ひと昔前まで「中国の人は声が大きい」「行列に横入りする」といったステレオタイプが強くあった。しかし、中国の若い世代に目を向けると、その行動様式は様変わりしているという。『中国人のお金の使い道』などの著書があるジャーナリストの中島恵氏によるレポート。 【写真】中国人観光客が、日本の電車・バスに「感動している」意外なワケ

割り勘するようになった中国人

1月14日掲載の「中国の若い女性の間で『ガチャガチャ』が大ブーム…それが『異常事態』と言えるワケ」や、1月26日掲載の「中国の若者は『もう日本製より中国製がいい』、その消費意識に起きているヤバい変化」の記事で書いてきた通り、中国のZ世代の若者は、これまで多くの日本人が抱いてきた「中国人は~~だ」「中国では~~が当たり前」といった固定観念がもはや通用しなくなってきていることを、私たちに強く実感させている。  極端に言うと、従来、日本人が思い描いていた中国人像とは180度異なっている。また、中国人自身に話を聞いても、若者世代の振る舞いは、かつてあった「こういう場面ではこう行動するよね」という行動様式とは大きくかけ離れているのだ。  たとえば、この1~2年の間に、私が感じた彼らの行動だけでも、こんなことが起きている。列挙してみよう。  ・割り勘をするようになった→以前は、誰か1人が全員におごっていた。  ・店員に対して丁寧で、腰が低く、他人にも優しくなった→以前は店員に対して横柄な態度を取る人が多いだけでなく、店員のほうもお客に対して、ケンカ腰だった。  ・行列にきちんと並び、並ばない人がいたら白い目で見たり、注意したりする→以前は列に並ばないどころか、10センチでも隙があれば、そこに横入りすることが多かった。  ・声が小さくて聞き取れないこともある→以前は鼓膜が破れるかと思うくらい大声で話す人がいた。  ・列車やぬいぐるみなどに「ありがとう」とお礼をいったり、話しかけたりするようになった→以前はモノを粗末に扱う人が多かった。  ・自分が間違ったり、人にぶつかったりしたときには、すぐに謝る人が増えた→以前は間違いだとわかっても絶対に謝りを認めないという人も多かった。  まだまだある。  ・健康のためにサプリや青汁を飲み、スポーツジムに通うようになった→以前は大盛りご飯と脂っこい料理を好み、公園で太極拳をしていた。  ・かわいいレターセットで手紙を書くようになった→スマホが発達する以前も、一部の人を除き、ふだんから手紙を書く人は多くなかった。  ・汚いトイレには、怖くて入れないし、できるだけ入りたくない→トイレは汚いものなので、自分も汚く使っていた。  ・バラを一輪もらうことを素敵だと思うようになった→以前は豪華な花束をもらわないと、バカにされているような気分になった。  ・他人より目立ちたいという気持ちは今もあるが、常に自分を立ててほしい、といった類のメンツは、以前より気にしなくなった→以前は命の次にメンツを重視した。

同時多発的な変化

さすがにそこまで変わってはいないだろう、と思う人もいるかもしれない。上記したような「新しいタイプの行動」を取っている若者と、「かつての中国人的振る舞い」をしている人は全然違う世代だ、という指摘もあるだろう。確かに、このような若者はまだ全体から見れば一部かもしれないが、私の感触では、このように「まるで日本人のような行動」を取るZ世代の若者は確実に増えている。  それは都市部の若者だけに限らない。ネットやSNSの発達により、トレンドや流行は、都市部から農村部へ、沿海部から内陸部へというように、グラデーションを描いて一方向に段階的に進んでいくのではなく、各地で同時多発的に起こっている。もはや「(遅れている)内陸部の若者だから、まだサプリを飲む習慣はないだろう」といった地理上から見た分析、経済格差から見た分析ができないような状況となっているのだ。  若者たちの行動やライフスタイルがここまで大きく変わってきたのは、これまでの記事でも書いてきた通り、ネットの発達により情報量が格段に増えたことが何よりも大きいと思う。同時に、社会も多様化し、以前に比べれば、さまざまな価値観が許容されるようになり、中国人として「こうであるべきだ」とか、「こうしなければ、恥ずかしくてメンツが立たない」といったことが少しずつなくなってきた。  中国には14億人もの人が住んでいるが、これまで、中国人としての「人生の勝ちパターン」は意外にも少なかったように思う。最も理想的な勝ちパターンは、北京大学、清華大学などに代表される一流大学を卒業し、有名企業に就職したり、会社経営をしたりして、結婚して子どもを持ち、不動産を買う――といったステレオタイプな生き方だ。  こんな固定化した理想像があり、それを実現すればメンツが立ち、周囲から羨望の目で見られるし、自分も親も鼻が高い。そのため、まずは人生最初の難関である「高考」(ガオカオ=中国の大学入試)で高得点を取り、難関大に入学することがスタート地点だった。  中国では「生まれた瞬間から高考の戦いが始まっている」というジョークもあるくらいで、難関大の付属小学校に入学する時点で、その小学校がある学区に引っ越す人が増加し、「学区房」と言われるその周辺地域の不動産が高騰するという社会現象が起きるほどだった。今でも、地方の村では、「高考」で高得点者が出ると、村中に響き渡る拡声器で、名前を発表してもらえる。  しかし、やっとの思いで有名大学に入学しても、農村出身だとバカにされたり、一流企業への就職を勝ち取っても、なかなか結婚できなかったり、地方出身者であれば都市部で不動産を購入することが難しかったりと、自分の能力や努力だけでは、如何ともしがたいことが中国社会にはあまりにも多すぎることもわかってきた。  理想的な人生の勝ちパターンを実現できる人はほんのわずかしかいないのに、そのわずかしかない席を求めて、過剰な競争が繰り広げられ、そのために他人を蹴落としたり、苦しみもがいたりする人が多かったのだ。  2012年頃に取材して印象深かったのは、農村出身の秀才で、親が借金して、周囲の期待を一身に受けて北京大学に進学したが、同級生が皆持っている携帯電話を買うお金がなく、あまりにも恥ずかしくて、それに耐えられずに自殺したという話だった。中国では、このような悲劇はいくらでもあった。  だが、ネットで日本や世界の情報にアクセスできるようになって、中国以外の国々でさまざまなことが起こっていることを知り、「ありのままの自分でもいいんだ」といったことがわかってきて、「等身大の肩ひじはらない生き方」を求めるようになってきたのだ。私が取材したなかでは、「国を代表するような科学者になるのではなく、小さなカフェを開くみたいなささやかな夢を持ってもいいんだ」と話した若者もいた。

詰め込み教育が嫌われ始めた

古い価値観に縛られない柔軟な若者が増えてきたことによって、大人の考え方も変わり始め、わずかずつだが、社会全体でも地殻変動が起こっている。  前述の「高考」(大学入試)を突破するため、子どもたちが毎晩深夜まで勉強することは今も変わらない現実だが、中間層以上では、中国式の詰め込み教育を嫌い、子どもを自由な気風のインターナショナルスクールに進学させたり、幼い頃から留学させたりするなど、以前と比べれば、進学先は多様化している。その証拠に、都市部の「高考」の受験者数は少しずつ減少傾向にある。  就職についても、以前は一流大学を卒業したからには一流企業に就職しなければ、というプレッシャーがすごかったが、今では一流企業に就職しなくても、SNS上にショップを開いたり、KOL(Key Opinion Leaderの略、インフルエンサーのこと)となって動画で稼いだり、起業したりできるようになるなど選択肢が増え、それが一つの働き方、生き方として認められるようになってきた。  ある程度の年齢になったら絶対に結婚するべきだ、という社会通念や価値観を押し付ける親に反論できず、以前は春節の帰省シーズンになると「レンタル彼女」と契約して、田舎の親や親戚一同を安心させるために恋人のフリをしてもらうことが流行ったが、今ではそんなことをしたら、SNSですぐにバレる時代になり、「レンタル彼女」という商売そのものが成り立たなくなってきた。  結婚もしない、子どもも欲しくないと思う若者が増え続けていることを受け、大家族主義だった中国でも、レストランでは「おひとり様メニュー」が増えてきている。今はまだレストラン内に12人掛けの円卓があるが、そのうち無用の長物になるかもしれない。  現に、若者たちの間では、外食の際、中国料理よりもイタリアンやエスニック料理、日本食を選ぶ人が増えているというデータもある。家族を持たない若者の間でペットが流行っているが、そのおかげで、ペットが同伴できるカフェやペットのためのお手伝いさんの需要も増えている。  結婚して子どもができると、以前なら親が故郷から出てきて、率先して孫の世話をすることが「当たり前」だったし、子育てのやり方にいちいち干渉するのは中国人の親の特権だったが、経済的に豊かになり、健康寿命が延びた今、親世代も、生まれて初めて「自分の後半生」を考えるようになった。その結果、親にとって、子どもは自分のメンツのために存在するのではない、ということも自然とわかってきた。  不動産の高騰や戸籍制度の問題により、大都市で不動産を購入することは非現実的になってきているが、最近では、それでも「不動産を買わなければ」と思って過重な住宅ローンを組む若者は急激に減ってきており、堅実な賃貸派が増えている。賃貸派が増えたことにより、政府も賃貸物件を増やすように政策を転換するまでになってきている。  このような社会の変化は、まだごく一部であり、主流になっているわけではない。主流はあくまでも古い中国的価値観のほうだ。人口のボリュームから見ても、中国で最も多いのは60后(1960年代生まれ、約2億3500万人)や80后(1980年代生まれ、約2億2800万人)であり、人口減少が加速した1995年以降に生まれたZ世代ではない。  だが、ここまで述べてきたように、これほどまでに価値観の異なる彼らが、上の世代や中国社会に与える影響は決して少なくない。むしろ、彼らが、これからの私たちの中国人のスタイルを大きく変えていくことは間違いない、と強く感じさせられている。

中島 恵(ジャーナリスト)

https://news.yahoo.co.jp/articles/05c9f531d6c796a15c678f0ba5094bbd84a4f163?page=1

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