。この要求に対しノルウェーは、「政府はノーベル賞委員会に影響を与えていない」と反論した。  この王毅外相の対応について、鶴岡准教授は、「王毅さんの立場で言うべきことは言っておくということだろうが、中国側の『オウンゴール』だ」と指摘する。  中国は2010年のノーベル平和賞が中国の反体制派作家、劉暁波氏(故人)に贈られたことに激しく反発。劉氏は軟禁状態に置かれ、オスロで行われた授与式にも出席できなかったが、同氏欠席のまま行われた式典はむしろ国際社会に中国の人権弾圧を訴える形となった。中国はこれに反発してノルウェーに対する経済制裁を行ったが、今回の王毅外相はさらなる制裁をちらつかせたといえる。

菅外交、習国賓訪日対応に苦慮も

菅義偉首相は当面、コロナによる制限もあって内政課題を最優先とする意向だが、習近平主席の国賓来日問題はいずれ菅外交に重要な選択を迫る可能性がある。9月25日に行われた日中首脳電話会談では習主席来日問題は取り上げられなかったというが、「首脳間を含むハイレベルで2国間および地域、国際社会の諸課題について緊密に連携」することで一致しており、主席来日による会談を排除していない。  例えば今後の王毅外相の来日などにより、日中外相会談や菅首相との会談で議題となることが予想される。具体的な訪日時期は、当初習来日が想定された「桜の咲くころ」の1年後、つまり早ければ来春がめどとなる可能性もある。  特に、覇権争いが続く米国、コロナを機に対立が深まる豪州、国境地帯で小規模紛争が起きたインドなど主要国が中国との懸案を抱えている。加えて欧州各国が対中批判トーンを強める中で、日本が国賓訪日という難題にどう対処するのか。安倍晋三氏が首相時代に主席を招請した時はもちろん、今春に来日延期を決めた時に比べても世界の中国への視線は厳しさを増している。政府内に親中と反中の両勢力を抱えた菅首相の重要な外交選択となりそうだ。

https://news.yahoo.co.jp/articles/1ad480d6a5f0883470d7ec46591500576e9350b6?page=4

時事通信


PDF