──政権与党・霞が関の既得権者が菅内閣の規制改革を潰そうと躍起だ。菅内閣の規制改革の手法はどうすればいいのか……[渡瀬裕哉]

1月28日参議院予算委員会で、日本維新の会の柳ケ瀬裕文議員から規制改革に関する質疑が行われた。その冒頭で、柳ケ瀬議員は菅総理から下記の答弁を引き出している。 冗談なの? 20年後のデスクワーカーの姿を予測した人形が過激すぎて話題に (柳ケ瀬議員) 「規制改革についてお伺いをしてまいりたいと思います。菅総理は規制改革をこの政権のど真ん中に置くのだということを高らかに宣言していらっしゃるわけでありますけれども、あらためて菅総理の規制改革の必要性に対する思いをお伺いしたいと思います。」 (菅総理) 「まずは新型コロナの感染、これを終息させることが最優先でありますが、その後に規制改革を進めて、役所の縦割り、既得権益、悪しき前例主義、こうしたものを打破して次の成長の突破口を作っていくのが内閣の役割だと思っています。」 菅内閣が新型コロナウイルスに関して後手に回っていることは事実であろう。しかし、この問題はワクチンの開発・普及が途上である以上、誰がやっても問題が発生することに変わりはない。 それにも関わらず、菅内閣に対して半ば倒閣に繋がりかねないようなコメントを行う与党議員が後を絶たないことは問題だ。この背景には菅内閣が推進しようとしている規制改革に対する激しい拒否感が政権与党及び霞が関の中に蔓延していることを伺わせる。

■ 既得権者が菅内閣の規制改革を潰そうとしている 政権与党・霞が関が菅内閣の規制改革を潰そうとしている様子は、養父市で国家戦略特区として推進されていた「農地の株式会社による取得」の全国展開が特段の問題が無いにもかかわらず1年見送りになったことに象徴されている。今後1年以内に菅内閣を倒閣されることになれば、この規制改革の一丁目一番地の実験は事実上無かったことにされて葬り去られることになるだろう。 河野大臣が記者会見で、UBERの解禁すらできず既存のタクシーの仕組みを改善することを規制改革として誤魔化そうとしている点など、およそ規制改革の本質から大きく逸脱した改革を規制改革とせざるを得ない姿からも既得権の抵抗の強さを感じさせる。このままでは印鑑廃止という行政手続きの簡素化だけで規制改革が掛け声倒れに終わってしまうかもしれない。 簡単に言うと、規制改革とは既得権の解体である。したがって、政策の本丸に規制改革を据える菅内閣が、コロナ対策で手間取って支持率を低下させて退陣することは政権与党・霞が関の既得権者の悲願だと言える。仮に1年以内に菅内閣が退陣した場合、ほぼ全ての規制が無傷で温存されることになるだろう。 内閣退陣にまで至らなくとも、菅総理の政治的リーダーシップを毀損すれば規制改革を実現する力は無くなる。我々は連日の菅下しの報道は政治闘争の側面がそのような背景があると認識するべきだろう。今、菅下し報道に簡単に与することは、既得権側の言論に転がされることであり、それらの報道内容に対しては話半分のものとして捉えるべきだ。 ■ 菅内閣の規制改革の手法にも課題がある 一方、菅内閣の規制改革の手法にも課題があることは事実だ。そして、この課題は菅内閣だけに限ったものではない。日本の規制改革は欧米型の洗練された規制改革手法が取られていないことに問題がある。 日本の規制改革は時の為政者が自らの政治力を用いて実行する手法が好まれている。その事例として河野大臣がしばしば言及する「縦割り110番」のような目安箱方式が挙げられる。この方法は為政者が国民からの陳情を受けて、その内容を精査し、1つ1つの規制改革について、政治力で解決しようとするものだ。縦割り110番と同様に、国家戦略特区なども総理のリーダーシップに依存する同じタイプの方式だと言って良いだろう。 この手法は同時に規制改革の成否が規制改革意識に燃える政治家個人の物理的・精神的なリソースに頼る極めて原始的なものだ。約15000個程度存在する許認可等だけでも政治家が個別に精査することは不可能であり、このやり方を継続する限りは増加し続ける規制に対して有効な改革を実現することは困難である。その上、現状のように菅総理バッシングを盛り上げることで、規制改革を進めるパワーを削ぐやり方に簡単に足を引っ張られてしまう。 ■ 規制の経済損失コストに関する削減ルールを設定すべき 欧米型の規制改革手法は、政治家のリーダーシップは必要とするものの、規制改革に関する国民的な議論の土台を揃えるプロセスに特徴がある。 欧米の主要先進国では、ほぼ全ての規制は規制導入・維持に伴う「経済損失コスト」が計算されている。つまり、ある規制を1つ作った場合、それが経済に与える負の影響が細かく計算されることで、その規制が経済活動を阻害してまで本当に必要なのか、を客観的に議論することが可能となっている。そのため、不要不急な規制は導入されず、経済的な負担が重すぎる規制は見直しの対象とする議論が進む。また、政権全体の規制改革の目標を決める際には「規制に伴う経済損失コストの総量」をどれだけ低下させるか、というマクロな目標設定すらも設定することができるのだ。これは非常に合理的な規制改革の方法だと言えるだろう。 その象徴的な事例は、トランプ政権が導入していた2対1ルール(新しい規制1つ作るには2つ分の既存の規制に伴う経済損失コストを削減する)であり、日本でも本気で規制改革を実現するなら、規制の経済損失コストに関する削減ルールを設定するべきである。 規制の経済損失コスト削減に関するルールを策定すると、既得権側も政治圧力をかけるだけでなく、衆人環視の議論に通用する理屈が求められるようになる。その結果として、前述の農地の株式会社取得のように政治的なパワーゲームを背景として「全く問題が無いのに実施を先送りする」という国会でまともに説明できない意思決定は極めて困難になるだろう。その意思決定の根拠を数字で詰められてしまうことになるからだ。 菅政権に求められることは、個別の規制改革だけでなく、政府と国民が規制改革を議論するための方法を抜本的に刷新することだ。日本政府に仕組みとして規制改革をビルドインすることができた時、菅政権は後々まで評価される意味がある規制改革の仕事をできたと言えるだろう。

https://news.yahoo.co.jp/articles/91a9348d55f4cb44a3b295b05fe95a98e3029ea8

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