「悲しみと絶望感だけが募っていくようだった」 新型コロナウイルスは、数多くの医療従事者の命を奪っただけでなく、燃え尽き症候群や鬱など、姿を変えて彼らを苦しめ続けている。そんななかで見えてきた一筋の希望の光が、ワクチンだ。米「ワシントン・ポスト」は、最前線で働く人たちを取材。ワクチン接種が彼らにもたらした感情とは──。 ここ何週ものあいだ、リンダ・グリーンが看護師として勤務する介護施設は野戦病院のようだった。2020年の終わりに、新型コロナウイルスがここメリーランド州西部の介護施設を山火事のように襲い、施設内には陽性患者を隔てるビニールのカーテンが垂れこめている。73歳のグリーンは、84歳の夫のもとにウイルスを持ち帰ることを終始恐れていた。 ちょうどその頃、ワクチン接種の順番が回ってきた。それは、彼女の上腕部に軽い痛みを残したものの、身体的な副作用はなく、他のウイルスのワクチンと同じようなものに感じたという。 だが、感情面には大きな効果をもたらした。ワクチンのことを考えただけで、自分と自分が介護をしている人々の明るい未来が目に浮かび、「安堵の気持ちで泣いてしまう」と、モデルナのワクチンを摂取して2週間経ったグリーンは話す。 「いまでは、施設に入ってN95マスクを着ける時に『これもあと数週間で終わり』と考えます」。もっとも彼女は、入居者も予防接種を受け終え、パンデミックが収束した後も、引き続き仕事中はマスクを着けることになるだろうと考えているが、「私たちはもうフェイスシールドをつける必要はないのです。ああ、なんて素晴らしいことでしょう」と声は明るい。 ニューヨークの看護師がアメリカで初めてワクチンを受けてから1ヵ月が経った。ワクチンの早期開発と承認は人々に希望をもたらしたが、いまや多くの地区で接種の開始が遅れ、厳しい現実に直面している。 アメリカに約2100万人いる医療従事者は、最初に予防接種を受けるグループの中に含まれていたにも関わらず、多くが未接種か、接種を躊躇している。アメリカ疾病予防管理センターによると、これまでにワクチンを接種した人は、全国で1230万人だという。(註:2021年1月19日現在) 相変わらず新型コロナウイルスの感染者数は増加の一方だ。アメリカで1人目の感染者が確認されてから約1年が経ち、死者数の総計は40万人に達しようとしている。15万人以上の新たな感染者が報告される日が続く。そんな状況のなか、最前線で戦い続けてきた医療従事者たちがワクチンを接種し、一番に感じたこと……それは「深く永続的な安堵感」だという。 取材のなかで彼らは、多くがいまだに過酷な現場に勤めながらも、仕事に取り掛かる時、いままでにない気持ちの軽さとエネルギーを感じると語った。なかには、前よりも良いケアを提供できるという喜びや自信を語った人もいた。 燃え尽き症候群や鬱が広がり、ウイルスによって3000人もの医療従事者の命が奪われたとされているこの数ヵ月の後、ワクチンのおかげで、再び前向きな気持ちを取り戻したと多くが証言している。

防護服の上の“目に見えない膜”

「時々、バイオハザードサインをつけて歩き回っているような感覚に陥ります」。オレゴン州ユージーンで集中治療室を担当する39歳の看護師ダニエル・ゴンザレスは言う。彼女は、1度目のワクチンを受けたことで、すでに少し肩の荷が下りたように感じると話し、2度目を受ければ、もっと感染の危険性が減ると期待を寄せる。 昨年、彼女の仕事は想像を超える激務だった。宇宙服のような防護服は着脱だけで一苦労だったし、患者のアラームにいつものように素早く応答できなかった。そして、新たに収容された患者が、陽性患者かもしれないという不安があった。 「ワクチンは防護服の上に、さらに目に見えない膜を与えてくれたように感じます」とゴンザレスは言う。その膜のおかげで、65歳を超えた自分の両親をもう一度ハグするという希望が現実味を帯びてきた。パンデミック以前は両親と週に1度は夕食を共にしていた。彼らはいつも同じようにハグしてくれる。「まるでずっと会っていなかったみたいに」とゴンザレスは言う。「もう待てません」。 コロラド州コロラド・スプリングス病院の看護師ジェーン・タッカーにも、1度目のワクチン接種がすでに解放感をもたらしていた。 勤務中、息苦しいN95マスクの着用をやめた。現在彼女はほとんどの時間、医療用マスクを着けている。より防護能力の高いN95マスクを着用するのは、検査で陽性となった患者に接する時だけになった。 新型コロナウイルスが流行る前、45歳のタッカーはマスクを着けることはほとんどなかった。しかし、その後、患者の一部しかウイルスに感染していないにも関わらず、彼女は一日中N95マスクを着けることを選んだ。 それを外すのは、外に出た時か休憩室で一人になった時だけで、何時間も水も飲まずに働いた。彼女は、自己免疫の病気を抱える二人の子供のもとにウイルスを持ち込むのが怖かったのだ。彼女は同僚との濃厚接触も恐れた。同僚たちが仕事外では、自分ほど注意をしていないと知っていたからだ。彼女は髪を覆い、ゴーグルをつけることもあった。 「まるで戦争のような状況でした」とタッカーは語る。「あらゆる防具を着けて、この恐ろしい静かな敵を避けようとしているのです」。 それでも、彼女は自分の防護服が十分ではないのではないかといつも心配していた。彼女は(彼女の言葉を借りて言えば)「コロナウイルスの錯覚症状」を抱き、咳や喉の痛みがあるたびに感染の兆候なのではないかと疑った。 彼女は、ベッドに腰かけ、患者と会話をすることを看護師としての誇りだと思っている。しかし、気がつくと患者の側にいる時間は減っていた。長く過ごすことが、感染のリスクを高めることを知っていたからだ。 ワクチンが100パーセントの確率で感染を防ぐわけではない。それでもタッカーは、ワクチンを受けられたことで驚くほどの解放感が得られたという。 「以前より楽観的になれました。これは自分にとって脅威ではないと感じられるようになったのです」 「もし事態がまた悪化したら、喜んで協力を願い出たいと思っています。ワクチンを受けたことで、自分自身にとってのリスクに対する考え方が変わりました。自分の患者に対して、より良い対応ができるようになりました」 メアリー・ブロックは2020年12月29日、ワクチンを接種して嬉し涙を流した。喜びにむせびながら、彼女は家族にメールをして幸せを共有した。いまでもそのことを話そうとすると声が詰まってしまう。 ブロックはナース・プラクティショナー(編集部注:医師の指示なく一定の診断や診療を行うことができる上級看護職。通称NP)として32年間働いてきたが、2020年ほど困難な年はなかったという。彼女はコネチカット州ハートフォードにある救急病院で唯一のNPであり、この1年、1日に40~50人の患者を診てきた。ほとんどの患者が新型コロナウイルスの検査を受けに来ており、そのうちの40パーセントが陽性だった日もあった。 52歳のブロックは、検査で陽性になった患者の家族が検査室にすし詰めになっている時も、寄付してもらったN95マスクが自分を守ってくれることを願うほかなかった。 不安はあまりに大きく、休日、ブロックはベッドから出られないこともあった。12月、彼女は新しい病院に移った。そこでは彼女は新型コロナウイルスの患者の治療にはあたっていない。それだけでも気が楽になったと彼女は言う。だが、ワクチンを受けたことで得られた安堵感は別次元だった。 「2回目の予防接種の予定も決まっています。それにはきっと『ああ、なんて気持ちいいんでしょう』と感じると思います」とブロックは語る。 「誰も危険にさらしたくないので、歯医者にも行っていません。髪を切りにも。数週間後、2回目の接種が受け、そうしたことを再開できるのが楽しみです」 フロリダ州タンパ・ベイ・エリアで陽性患者の治療をしている64歳の呼吸療法師、カーメン・ハゼラもワクチンを接種し安心感をおぼえた一人だ。だが、それがどれくらい自分の身を守ってくれるかという不安も残る。まだこれまでの生活を変えたり、新たな計画を立てたりはしていない。しかし、1年前には引退を考えていたハゼラは、まだ仕事を続けている。 この1年は辛い思い、怖い思いの連続だった。肺の吸引をしながら、ICU患者の血と分泌物を浴びたこともある。彼女が働いている集中治療室では、悲しみと絶望だけが募っていくように見えたと彼女は振り返る。 2回目の予防接種の後には「もっと気分がよくなるでしょう」とハゼラは言う。 「ワクチンを受けられないと考えるだけで恐ろしいです。しかし、世界中で多くの人がまだワクチンを待っています」

「未来を見ながら、どうにか乗り越えていくのです」

介護施設に勤める看護師のグリーンは、施設の入居者について思いを巡らす。 訪問者の面会は昨年春に禁止され、入居者が生きていくためのライフライン、すなわち施設のスタッフは、防護服を身に着けている。そうした予防措置をとってきたにも関わらず、外部から切断されている入居者の間にウイルスが広がったことで、グリーンは悲しみに沈んだという。 「社会的に隔離され、孤立することで高齢者が衰弱していくのが目に見えます。ウイルスで命を落としているわけではありませんが、明らかに弱っていくのです」。話の理解できる入居者には、「ワクチンさえできれば、面会ができるようになって家族とも会えますよ」と言うようにしてきた。 グリーンには11歳になる孫娘がいる。その孫にも昨年からハグできていない。だがグリーンは彼女に、「休暇の計画を立てていいよ」と伝えた。孫娘はすでにフロリダ州ロングボート・キーへの5日間の旅行計画を立てている。パンデミックが収まっていれば、6月がその候補だ。 「未来を見ながら、どうにか乗り越えていくのです」 グリーンは続ける。 「希望を持とうとしながら」

https://news.yahoo.co.jp/articles/eed58407250811aa5d4327118ea2da6ec6e47aa8?page=3

クーリエ・ジャポン

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