1月に日本での公開が始まった韓国映画『KCIA 南山の部長たち』。1979年に起きた朴正煕(パク・チョンヒ)大統領暗殺事件を主題としたものだが、あくまで“フィクション”映画だ。 【写真】「韓国が嫌いな日本人」を世界はどう見ているのか  映画は朴正煕元大統領の側近中の側近、腹心中の腹心だった中央情報部(以下、KCIA)のキム・ジェギュ部長が、朴元大統領を暗殺するまでの過程を描いたもの。キム・ジェギュをモデルにした主人公キム・ギュピョンを、韓流スターのイ・ビョンホンが演じている。  韓国内での同映画の評価は高く、2020年の年間興行収入1位という成績を挙げ、2020年米アカデミー賞の国際長編映画部門の出品作にもなった。  原作は1990年に日刊紙「東亜日報」で連載されたもので(1992年に単行本化)、1994年には邦訳版(『実録KCIA―南山と呼ばれた男たち』講談社)が出版されている。  映画の理解を深めるために、原作者で嘉泉(カチョン)大学の副総長である金忠植(キム・チュンシク)氏に、オンラインでインタビューをした(一問一答は記事後半)。

KCIA部長の権限は国務総理以上

タイトルにある「南山」とは、朴正煕政権(パク・チョンヒ、1961~1979年)下のKCIAの別称だ。  1961年、朴大統領がクーデターに成功した直後に設立した情報機関で、国内外の安全保障上の情報の収集などの他に、国内における反政府運動の弾圧なども行った。  ソウル中心部にあった南山に位置したKCIA庁舎の地下では、連日、「思想犯」に対する拷問が行われ、「南山」と聞くだけ人々は震え上がった。  「KCIAは18年続いた朴正煕政権の間、政権の保衛機関としての役割を果たしました。立法、司法、行政、言論を含む、国政と社会・文化すべてを統制する、文字通り怖いもの無しの組織で、その巨大な権力の下に、密輸、盗聴、暗殺といった犯罪も横行していたのです。73年、東京に滞在していた当時野党政治家だった金大中元大統領を拉致したのもKCIAです」(原作者の金忠植氏)  タイトルに「部長」とあるが、「部」は日本でいう「省」のこと。KCIAトップの部長は大臣より上の地位にあり、「実質の権限は国務総理よりも上」(金忠植氏)だった。  (金大中政権時の1999年に「国家情報院」に改編され、日本でいう「庁」に格下げ。現在では、主に対北朝鮮情報など国内外の安全保障に関する情報を扱う機関となっている)

朴正煕の汚れ役だったキム・ヒョンウク

 原作では10人の歴代「部長」と、その周辺人物について書かれているが、映画では中でも2人の部長、主役のキム・ジェギュとキム・ヒョンウク(役名パク・ヨンガク)の他に、大統領警護室長チャ・ジチョル(役名クァク・サンチョン)を中心に話を展開している。  キム・ヒョンウク元部長にまつわるエピソードは、映画のおよそ半分を占めているが、実はこれまで、彼と朴正煕暗殺事件を関連づける説はあまりなかった。原作に登場する10人の部長の中でも、キム・ヒョンウクが映画でクローズアップされたのは興味深いことだ。  映画は、キム・ヒョンウクが米国下院議会の聴聞会で、米議員らに朴政権が人権無視のいかにひどい政権なのかを声高に訴えるシーンから始まっている。キム・ヒョンウクは1961年の朴正煕大統領によるクーデターに加担し、KCIA部長を6年務めた人物で、政治工作や公安事件を通じて、朴政権維持のために大きな役割を果たした。  実は、彼は朴政権の恐怖政治の象徴のような人物だった。「南山の猪」「南山の豚カツ」と呼ばれていたそうだが、朴大統領はニックネームにふさわしく「『猪突猛進的な力』を、政権防御の武器として十分に活用した」(原作)。朴政権を守るためなら、反政府運動や野党政治家への弾圧の手段を選ばなかったのだ。  「彼はあたかも権力の“魔王”のように、自分に随順しないとか、反対の立場の人間には、共産党のスパイの汚名を着せ、拷問も躊躇しなかった」(金龍泰元国会議員、原作)

朴政権の「汚れ役」を引き受けた彼だが、あまりの非道なやり方を理由に国会内から反発の声が高まり、1969年にKCIA部長を解任される。その後、国会議員となるが、すぐに国会が解散。特に当局から要職を与えられなかったことを不満に思ったキム・ヒョンウクは、自分を使い捨てした朴政権を恨み、米国に移住したのだ。

「南山の猪」の反撃

 朴正煕による独裁政権も、1970年代末になると、国内外からの批判を強く受けるようになった。1977年に米国で人権を重視するカーター大統領が就任すると、朴大統領の政治は「人権を無視した政治だ」と非難され始める。  そこで朴政権に追い打ちをかけたのが、朴正煕が蛇蝎のごとく嫌った共産主義者たちでも、野党でもなく、大統領の懐刀だったキム・ヒョンウクだったわけだ。  キム・ヒョンウクは米議会での証言の後、朴政権の不正のさらなる詳細を記した回顧録を発行しようとするが、当時のKCIA部長だったキム・ジェギュはそれを止めるために説得に走る。結局、回顧録の一部が本人の意に反して日本の月刊誌『創』に掲載され、79年10月パリで失踪する。  彼の失踪の真相については、長い間、闇に包まれていた。2005年に実行犯の一人が「キム・ジェギュの指示でフランスで殺害して粉砕して鶏の餌にした」と証言したが、証言以外に具体的な証拠や資料は見つかっていない(回顧録の全編は失踪後に発行された)。

自己陶酔に陥った独裁者

その頃、韓国内では朴政権に対する国民の鬱憤が噴出し、釜山市や馬山市では大規模反政府デモが拡大し続けていた。  1978年末から、朴大統領は長期政権による驕りのためか、周囲の意見に耳を傾けなくなっていた。  「自分の成功に陶酔してしまったのでしょう。国民の抵抗に対して『大局的に対処すべき』などと面倒なことを言うキム・ジェギュよりも、『デモ隊を装甲車でひき殺してしまえばいい』というチャ・ジチョルを傍に置き、重用するようになったのです」(金忠植氏)  大統領の側近の身内争いはエスカレートし、「金日成(金正恩総書記の祖父で北朝鮮初代国家主席)との戦いよりも厳しかった味方同士の戦い」(全斗煥当時少将、原作)とも言われた。  キム・ジェギュの暗殺動機を判決文には「自らが大統領になろうとした」とされているが、真に受ける人は少ない。  キム・ジェギュが朴大統領を守るためにキム・ヒョンウク暗殺を実行してから、大統領を自らの手で射殺するまでの期間はたったの20日間だ。映画ではその間の心理描写が細やかに描かれている。  言うならば、キム・ジェギュもキム・ヒョンウクも、チャ・ジチョルも朴正煕大統領の独裁体制を支えた「同じ穴のムジナ」である。朴大統領、チャ・ジチョル、キム・ヒョンウクという映画の主要人物は全員キム・ジェギュに殺され、彼自身も暗殺決行後、7ヵ月後に死刑執行された。朴政権は仲間同士の泥仕合によって幕をおろしたのだ。  その後、韓国は2度の軍事政権を経たが、民主化が進み、現在では政権批判を理由に情報当局に連行され拷問をされるようなことはなくなった。  しかし依然として、朴正煕政権が作り上げた、非民主的な「悪習」が韓国の政界に宿痾のごとく生き続けている。

わかりやすい例が朴正煕の娘である、朴槿恵元大統領(パク・クネ、2013~2017年)によるスキャンダルだろう。朴槿恵政権下では大統領の黒幕の私利私欲のために政治が利用され、経済界まで翻弄された。また、政府の意に反する文化人をブラックリスト化するなどの表現の自由を侵害していたこともわかっている。  朴槿恵は弾劾されたが、彼女を支えた多くの議員が、何事もなかったかのように今も国会に残っている。  同作が2012年に韓国で改訂版が発行された際、著者の金忠植氏は巻頭にこう書いている。  「私たちはいまだ、朴正煕政権の陰の中にある」と。

原作者インタビュー「ノンフィクションを超越した映画的真実」

 ――原作を読むと歴史的ファクト共に、登場人物らのパーソナリティがわかりやすく描かれています。映画ではそういった人物象が、よく表現されていたと感じました。  主役を務めたイ・ビョンホン氏の演技が、本当によかったと思います。彼は原作者である私に、当時の政治状況やキム・ジェギュ部長に対する評価を事細かに質問していました。誠実さを感じられる俳優でした。朴正煕大統領役のイ・ソンミン氏の演技も素晴らしく、東亜日報の元同僚が「本物より本物のようだった」と言っていました。  この映画は、権力者や政治家の心理を読み解く、ウ・ミンホ監督の才能が発揮された作品なのではないでしょうか。私のドキュメンタリーがフィクションの映画になることは想像していなかったのですが、素晴らしい作品だと思います。  ――原作には10人のKCIA部長が登場するわけですが、映画でキム・ヒョンウク元部長が冒頭に登場したことが意外に思えました。  私も最初は驚いたのですが、実際に見てからはなるほどと思いました。ドキュメンタリーと事実調査を超越した想像を通じて、真相に迫ろうとする試みに感心しました。事実に執着するジャーナリストが見落としている盲点を、裏面から鋭く見抜いていると思います。キム・ヒョンウクの暗殺と朴正煕の暗殺に、因果関係があると考える記者は、これまでいませんでした。しかし映画では二つの暗殺事件が20日の間に行われ、そこにはキム・ジェギュという同一暗殺犯の行動と心理に因果関係があると見たわけです。それは「映画的真実」と言えるでしょう。  ――原作発表からおよそ30年という月日を経て、映画化された経緯は?   ウ・ミンホ監督によると、1996年、大学生だった彼は、本を読んで震えるような感動を覚えたと言います。監督になったら必ずこの作品をマーロン・ブランド主演の『ゴッドファーザー』のような映画にしたいと思い、これまで機会を待っていたそうです。  ――2020年に映画化された意義は?   車を運転する際にバックミラーを見るのは、安全に前に進むためです。過去の認識は未来に進むためのバックミラーのようなものだと思います。  ――朴正煕暗殺事件の際は東亜日報の記者をされていました。  窒息しそうな真空の中にある社会が、一気に爆発したような気分でした。事件があった1979年当時、東亜日報の編集局長のデスクの隣にはKCIAから派遣された職員が座り、常に報道内容を監視し、時には内容を指示し、修正を要求してきました。新聞社だけではありません。行政、司法、国会、すべての分野で調整官という名の統制官が常駐し、目を光らせていたのです。KCIAの影響から抜け出せる組織も人も皆無でした。そこからやっと抜け出せると思ったのです。  ――当局の意に反する者は拷問も厭わないことで知られたKCIAですが、その後進である安全企画部にご本人も連行された経験があると聞いています。  1985年中国の爆撃機が訓練中に韓国に亡命した事件がありました。その亡命操縦士を国際的な慣行に則って、台湾に送るという政府の方針を、スクープしたという理由で、連行され、拷問を受けました。当時、中国に関する報道は、公式発表されたもの以外は報道してはいけないというのが、表面的な理由でした。実際には当時の政権に対して批判的な論調で書いたのを問題視したようです。  原稿を書いた私のみならず、政治部長と編集局長も拷問されました。電気拷問以外のあらゆる拷問を3泊4日の間に受けました。「ソウル市中心部の地下室で、私はこうして死んでしまうのだな」と思いました。米国務省による1986年の人権報告書に私たち3人が受けた拷問について記録されています。  ――連載当時、韓国は軍人出身の盧泰愚(ノ・テウ)政権下にありましたが、当局による妨害はありましたか?   取材するな、記録するな、名誉棄損で訴える、などの、懐柔・脅迫はたくさんありました。  ――今回の映画の国内の反応は? 批判の声はありますか?   若い層の反応が想像以上にいいですね。2020年公開の映画では興行収入1位だそうです。一方で、現在も朴正煕大統領を崇拝する極右勢力からは激しい批判の声が出ていますが、それは予想の範囲です。 ――極右勢力ではなくても、朴政権が特に経済成長をもたらしたという点において評価する声もありますが、それについてはどうお考えですか?   朴正煕は比較的有能な「経営者」だったと言えますし、実際に18年という長期政権を握るだけの実績も残しています。今日の韓国は朴政権時に経済的土台を整えたと言えるでしょう。一方で、国家建設の過程では“許されること”として行われた、人権蹂躙、民主的な政治家や文化人への弾圧、不法行為などは、そのまま明確に歴史に記録され、批判されるべきです。  ――2012年原作の改訂版の序文で「私たちはいまだに朴正煕政権の陰の中にいる」と書かれています。2021年現在の韓国にも同じことを言えますか?   韓国の保守と進歩は、「朴正煕をどう見るのか?」「北朝鮮をどう見るのか?」この2つの基準以外ありません。そういった意味で朴正煕の思想に追従する保守野党は依然として朴正煕政権の延長線上にいる。朴正煕没後40年が経ちますが、韓国はいまだに朴正煕の陰の中にあると言っていいでしょう。  (一部敬称略) ———- 『KCIA 南山の部長たち』 2021年1月22日(金)シネマート新宿ほか 絶賛上映中 2019/韓国/5.1ch/114分/字幕翻訳:福留 友子/PG12 原題:남산의 부장들(英題:THE MAN STANDING NEXT) 配給:クロックワークス http://klockworx-asia.com/kcia/ ———-

金 香清(ライター・翻訳家)

https://news.yahoo.co.jp/articles/027086364893b838ea0e6396df592ae02475a9ea?page=4

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