1月28日、日産自動車のカルロス・ゴーン元会長の国外逃亡を手助けした元アメリカ陸軍特殊部隊「グリーンベレー」のマイケル・テイラー容疑者と息子のピーター・テイラー容疑者の2人について、ボストンの連邦地方裁判所は日本への引き渡しを認める決定を下した。ついに日本に移送される日が現実味を帯びてきたのだが、実は、昨年11月18日、マイケル・テイラーは郡刑務所の中から保守系メディア「FOXビジネス」の看板生番組に電話出演していたことをご存知だろうか。そこで彼は言いたい放題の主張をしている。 「このまま日本に引き渡されれば、自分は(ゴーン同様)不当な司法システムにより『拷問』を受けるだろう」。日本には拷問が存在すると訴えて国際非難を呼びかける発言内容と、このテレビ出演のタイミングには別の意味がある。電話インタビューは、チーム「ゴーン」の作戦変更の合図といえるものだったのだ。 ホワイトハウスへのロビー活動開始 ゴーンの国外脱出作戦の全貌と、その黒いネットワークについてはForbes JAPANの記事「因果応報 ゴーン軍団『チーム国外逃亡』の痛い末路」に詳しいので、ここでは省く。テイラー親子はゴーンから脱出費用として130万ドル(約1億3500万円)を受領していたが、昨年5月に母国アメリカに帰国したところを逮捕された。 当初、テイラーとその弁護団はこう主張した。「保釈中の人物(ゴーン)が逃亡することは日本では罪に当たらず、それゆえ逃亡を手助けしたとする拘束も不当だ」。だから、自分たちは無罪だというのだ。しかし、この主張は、米検察によって一蹴された。 その後、筆者が掴んだのは、テイラー親子がホワイトハウスに接触しており、当時のトランプ大統領に恩赦を求めている、という情報だった。では、誰が大統領に仲介したのか。 浮上した仲介者の一つが元グリーンベレーなど特殊部隊OBも含む米退役兵ネットワークである。帰還した退役兵の再就職や医療、あるいは遺族となった母子家庭を世話するなど様々な目的を有する複数の公私組織が存在する。「国民の英雄である元軍人たちを支援しよう」という相互扶助を目的とした組織群で、支援者にはニューヨークの富豪も多数いる。この特殊部隊ネットワークの中核にいるのが、エリック・プリンスという人物である。彼は世界最強といわれた民間軍事会社「ブラックウォーターUSA」の創設者としてアメリカでは有名な実業家だ。 ブラックウォーターは海外紛争地帯の秘密任務をアメリカ政府などから請け負っていた。しかし、2007年、国際的に非難を浴びた「ブラックウォーター事件」を起こしている。これは、イラクで一般市民14人を死亡させた無差別銃乱射事件「ニソール広場の大虐殺」のことである。同社の契約兵士が起こした事件の責任を追及されて、度重なる社名変更を経て、創業者のプリンスはCEOを2009年に辞任。会社を売却し、現在は中国政府系ファンドCITICから出資を受ける警備会社Frontier Services Group副会長に就任。中国や中東、アフリカをはじめグローバルで活動している。 2016年の大統領選挙では熱烈なトランプ支持者として選挙支援や献金を行う一方、習近平を支援するのは矛盾するように見えるが、理念とビジネスは別なのだろう。このエリック・プリンスの姉が、トランプ政権の教育長官ベッツィ・デボスである。デボスもまた富豪であり愛国者として知られる。彼女は教育法についての知識や理解が足りないとされ、自身の投資先との利害相反も生じると教育長官就任は議会で反対が相次ぐも、採決によって就任したという経緯の持ち主だ。 エリック・プリンスはトランプ大統領への恩赦を要請するリストを提出した。そこには「ニソール広場の大虐殺」で終身刑となった囚人を含む元ブラックウォーター契約兵4名の名前があった。プリンス独自の力はもちろんだが、退役兵支援勢力の影響とはこういう形でも発揮される。テイラーがホワイトハウスに接触して恩赦を求めているという筆者の情報を裏付けるように、テイラー自身がこういった退役兵支援ネットワークから積極援助を受け連携していることを前述のテレビインタビューで強調してみせた。

トランプの「敗北」で生じた誤算

しかし、テイラーは刑務所内から公共の電波を使った呼びかけと、水面下でのロビー活動によって大統領に呼びかけたものの、誤算が生じた。大統領選でトランプ勝利が怪しくなったのだ。11月3日の夜にジョー・バイデンが勝利宣言をして、トランプ再選の見込みは薄くなっていった。そして11月18日にテイラーは前述したFOXの番組に電話出演すると、これまでの主張を切り替えた。それが日本司法そもそもの不当性と拷問の恐れである。この時、トランプ大統領に対してこう訴えたのだ。 「米軍エリート部隊で国家への忠誠、人命奪還など役務を果たした英雄愛国者をトランプ大統領は非情にも(不当な拷問がある日本に)引き渡すのか? トランプ大統領こそこの状況をひっくり返せる」 テイラーは番組中に、軍人、保守層、愛国者の琴線に迫る戦略へと移行したのである。期を同じくして国連人権理事会「恣意的拘禁に関する作業部会」は、ゴーン被告の日本に於ける逮捕・勾留について「根本的に不当」と非難する意見書をまとめた。 テイラーの発言を合図であるかのようにすぐに反応したのが、レバノンで経営の授業プログラムを始めたカルロス・ゴーンである。ゴーンは声明を発表した。 「私はテイラー親子が恐れを感じている日本の司法制度の慣例や戦術を身をもって体験した。テイラー親子を支援していきたい」と述べて、テイラーと同様に「日本の司法制度には問題がある」と再び国際社会に訴えたのだ。 トランプの大統領選敗北が決定的になると、翌12月から1月20日の大統領離任直前までトランプ前大統領は駆け込みで恩赦・減刑を与えている。刑に服す罪人を無罪に、死刑囚をも減刑できる米大統領恩赦という処置により、「ニソール広場の大虐殺」を起こした元ブラックウォーターの4人も恩赦の対象となった。しかし、テレビまで使ったロビー活動にもかかわらず、テイラー親子は駆け込み恩赦の対象とならなかった。テイラーは米国内で違法行為はしていないため、必ずしも大統領恩赦の対象には直接当てはまる案件とは言えず、水面下の陳情も具現化しなかったことになる。 この一連のテイラーの引き渡しで注視しなければならないのは、法廷内の戦略ではなく、法廷外やロビー活動で、誰が仕掛けているか、である。国連人権理事会がゴーン被告の日本における逮捕・勾留について「根本的に不当」という意見書を出したのは偶然のタイミングだろうか。テレビ出演のタイミング、ゴーンの声明など、「仕込み」のシナリオを書いたのは誰なのか。公正公平であるべき法治社会において、カネと権力で融通が効くような動きはこれからも検証していく必要があるだろう。


PDF