「三権分立の原則により行政府は司法府の判断を当然尊重しなければならない」 いわゆる徴用工訴訟を巡り、日本からの批判を躱すために韓国政府が繰り返したこの「言い訳」。そもそも三権分立は、立法・行政・司法が国内での権力を相互に牽制しあい、権力の濫用を防ぐ統治の仕組みであり、他国が関与する国際法や条約を守らない根拠にはなり得ないものだ。 【画像】韓国憲政史上初の裁判官弾劾訴追を受けた林成根(イム・ソングン)判事 しかし、韓国政府はいまだにこの問題で「三権分立」を振りかざしている。だが、本当に韓国に「三権分立」が存在するのか、疑問を感じざるを得ない事態が明らかとなり、韓国司法が大揺れに揺れている。

韓国憲政史上初の裁判官弾劾訴追

文在寅政権が発足した2017年以降、対立する保守派の李明博・朴槿恵政権時代に司法府で多くの不正があったとされ、裁判官が次々に検察に起訴された。韓国メディアによると、その数は14人に上る。異常な事態だ。政敵である保守派を根絶やしにしようと、「親日」のレッテルを貼るなどして攻撃を繰り返した文在寅政権による「積弊精算」の流れを汲んだ動きと言える。 そして裁判官を攻撃するのは検察だけではなかった。2月4日、韓国国会は憲政史上初めて裁判官弾劾訴追案を与党の賛成多数で可決した。弾劾とは憲法や法律で身分保障された公務員を、議会の訴追によって辞めさせる事だ。 対象になったのは、韓国南部の釜山高等裁判所に所属する林成根(イム・ソングン)判事で、今後憲法裁判所で弾劾の是非が審理されることになる。弾劾の理由は、実は日本と関係している。 舞台は、朴槿恵前大統領のスキャンダル疑惑について記事を書いた産経新聞ソウル支局の加藤達也支局長(当時)が名誉毀損で起訴された2014年の裁判だ。当時この裁判を担当していた裁判官の上司だった林判事が、担当裁判官に対して「朴大統領のスキャンダルは虚偽だったと明確にしろ」と指示して圧力をかけたというのが弾劾訴追の理由だ。

無罪判決を受けた裁判官を弾劾訴追

実は今回弾劾訴追された林判事は、全く同じ案件による職権乱用の罪で起訴され、一審で無罪判決を受けている。そして起訴された裁判官14人のうち、林判事を含む6人が一審で無罪判決を受けているのだ。残り8人はまだ判決を受けておらず、現時点で有罪判決を受けた裁判官は1人もいない。積弊精算の嵐の中で行われた裁判官の起訴は、相当な無理筋だったことが分かる。 では、一審で無罪だった林判事を、韓国国会はなぜ弾劾訴追したのか?実は林判事は現在体調を崩して職場を離れており、2月末に退職する予定だったのだ。退職すれば弾劾が出来なくなるために、与党議員が弾劾を発議したのだ。 野党からは一審とはいえ無罪判決を受けた裁判官を弾劾訴追するのは、立法府による司法への不当な介入だとの批判が出ている。三権分立の精神に反するとの指摘だ。 ここまでの経緯をたどるだけでも、韓国司法が上を下への大騒動になっていることが分かるだろう。ただ事態はさらに予想も付かない方向に展開する。それは弾劾訴追のきっかけとなった林判事の「退職」を巡る、ある疑惑が導火線となった。

韓国司法トップの忖度と嘘

韓国紙「朝鮮日報」は2月3日、「金命洙(キム・ミョンス)大法院長(※日本の最高裁長官に該当)が、2020年4月に林判事が健康悪化を理由に辞表を出した際、『私が辞表を受ければ(国会が林判事を)弾劾訴追できないじゃないか』と話して辞表を突き返した」とスクープした。 記事によると同年4月、起訴された裁判官が相次いで無罪判決を受けた事に不満を持ち、国会による裁判官弾劾訴追を検討し始めた与党の意を汲んだ金院長が、林判事の辞表を突き返したというのだ。そのため林判事の辞職時期が遅れ、今回の弾劾訴追に繋がったという。また「裁判官の独立を守るはずの院長が、現職判事の面前で弾劾について言うわけがない」「事実ならば金院長が弾劾の対象だ」との匿名の現職判事の声も伝えた。 金院長は与党と同じ進歩派の判事で、文在寅大統領により地方裁判所の院長から司法のトップに大抜擢された人物だ。報道が事実なら司法のトップが国会・与党におもねり、弾劾訴追が可能となるように裁判官を差し出した事になる。報道を受けて大法院はすぐさま反論。「金院長は林判事にひとまず治療に専念し、辞職の問題は今後健康状態を見守った後に考えてみようとの趣旨で話した」「金判事に対し弾劾問題で辞表を受理できないという趣旨の話をしたことがない」と全面否定した。 しかし、これが真っ赤な嘘だったことがすぐに判明した。林判事は辞職を申し出た時の金院長とのやり取りを密かに録音していて、金院長の反論の翌日に音声を暴露したのだ。そこには司法トップによる生々しい「与党への忖度」が記録されていた。以下が公開された金院長の肉声だ。 「辞表受理・提出、そういう法律的なものは別にして。私としては色々な影響というか、そういうのを考えなければならないじゃないか。その中で、政治的な状況も見なければいけない。」 「隠さずに言えば、今、弾劾しようとあんなに騒いでいるのに、私が辞表を受理すれば、国会からどんな話が来ると思う?」 「弾劾という制度があるとはいえ、私も現実性があるとか、弾劾すべきという考えを持っていないが、一応政治的なそういうものは、また状況が違う問題だからね。今日そのまま受理してしまえば弾劾の話はできないじゃないか。(国会から)そういう非難を受けるのはとても適切ではない」 音声公開により、朝鮮日報のスクープは事実だったと証明された。嘘が明らかになった金院長は記者に囲まれ「理由がどうであれ、林判事と、失望感を抱かせた全ての方々に深い謝罪を申し上げる」と謝罪した。 しかし「林判事と会ってから9ヶ月近く経っていて、記憶が薄かった。少なくない会話をしたので正しく記憶できなかった」と釈明し、あくまで記憶違いだと主張した。政界の顔色をうかがって辞表の受理を拒否したのかと記者に詰め寄られたが、無言だった。

韓国の三権分立とは?

一連の騒動から見えてくるのは、日本とは相当異質な韓国の三権分立の現状だ。政府が叫ぶ「積弊精算」の流れに沿って14人もの裁判官を起訴したものの、裁判で連戦連敗する検察、無罪判決を受けた判事を弾劾訴追する国会、国会へのあからさまな配慮・忖度をして嘘までついた司法のトップ…現場の裁判官たちは起訴や弾劾訴追に怯え、国会・与党に忖度し裁判官を守らない司法トップを前に判決を下さなければいけない。これで裁判官の独立などが確保されていると言えるのだろうか?裁判所が下す判決が法と証拠に基づき公明正大・不偏不党だと信頼出来るのだろうか? こうした状況は文在寅政権が発足した2017年から進行している。そして翻ってみれば、日韓関係悪化の主要原因であるいわゆる徴用工問題も慰安婦問題も、司法が発端になっている。前述の通り、国家間の問題に三権分立を持ち出しても何の意味もないが、この現状を見るにつれ「三権分立の原則により司法の判断を尊重するしかない」という韓国政府の主張が、ますます空しく聞こえるのだ。


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