アメリカではついに新型コロナウイルスのワクチン接種が始まろうとしている。非常に喜ばしいニュースではあるものの、かつてない速度で開発されたワクチンが世界中に行き渡るだけの生産体制をそう簡単に築けるのだろうか。 1社のみならず2社のワクチンが、初期の結果で90%以上の有効性が確認されたというニュースは、新型コロナウイルスのパンデミックに終止符が打たれる日もそう遠くないという希望を私たちに抱かせる。 しかし、ワクチンが政府に認可されても、年末までには、ごく一部のアメリカ国民しかワクチンを入手することはできないだろう。ファイザーとモデルナは、来年1月までに2社合わせて4500万回分、つまり2250万人(新型コロナのワクチンは2回接種が必要)のアメリカ人が接種するのに充分な量のワクチンを用意できると見積もっている。 産業アナリストや製薬会社の幹部たちは、来春までに数億回分のワクチンが生産できると楽観的に見ている。しかし製薬会社は、ワクチン開発初期に直面した難題の数々を克服しなければならないだろう。 モデルナとファイザーのワクチンは、民間で広く使用する目的では認可されたことのない新技術を用いている。それが、初めて数百万単位の大量生産を行なうことになったのだ。 さらには、傷みやすい原材料の保管庫を迅速に確保することや、常に高品質のワクチンを製造する技術を修得しなければならない、といった問題がある。 「ワクチンの製造というのは、きわめて予測不能なのです。この問題を解決するまでに、数ヵ月にわたる無数の試行錯誤がありました」と、アメリカ保健福祉省次官のポール・マンゴは言う。 ワクチン開発を加速するために政府が考案した「ワープスピード作戦」は、今年中に3億回分もの生産を目標としていたが、程遠い結果に終わってしまった。この失敗から、生産過程がいかに難しく予想しがたいものであるかが見えてくる。 「年末までに3億回分を生産するという目標は、これまでで最も大きな試練でした」とマンゴは言う。夏の時点でファイザーは年末までに1億回分を製造できると見込んでいたが、今ではその目標の半分しか製造できないことを認めている。 ワクチン開発のスピードでは新記録を打ち立てたものの、現実的なワクチン生産の所要時間はこの業界に詳しい人々にとっては驚くものではなかった。 「開発者たちはいつも同じ4語の言葉を口にしていました。『完璧な世界で(in a perfect world)』とね」と、感染症に特化した企業への投資・調査を行なっているWBBセキュリティーズ社長のスティーヴ・ブロザックは言う。 「そんな世界は存在しません。その代わり、私たちはコロナの世界にいるのです」

「試験用の生産」と「大量生産」とは難易度が違う

「ワープスピード作戦」の主な目標の一つが、大手製薬会社と協力して、臨床試験が完了する前にワクチンを製造することだった。そうすれば、ワクチンの有効性が確認されしだい、数百万回分の接種がすぐに実施できるからだ。これほど大規模なワクチン戦略は未だかつてない。 ところが、臨床試験のために数千回分を生産するのと、数百万回分にものぼる大量生産を1ヵ月で行なうのとでは難易度がまったく違うことがわかった(前者がはるかに容易だ)。ワクチン製造には複雑な要素が絡み合っている。無菌状態と、温度や湿度の正確なコントロールが必要とされるのだ。 同時に、世界規模でのワクチン争奪戦により、ステンレススチールのタンクから、ワクチンを詰めるオーダーメイドのビニール袋まで、あらゆる製品の供給に支障が出ている。 また、ファイザーとモデルナは、伝令RNAとして知られる遺伝物質を含むテクノロジーを利用している。しかし、この技術を用いたワクチンが商業的に大量生産されたことは過去に一度もない。 「バイオ医薬品の生産には、もちろん理論が重要ですが、いくつかの点では、実践も不可欠な要素なのです」 ワシントンに拠点を置くNPO、グローバル開発センターで医療品のサプライチェーンを研究するプラシャーント・ヤーダヴはそう語る。 これまでワクチン市場に参入したことのない小さな製薬会社モデルナは、ワクチン生産の見積もりについて慎重な見方を示してきた。夏の時点では、免疫を完全なものにするべく1人につき2回の接種を前提に、年末までに数千万回分のワクチンを生産できるだろうと見積もっていた。 モデルナは1億回分を開発・生産できるよう政府から20億ドルの援助を受けており、1月より前に、2000万回分を供給できることを発表している。 競合他社と異なり、ファイザーは生産増加のための政府資金を受けなかった代わりに、政府に19億5000万ドルで1億回分のワクチンを売ることに合意している。また、世界各国の中でも特にイギリス、カナダ、日本とも同様の事前売買契約を交わしている。 ファイザーのアルバート・ブーラCEOは、年末までに5000万回分まで生産が可能であり、その半数が海外に輸出されることを明らかにした。ワクチンは2回の接種が必要なため、当分のあいだは、アメリカ国民のうち1250万人しか接種できないと見られている。 ファイザーの広報担当エイミー・ローズは、新たな装置をオーダーしたり、ワクチンの原材料を入手したりしなければならなかったこともあり、当初の目標を下回ってしまったことを認めた。 加えて、この秋、ファイザーが臨床試験の対象を3万人から4万4000人に増やした際には、その増加分のワクチン生産が必要になったため、商業生産の拡大に集中することができなかったという。 ローズによると、それ以降、ファイザーはアメリカとヨーロッパにおける生産ラインを改善しており、来年末までに13億回分のワクチンを供給できると確信しているそうだ。 ファイザーやモデルナよりも容易に大量生産できる可能性のあるワクチンを開発している会社も数社あるが、安全上の理由で臨床試験は中止されている。 アストラゼネカは、1月までに数億回分を供給するのに充分なワクチンを生産したことを発表したが、6週間にわたる臨床試験の中止は、今年中のワクチン使用に向けて政府の認可を得るまでに、ワクチンの有効性に関するデータの採集が間に合わないことを意味している。 最近、アストラゼネカCEOのパスカル・ソリオは投資者に対し、2回の接種を必須とするワクチンが認可される時期をより明確に把握できれば、すぐにもワクチンを容器に注ぎ使用することになるだろうと語った。「ワクチンを容器に注いだ瞬間から、賞味期限は刻々と過ぎていくのです」と彼は言う。 ワクチン製造会社ノババックスは、初期実験で優れた成果を上げ、来年には20億回以上ものワクチンを世界中に供給できると発表したが、臨床試験に必要な数万回分ものワクチンを生産するという問題に直面したこともあり、大規模な臨床試験を少なくとも1カ月にわたって延期せねばならなかった。ノババックスは、2回の接種が必須のワクチンを開発・生産するため、政府から16億ドルの援助を受けている。 ある声明の中で、ノババックスの広報担当は次のように語った。「様々な問題によって、臨床試験は理想的なプランから遅れをとってしまっています。ワクチン開発は、途方もなく複雑なプロジェクトなのです」彼女は、ノババックスが世界中で生産を拡大していることも明らかにした。 ジョンソン&ジョンソンは、競合他社よりも遅い9月から臨床試験を開始したが、1回の接種で効果のあるワクチンを3月までに1億回分、来年末までに10億回分も生産できる見込みであると発表している。企業幹部たちによると、試験結果が判明するのは来年初旬を待たねばならない。

ワクチン争奪戦で容器なども供給不足に

それでもなお、経験豊富な生産者たちでさえ、障壁にぶつかることもある。サプライチェーンの専門家ヤーダヴは、2004年にインフルエンザワクチンが不足した時のことを指摘する。 大手製薬会社の発表によると、5000万回分、つまりアメリカ国内の供給の半分を占めるインフルエンザワクチンが汚染されていたのだ。「これは、私たちが常に念頭に置いておくべきリスクです」と、ヤーダヴは言う。 パンデミックが工場の稼働や輸送手段にもたらした混乱と同様に、世界的なワクチン争奪戦は、ガラス製の容器から注射器まで、あらゆる医療品の遅延や不足を引き起こし、サプライチェーンに深刻な打撃を与えている。 低所得国から中所得国に向けたワクチンの開発を支える感染症流行対策イノベーション連合(CEPI)の諮問委員を務めるジェイムズ・ロビンソンは、ワクチンの製造過程に必要なオーダーメイドのビニール袋の不足によって、生産の遅延が生じていると述べる。 このビニール袋はバイオリアクターを洗浄・滅菌する時間を短縮してくれるものだが、製造は容易ではない。これ自体に複雑なサプライチェーンが必要となる。専門家たちによると、このビニール袋の調達には現時点で数週間の遅延が生じている。 10月、アメリカ政府は、ビニール袋、装置、原材料といったワクチン供給に必要な製品の拡充のため、製薬会社サイティバに3100万ドルの援助を与えた。これは、政府が他のサプライチェーン企業に総額10億ドル以上もの援助をしてきたなかでも最高額だ。 ワクチン生産の現実がより明確に把握できるにつれ、「ワープスピード作戦」の首席顧問モンセフ・スラウイをはじめとする政府の医療系研究者たちは、ワクチン開発の速度に関する夏の時点での予測を控えめな速度へと訂正した。 しかし、ドナルド・トランプ大統領とその周辺は考えを改めようとしなかった。トランプ大統領は10月、ワクチンはわずか数週間で完成する見込みであり、すぐにも広く民間に供給できるだろうと約束してみせた。 大統領首席補佐官のマーク・メドウズは9月、1億回分ものワクチンが10月までに入手可能だろうと述べた。時を同じくしてトランプは、より現実的な計画を提案した保健当局トップの官僚たちを解雇している。 より長きにわたって実証されてきたテクノロジーを用いる、とりわけノババックス社製のような追加分のワクチンが認可されれば、工場では数千万単位での大量生産を開始することができる。 アメリカ保健福祉省のマンゴによると、現在「ワープスピード作戦」の見積もりでは、今後数ヵ月のうちに数種類のワクチンが食品医薬品局によって認可されれば、アメリカでは3月末までに「数億回分」ものワクチンが供給可能となり、さらに数ヵ月後には、接種を希望するすべてのアメリカ人に行き渡る量が確保できるようになるという。 「ワクチン開発史上、これほど大規模かつ短期間で開発されたワクチンは未だかつてなかったという事実を忘れてはなりません」と、マンゴは忠告する。 メルクやサノフィ、ノババックスを含む複数の企業において生産部門の幹部を務めてきたロビンソンもまた、当初は年末までに3億回分のワクチンが用意できると予想していたことを明かした。その目標の達成には及ばずとも、開発の速度はめざましい。ロビンソンは言う。 「厳しい試練に手を伸ばさなければ、最善の結果を得ることはできないのです」

https://news.yahoo.co.jp/articles/9c83cc988cff5c08aed1001d14be8148c9235ad2?page=3

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