景気の悪化が目立つ中で、負担が重くなってきている携帯電話料金の引き下げに焦点が当たるのも無理はない。「携帯は4割安くなる」と発言した菅義偉氏が首相になったのだから、そうした期待が出てくるのも当然だ。 【比較】KDDIの新プラン、他のプランとの違い  昨年、菅氏の官房長官時代の「4割値下げ」発言から、各社が料金プランを改定したことは記憶に新しい。「大して安くない」との声も上がったが、携帯電話事業者の決算を見る限り、消費者の実感以上に支払額は減っていたようだ。  もっとも収益が減ったといっても、携帯電話事業専業のNTTドコモの営業利益率はおよそ20%もある。決して低収益の事業ではない。  その後、菅氏が首相となり、官邸主導による値下げの圧力が増す中、KDDIとソフトバンクが10月28日、低価格の大容量通信プランを発表した。それぞれサブブランドのUQモバイル、Y!mobile(ワイモバイル)の商品ではあるが、20GBの通信プラン、定額の通話プランを含んで4500円前後という価格設定だ。  4割という数字はともかく、菅首相の“個人的な思い”だったケータイ料金値下げは一定の範囲で実現したことになる。

市場原理による淘汰には任せられない?

 携帯電話料金は、単純な通信料だけで構成されているわけではない。サポートなり、付加機能・サービスなり、あるいは端末買い替えのサポートや各種お得サービスパックなどさまざまな要素がある。  KDDIとソフトバンクが、多様なパラメータを調整してこの価格を実現したのであれば、決して後ろ向きなことではない。サブブランドを持たないNTTドコモは、ドコモブランドのままでは対応できないだろうが、例えば、NTT本体による買収後なら「OCNモバイル ONE」ブランドでの展開も可能だろう。  しかし、ここでは直近の料金妥当論から外れて、政治による携帯電話料金への介入の是非について話を進めたい。  繰り返しになるが、携帯電話料金は通信サービスを提供するための原価に対し、どのようなサービスを付加し、適切な利益を乗せて販売するかで決まるものだ。利益の適正化は競合する事業者がいるのだから、市場原理の中で解決されるものであり、本来、政治が介入する余地はない。  通信料金の原価については、その算出基準について繰り返し検討され、決められてきた経緯がある。いわゆる「格安SIM」を提供するMVNO(仮想移動体通信事業者)が存在しているのも、そうした原価に関する評価基準が定められ、基準となる原価に適正利益を乗せて、携帯電話事業者がMVNOに回線を卸しているからだ。  本来、競争環境を整えて価格の適正化が進むべきであることは議論の余地がない。その流れを強制的に変えるというのだから、どのような副作用を起こすのかは慎重に検討されるべきだ。

ケータイ料金引き下げは、格安SIM市場の崩壊をもたらさないか

 菅首相が官房長官時代に、個人的な思いから料金が安くなると発言したのは、総務省が海外の携帯電話料金との比較レポートを出した時の“可能性としての数字”が頭にあったからだ。  日本の携帯電話回線の品質は極めて高い。その回線品質、あるいはサポートを含めたサービスの質などを考慮したものではなく、深い思慮の上に発言したものではなかったというのが筆者の認識だ。  ところが消費者の目線からみた携帯電話料金への潜在的な不満、高収益を挙げる携帯電話事業者への不信などは根強く、菅官房長官(当時)の発言は大きく注目を浴びることとなった。  原因はともかく、世の中の空気感に圧される形で、携帯電話事業者各社は具体的な指示も受けていないのに、忖度(そんたく)の塊で値下げプランを発表した。  計画になかった値下げをするのだから、当然ながら事業者としての収益性は下がる。菅首相が期待するレベルの大幅値下げに近づくほど収益は悪化する。  ソフトバンクの場合、携帯電話事業はグループ全体の一部の事業にすぎないが、これが通信専業となれば反応の強さもより敏感だろう。  しかし、筆者が懸念しているのは大手事業者の業績ではない。最も大きな懸念は携帯電話網を使った通信サービスに“幅”をもたらしてきたMVNOという業態への影響だ。  UQモバイルとYahoo!モバイルの料金が安価なのは、ビジネスモデルの見直しを図ったからに他ならない。その煽りを受けるのがどこかといえば、大手キャリアから回線を借り受けてサービスを提供するMVNOに他ならない。

どこをどう弄っても原価は変わらない

 携帯電話会社はもうけすぎ(筆者はそうは思わないが)という話もあるが、議論をする前に、どんなものにも原価があることは考えておかねばならない。  原価に対してどう付加価値を載せてビジネスを行うかは、それぞれの事業者が考える課題だが、ものすごくザックリといえば、付加価値を重視したメニューを用意する事業者もあれば、シンプルに原価に近い事業者もある。後者のスタイルは、格安SIMともいわれるデータ通信専用SIMなどに見られることが多い。  とはいえ、格安SIMの原価は変わらない。定められた手法で計算された原価に基づき、仕入れた通信帯域を再販売する際に、なるべくコストが安くなるようにしているからこそ実現したのが、格安SIMなのだから。  同様に限界以下に下げられたサービスならば、消費者が「通信速度が遅く使い物にならない!」と嘆くことになるのも当たり前だ。原価が同じ(あるいは同レベル)ならば、安くするには帯域を多くのユーザーで分かち合う必要がある。  このことはMVNOではなく、実際に回線を持っている携帯電話事業者も同じだ。携帯電話事業者が有利なのは、MVNOが調達する原価計算に用いる数字が“少し前”のものであること。通信の原価は落ちていくものなので、携帯電話事業者は本質的に有利なビジネスを進められる。  が、そこで価格を下げないのは、付加価値の高いサービスを志向することで、ただのドカン屋以上の存在になるために他ならない。ドカンを更新するための投資リスクを、携帯電話事業者は負っているので、それ自身は批判対象とはいえない。  ここで言いたいのは、携帯電話事業者は本質的にドカンをより高く売るために付加価値の高いビジネスを志向していることだ。  そんな携帯電話事業者に対して、通信料金の引き下げの圧力が強まれば、どうしてもよりシンプルなサービスへと向かわざるを得ない。ソフトバンクのY!mobile、KDDIのUQモバイルのように、サブブランドの存在が重要になってくると言い換えてもいい。  何しろ原価は変わらないのだから、原価以外のところでどう勝負するかという話になるのは間違いなく、そうするとメインブランド以外で、メインブランドとは異なる商品設計とすることで価格を下げることになる。  しかし、この考え方には既視感がある。  そもそも、MVNOの始まりそのものが、携帯電話事業者ではできない枠組みで商品を組み立て、ユーザーに選択肢をもたらすことだった。しかし、携帯電話事業者がサブブランドで同じようなことをするとなれば、(より複雑な企業向けソリューションはともかくとして)消費者向けサービスで差別化を行うことは難しくなる。  つまり、菅首相による携帯電話料金の引き下げ圧力から始まった大容量プランの低価格化は、結果的にMVNOの経営を圧迫し、格安SIMといわれていたサービスの選択肢を狭める結果をもたらすだろう。

NTTによるドコモ買収は、ドコモ落日の始まり?

 仮にMVNOの事業を携帯電話事業者が実際に圧迫し始め、サブブランドを選ぶ消費者が増えたならば、携帯電話事業者は“ウハウハ”になるのだろうか。いや、きっとそうはならない。  サブブランドの充実で契約回線数を増やそうとすれば、結局はメインブランドの契約回線数が減る。現在、ドコモはサブブランドを持っていないが、もしauやソフトバンクと同様にサブブランドを持つようになれば、競争原理が働いて価格優先の競争が進む。  消費者にとっては良いことのように思えるが、ドコモの視点でいえば個性を失っていく方向になるだろう。NTTは9月末、ドコモを完全子会社化すると発表した。そもそもドコモはNTTグループ内で、社内ベンチャー的要素が強く自由な気質があるが、NTTがドコモを吸収合併させたあとにも、ドコモのカルチャーは残るのだろうか。  ドコモの元となった移動体通信部門はNTT全体の中では亜流で、どちらかといえば社内ベンチャー的な立ち位置だった。何しろドコモが分社化されたのは1993年のことだ。当時の主な事業はポケベルである。無線での呼び出しが最初にあり、そこから発展して携帯電話へと向かうが、それまでにはまだまだ時間が必要だった。  まだ未来を強く意識する段階にはなく、無線でこんなことができたら楽しいに違いないと考えて仕事をする人たちの集まりだった。だからこそ、旧態依然としたNTTの中にあってドコモは自由な気質だったのだ。  90年代、アマチュア無線でパケット通信を行う取り組みを、一部の無線ユーザーが集まって行っていたことがあった。PRUG(Packet Radio User Group)というユーザーグループは、パソコン通信的なことをアマチュア無線で行ったり、自分のクルマに大量のセンサーを取り付け、そのデータをパソコンで集計しながらアマチュア無線で流す、なんて遊びをしていた。  このグループの支援していたのが実はドコモだった。  筆者は直接関わっていないため伝聞だが、ドコモは携帯電話網を用いたパケット通信の可能性を探るため、アマチュア無線でパケット通信を行っているテクノロジー好きのグループを支援することで、無線通信の応用に関して学ぼうとしていたようだ。  おそらくNTT本体ならば、そんなアマチュアの同好会を支援することはなかっただろう。しかし当時のドコモは「承認を得るまでのハンコがNTTの半分以下」といわれ、NTTの強力な技術バックボーンを持ちながらも組織としては身軽な会社だった。  その後、iモードが生まれるまでのストーリーとは必ずしも交わる話ではないが、ドコモが新たな事業を創成、成長してきた背景には「NTTではなかったこと」が少なからずある。  そして組織とは生き物でもある。  経営者が声をかけたからといって、研究開発、商品・サービス企画、パートナー協業など、さまざまなプロセスで業務を進める人間たちが、きちんとパフォーマンスを発揮できるかといえば、そこには疑問符がつく。

シェア4割? それは成績表のようなもの

 ところで、NTTの澤田純社長はドコモ買収を表明した記者会見で、ドコモについて「設立時は100(%)だった携帯電話のシェアが、今は40(%)になった」と話していた。  いやいや、この4割という数字を少し軽んじてはいないだろうか。  分社以降、28年を経た現在、ドコモの持つインフラはドコモ自身が開拓したもので、決して電電公社の遺産ではない。ドコモの肩を持つつもりは毛頭ないが、携帯電話市場にはKDDI、ソフトバンクに加え、楽天も参入。ドコモ以外はサブブランドを作り、格安SIMといわれる低廉さを訴求するMVNOが並んでいる。ナンバーポータビリティーの導入で、転出が進んだ上での結果なのだから、実力値としてナンバーワンシェアを誇っているといっていい。  ドコモは値下げの結果、収益性を落として減収にはなっている。しかし、それでも営業利益率は2割近い。NTTグループ全体の利益貢献の割合は50%を超えており、グループの中で優等生、言い換えれば金のなる木でもある。  その金のなる木をもっと積極的に使って商売したいというのが、NTT本体の考えなのだろう。NTTグループが抱える法人向け営業、法人向けサービスやソリューション部隊をドコモと合流させることで、料金値下げの影響による収益性低下と5G投資負担増加の中で収益の幅を広げるのが表向きの大きな理由となる。  中期的にグループ全体の事業利益が高まるならば、それでいいという考えが間違っているとはいわない。しかし、その結果、金のなる木が老木になることを加速させる可能性もある。  ドコモの新社長には、12月1日付でNTT出身の井伊基之氏(現ドコモ副社長)が就く。記者会見で、井伊氏は「コスト削減と競争力強化を命じられている」と話した。今後、コストカットや大きな人事異動の嵐が吹き荒れれば、一時的な収益の向上はあったとしても組織としての力は衰える。  あくまでも“たられば”の話だが、吸収されたあとのドコモに白けた空気が漂うようであれば、サブブランドなしで4割“もの”シェアを維持しているドコモの魅力を削ぐことになろう。  これはドコモで働く人間にとっては、あまりハッピーとはいえない日々が始まることを意味する。そしてドコモがサブブランドを発表し、格安プランを提供し始めたなら、ドコモとはどういう組織になるのだろう。単なる電波を使ったドカン屋になるのなら、そこからNTTのさらなる凋落(ちょうらく)が始まるだろう。

https://news.yahoo.co.jp/articles/5022d5e4b5337570b9217f31140dc6ace2d808a3?page=4

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