● 2020年版韓国国防白書は 日韓「葛藤」と韓中「友好」を強調  2020年版韓国国防白書は、日本に対し従来使用していた「パートナー」という言葉は使わず、単に「隣国」と表現した。これは日本が防衛白書の中で、韓国との「幅広い協力」という表現を削除したことに伴う措置であろう。韓国の軍関係者は「日本の輸出規制以降、ぎくしゃくしていた関係がある」と指摘する。

さらに白書では、「日本の政治家らの独島(竹島の韓国名)挑発(領有権主張)、2018年に起きた自衛隊哨戒機へのレーザー照射問題について『事実をごまかす一方的なメディア発表』で日韓間の国防関係が難航した」と記述している。  これに対し、日本の防衛省は在日韓国大使館の防衛駐在官を招致し、「竹島に関する記述をはじめ歴史認識や輸出管理の見直し、レーダー照射に関する記述など我が国の立場と相容れず、我が国として受け入れられない」などと抗議した。

 韓国はその一方で、中国に関しては、これまでの白書にあった「THAAD(高高度防衛ミサイル)を巡る対立」の項目を丸ごと削除し、「両国関係の安定的発展」という表現も用い、2017年の韓中首脳会談など「正常化の努力」を記述した。  こうした、日本と中国に関する記述についてソウル大学の朴喆熙(パク・チョルヒ)教授は、「均衡感を喪失すれば韓米日協力を強調するバイデン政権に誤ったシグナルを与えかねない」「中国は西海(ソへ、黄海のこと)で領有権を主張しながら侵犯しているのが現実だが、本当にわが国の軍が主権を守る意思があるのか疑問を感じるほどだ」(中央日報)と警鐘を鳴らしている。  朴教授の指摘のように、韓国政府、メディアを挙げて、米国のバイデン大統領が日本の菅義偉首相とは1月28日に電話会談したにもかかわらず、3日午後になっても文在寅大統領には電話がないことに焦りを覚えているようである。  韓国のメディアは中韓首脳の電話会談を米韓に先立って行ったこと、その内容も中国ペースだったこと、特に、中国共産党の100周年に対する祝意を述べ共産党の功績をたたえるような発言をしていることが、米国の不興を買っているからであろうと分析している。  国防白書はこうした文在寅政権の姿勢を体現しているといえる。 ● 北朝鮮は敵国ではない 南北関係改善の意思表示も  その一方で、軍事的な脅威の高まる北朝鮮について、文在寅政権の誕生後に出した2018年白書では「主敵」「敵」という表現を削除したが、これを今回も踏襲した。それまでは「韓国軍は大韓民国の主権、国土、国民、財産を脅かし侵害する勢力を韓国の敵とみなす」と記述していた。ただ、盧武鉉政権では「直接的な軍事脅威」として「敵」という表現は用いなかった。  軍は今回の白書で、各種弾道ミサイルなど北朝鮮の軍事的脅威が強まった点は指摘した。特に「大口径放射砲(ロケット砲)を開発、朝鮮半島全域を打撃できる放射砲を中心に火力を補強している」と記載したが、「戦術核兵器開発」に関する評価はなかった。

北朝鮮の「核保有」も従来のように明示せず、「プルトニウム50キロ保有」「核兵器小型化能力が相当な水準」と2年前と同じ内容を記述した。  金正恩氏が、朝鮮労働党大会で南北、米朝首脳会談が行われている時期にも核ミサイル開発を継続してきたことを認めたのを全く無視した指摘である。  最近の南北軍事関係については、北朝鮮は「全般的に『9.19軍事合意』を遵守している」と評価した。北朝鮮による南北共同連絡事務所の爆破や軍事的威嚇を無視した形である。  南北の政治関係では、「金委員長は、党創立75年閲兵式の演説では南北関係改善に関する意思も披歴した」と述べた。しかし、それも韓国の出方次第だという条件付きであることには触れていない。  北朝鮮の内部情勢に関し、従来の白書で使っていた「政権世襲」という表現を「金正恩国務委員長の執権」に変更した。民主社会デモで広く用いられる「執権」という表現を用いることで体制の正統性を認める意図があるのであろう。  韓国の国防白書は、現在の朝鮮半島情勢を客観的に分析・評価するものとは言いがたい。あくまでも文在寅政権の政治姿勢を正当化する白書であり、自分たちに都合の良い部分のみを取り上げて、つじつまを合わせた文書と考えた方がよさそうである。  これをもとに韓国の国防政策を策定すれば、北朝鮮の脅威に対処することはできず、韓国の安全保障に甚大な脅威となるであろう。また、日本との協力に後ろ向きな姿勢を露骨に表しており、米韓同盟に対する認識も、韓国として独自色を強く出そうとしている。  韓国は今後ますます日米から離れ、中朝にすり寄っていくことを暗示するのがこの国防白書かもしれない。

● 文政権に驚きの疑惑 北朝鮮で原発建設を検討か  文在寅政権の安全保障に対する姿勢の危険さを象徴するのが、文在寅政権が北朝鮮へ原発を供与することを検討していたという、信じられないような疑惑である。  産業通商資源部(以下「産業部」)が公開した「北朝鮮原発建設文書」によると「具体的推進には限界がある」などのただし書きとともに、「内部検討資料」とも記しているが、17件の文書が板門店南北首脳会談(2018年4月27日)直後の5月2日から15日にかけて集中的に作成されていることに多大な懸念を抱かざるを得ない。  「北朝鮮原発」に関する文書の中では、朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)の事例について詳しく取り上げ、その上で琴湖地区に原発を建設する第1案を「最も説得力がある」と指摘していたようである。  さらに第2案とされる非武装地帯(DMZ)での原発建設についても「原子炉の稼働には冷却水が必要だ。そのため場所は東海(日本海)か西海(黄海)周辺にしなければならない」とかなり具体的な検討を行ったようである。また、文書の中には「KEDO関連業務経験者名簿」もあった。  当時、文在寅政権が工事を中断させた新ハンウル原発3号機、4号機の設備を北朝鮮に渡そうという部分もあるそうである。  先述の17件の文書の存在は、韓国検察が月城原発1号機の経済性評価の捏造容疑で産業部の公務員らを起訴した際の、起訴状の記録で確認されたものである。産業部の公務員は文書をすべて削除してしまったが、そのこと自体何か隠さなければならないことがあったからであろう。  青瓦台は「(板門店南北首脳会談の際に文在寅氏と金正恩氏が2人で密談した)人道橋会談と前後して北朝鮮側に渡した新経済構想の中に発電所関連の内容がある」との説明をしている。

 この新経済構想は文在寅氏が金正恩氏に渡したUSBメモリに記されている。青瓦台はUSBメモリの資料が水力発電や火力発電に関するものだと主張するが、産業部はその後北朝鮮に原発を提供する資料を作成したのであろう。こうした疑惑を晴らすのであれば、USBメモリを公開する必要があるが、青瓦台と民主党はこれを拒んでいる。  こうした一連の文書は、産業部の公務員が単独で作成できるものではないだろう。この時期は「月城原発1号機はいつ閉鎖されるのか」という文在寅大統領の一言で韓国水力原子力に圧力を加えて月城1号機を早期に閉鎖し、新規原発建設白紙化を推進している時期であった。  朝鮮日報の独自取材によれば、月城原発の閉鎖過程で、産業部の職員が、金秀顕(キム・スヒョン)青瓦台社会首席秘書官(当時)がチーム長を務めていた青瓦台エネルギータスクフォース(TF)と緊密に協議し、指示を受けていたことが明らかになったそうである。  こうした疑惑に関し、オリ・ハイノネン元国際原子力機関(IAEA)事務局次長は「(韓国政府が)何を議論し、どのような計画を進めようとしていたか解明することが最も重要」だと指摘した。  ハイノネン元次長は「国連安保理決議1718と2397には『北朝鮮におけるすべての核兵器と現存する核開発計画を直ちに廃棄しなければならない』と記しているが、この核開発計画には(寧辺の)軽水炉や5メガワット原子炉なども含まれている」「そのため誰かが北朝鮮に(既存の)原子炉に代わる施設を建設するとなれば、これはおかしなことだ」と強い懸念を示した。  さらに、1990年代のKEDO当時と比べ、北朝鮮は核兵器を保有している。同元次長は「北朝鮮が核拡散防止条約(NPT)に復帰しない限り、北朝鮮の地に原子炉を建設することはできない」と断言した。 ● 北朝鮮での原発建設の 疑惑究明は不可欠  こうした疑惑に対し政府・与党は一斉に総反撃に出ている。  文大統領は「マタドール(根拠のない話による政治攻勢)」として不快感を表し、「旧時代的な政治攻勢」と野党を批判した。青瓦台関係者は「一線を越えた政治的宣伝だ。人々を惑わす無責任な扇動」と大統領に迎合した。

 李洛淵(イ・ナギョン)民主党代表は「野党第1党の指導者が越えてはならない線を越えた」と述べた。  これに対し、野党第1党・国民の力の朱豪英(チュ・ホヨン)院内代表は、李代表の発言に対し「青瓦台と与党が疑惑を解消する義務があるにもかかわらず、刑事責任を問うといって過剰反応したのがむしろおかしい」と反論した。  検察の捜査の過程で出てきた北朝鮮での原発建設疑惑に国民が疑問を抱くのは当然だ。「脱原発」を政治哲学とする現政権で公務員が原発建設を単にアイデアとして出したという説明は納得できない。それなれば、なぜ関連文書を廃棄したのか。  北朝鮮への原発供与の問題は、韓国の安全保障にかかわる重大な事項である。それにもかかわらず、文在寅政権は資料を公開して疑惑を晴らすのではなく、隠蔽と反対派攻撃で乗り切ろうとしていることは、決して許されることではない。  韓国政府高官らの不正を捜査する高位公職者犯罪捜査処を新たに設置したのは、こうした時に検察が捜査することを妨害するためである。こうした文在寅政権の独裁政治には政界、言論、国民が一体となって立ち向かっていかなければ、それを正すことはできない。  こうした疑惑に対し、バイデン大統領の対北朝鮮チームはどう反応するであろうか。黙って見過ごすはずはない。ブリンケン国務長官は北朝鮮核問題への対応を全面的に見直すと言っているが、韓国政府がこの疑惑を積極的に晴らす努力をしなければ、対韓関係の全面的な見直しにも発展しかねない。  この問題は、ことの重大性からして、もみ消して済む性格のものではない。仮に文在寅政権がもみ消しに成功すれば、韓国の政治に「明日はない」ということを実証することになるだろう。  (元駐韓国特命全権大使 武藤正敏)

https://news.yahoo.co.jp/articles/5f1ac7c536e608f369ec2e23cacd8388c44db853?page=4

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