タイで反政府デモが激化して昨年10月にバンコクに戻るまで、タイ国王は年の大半をドイツで過ごしていたことで知られる。そんなタイ国王のドイツ滞在はドイツ政府にとっても悩みの種となっていた。 【画像】やりたい放題のタイ国王

タイのデモ隊はドイツ政府に対して協力を求めるが、外交特権で守られるタイ国王に対してドイツ政府が手を出すのは容易ではない。2021年、タイ国王はドイツに戻ってくるのだろうか。

手を出せないドイツ政府

2020年、タイの首都バンコクでは何万人もの人々が数ヵ月にわたる反政府運動を展開した。デモ隊は王室改革も求めるが、標的となっているワチラロンコン王は、昨年10月にタイに帰国するまでの年のほとんどの期間、南ドイツのアルプスで贅沢三昧の日々を過ごしていた。 タイのデモ隊は、このような国王の振る舞いに、ドイツ政府にも対応を取ってほしいと、在バンコクのドイツ大使館にも再三訴えてきた。 独メディア「ドイチェ・ヴェレ」によると、ドイツのハイコ・マース外相は昨年10月に、国王がタイの政治・統治に関わる行為をドイツから行うことはできないと明言している。休暇で他国に滞在する間に外交官が政治行為を行うのは国際法に触れるのだ。 元々タイ国王は、ドイツには一般の長期滞在ビザの発行を受けて滞在していた。タイ政府も、国王のドイツ滞在は「私的な滞在」と回答している。マースも、タイ国王がドイツ国内から政治行為を行っているという証拠はいまだつかめていないと述べる。 さらに、ドイツ連邦議会の調査機関は、ドイツに滞在するタイ国王に関してドイツ政府が取れる対応がないか調査を行なった。その結果、国家元首であるワチラロンコン王に対しては、休暇による滞在中も外交特権が適応され、ドイツ政府が訴追することはできないということが明らかになった。 できることはただ一つ、国際条約に基づいて相応しくない外交官を退去させることだ。しかし、国家元首の入国拒否は、タイとの関係を著しく損ないかねないため、あくまで最後の手段でしかない。 現在国王が保持しているビザは2021年の5月に失効する。ドイツ野党は、軍事政権と結託して民主化運動を暴力的に弾圧しているような人物には、たとえ国王といえどもビザを与えるべきではないと訴える。 しかし、ワチラロンコン王は、ドイツの国内法上はビザが切れても、国家元首としてビザなしでドイツに入国できる立場にあるのだ。 このような状況下で、ドイツ外務省ができることといえば、ワチラロンコン王はドイツ滞在中にドイツ国内法や国際法、人権に反するような行為をとってはならないと、タイ政府に注意を促すぐらいしかない。

国王のドイツ国内での不穏な動き

独誌「シュピーゲル」によると、ドイツ国内でタイ民主化運動を行う活動家を弾圧しようとするタイ国王側の動きが確認されている。 「Act4Dem」という団体を立ち上げて活動してきたタイ人女性活動家のジュンヤ・インプラサートは、昨年9月にタイ国王の滞在する南ドイツのホテルの前で反政府デモを行って以来、不穏な動きを感じているという。 抗議活動を行なっていた際、ホテルから黒づくめの男たちが出てきて、インプラサートたちの車の写真を撮っていった。その後インプラサートは黒いミニバンに後をつけられた。国王はやろうと思えば彼女をドイツ国内で拉致することも可能だとも述べる。 仮にタイ国王がドイツ国内で違法行為を犯したとしても、国家元首は外交特権で守られているため、ドイツ国内では罰することも監視下におくこともできない。このようなタイ国王の行為については、ドイツの連邦議会において野党議員が政府側に状況を把握しているのかという質問も投げかけている。 インプラサートは、国王はタイにあるもの全てが自分のものだと勘違いしているのだろうという。

タイ国王の生い立ちと自己認識

1952年に生まれたワチラロンコン王は、将来の国王として崇められて育った。 13歳でイギリス留学に送り出され、寄宿学校に通った。スコットランドのジャーナリストで、タイ王室に詳しいアンドリュー・マクレガー・マーシャルによると、「神の子」として育てられていたワチラロンコン王子は、自分で靴ひもを結ぶことすらできなかったという。 当時のクラスメイトの語るところでは、「のろまで不器用な」王子には、30秒ごとに顔の片側がピクピク動くチック症が出ていて、誰も友達になりたがらなかった。クラスメイトにはいじめられていたという。 何年経っても英語をうまく話せるようにならなかったが、学校での軍隊訓練には非常に熱中していた。その後、軍隊訓練においてはリーダー的存在になり、代わりにクラスメイトをいじめるようになった。双極的な傾向を示し、次から次に異なる態度を示していたという。 1970年にはオーストラリアの軍隊学校に送られた。キャンベラのロイヤル・ミリタリーカレッジ・ダントルーンを卒業してパイロットとなった王子は、タイ軍中尉としての地位を得た。そして1972年には正式に皇太子となった。 タイ王室に詳しい米コーネル大学の歴史学者タマラ・ルースは、大切に育てられたワチラロンコン王は、人々が自分のことを愛しているのだと信じているのだろうと述べる。

ドイツ政府による今後の動き

ドイツとタイの外交関係に詳しいドイツ国際安全保障研究所のフェリックス・ハイドゥックは、「ドイチェ・ヴェレ」のインタビューに対し、今すぐドイツ政府が何かタイに対して動きを取ることはないだろうと答える。 しかし、仮に2021年初めにタイ国王がドイツに戻ろうとしたときにタイの民主化運動が継続している場合、あるいは軍隊によるデモ隊の制圧が行われた場合、ドイツ政府は異なる対応を取らざるを得ないだろうと述べる。 また、タイ国王の滞在するガーミシュ・パーテンキーシェン地区の地方議員であるマーティン・ジールマン(59)は、また国王が戻ってきた場合、可能ならば、同地域は彼をいますぐ追い出したいとコメントする。 非常に美しく、伝統的に高貴で著名な資産家に愛されてきた同地では、ルールを守らないタイ国王は好かれていない。春のロックダウン時には、女王や大勢の取り巻きと共にマスクも着けずに街を練り歩いた。 2021年、タイ国王はどこに滞在しようとするのだろうか。

https://news.yahoo.co.jp/articles/cc98c6900ad895d80ce6b061fc61be70aa9b4eaf?page=3

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