テスラ社をはじめ、アメリカの電気自動車メーカーは世界の覇権を握るべく奮闘している。しかし、電気自動車のバッテリーに欠かせない「リチウム」は、他国へ依存しているのが現状だ。 【画像】大量のリチウムが眠るソルトン湖を空から見ると… カリフォルニア州のなかでもっとも“さびれた街”はそんな状況を打破するかもしれない。課題は多いものの、同エリアの塩湖で大量のリチウムの存在が確認されたからだ。

「繁栄」とは無縁のエリア

毒素の混じった砂嵐がカリフォルニア州インペリアル郡に吹きすさぶ。徐々に縮小するソルトン湖の岸辺近くでは、泥火山(でいかざん)が火の粉を噴き出し、「シューシュー」と音を立てている。 インペリアル郡は、カリフォルニアで最も貧しい地域の1つで、人々の仕事の大半が、砂漠に囲まれたわずかな灌漑(かんがい)地に限定されている。サンディエゴや黄金の州と呼ばれるカリフォルニアの海岸地域の繁栄ぶりは、込み入った山々を隔ててわずか160km先にあるが、それらに比べればここは別世界のようだ。 しかし、この見過ごされた荒涼とした場所が、アメリカのエコカーの未来への鍵を握っているかもしれない。砂漠の地下に閉じ込められた熱い塩水の中に、世界最大のリチウムの鉱床が眠っていることがわかったのだ。 世界中の自動車メーカーがリチウムイオン電池で走る電気自動車へとシフトする最中で、リチウムへの需要は急増している。アメリカは現在、リチウムの大部分をオーストラリア、中国、南米に依存しており、自国での供給源を切実に求めている。

全世界生産量をはるかに上回るリチウムが眠る

ソルトン湖にリチウムがあることに間違いはない。リチウムを含んだ塩水はすでに、11ヵ所ある地熱発電所を通して1日中地表まで浮上しており、ソルトン湖の南東端に密集している。数十年のあいだ稼働している地熱発電所は、華氏500度の水を蒸気に変えて発電している。 塩水の残りの部分を地下に戻す前に、混合物からリチウムだけを取り出す方法が必要だ。研究団体SRIインターナショナルの2020年3月の報告では、ソルトン湖エリアから年60万トンものリチウムを生産できると推計されている。これは、昨年の世界全体の生産量のほぼ8倍にあたる。 とはいえ、実験としてソルトン湖のリチウムを抽出するのと、同じ作業を大規模かつ低コストで行なうのとは別の話だ。 「これは錬金術ではありません」と、バークシャー・ハサウェイ・エネルギー社の政府担当顧問で副社長のジョナサン・ワイズガルは言う。同社はソルトン湖周辺の地熱発電所のうち10ヵ所を有している。 「リチウムはソルトン湖にあり、私たちは研究室でリチウムを精製してきました。問題は、これを商業化できるかどうかです」 豊富な資金を有するバークシャー社は、塩水からリチウムを抽出する設備を開発している3社の1つ。カリフォルニアの別の地域では、鉱業界の巨頭リオ・ティント・グループが、古い鉱山の残存物からリチウムを取り出してきた。テスラ社は、ネバダ州の粘土から独自のリチウムを生産する計画を発表している。とはいえ、この作業はいまだ商業的な規模で実施されたことはない。 カリフォルニアの地方紙「デザート・サン」によると、6年前、新興企業シンボル・マテリアルズ合同会社が、ソルトン湖に設置した実験所でリチウム生産の解決策を見つけたと主張し、テスラ社から3億2500万ドルでの買収を持ちかけられた。この取引は実現せず、シンボル社は2015年に倒産。実験所も閉鎖された。

地域を、そしてアメリカを救う“リチウムバレー”

リチウム生産について何年も研究してきたカリフォルニア当局は、この“インペリアルバレー”の存在を誇張しているわけではない。 当局は、リチウムの存在が地方市場の基盤を固め、ひいては中国が独占するバッテリー業界において、アメリカに強大な力を与える可能性があると話している。彼らは、将来的にできるだけ多くの仕事がカリフォルニアに集まることを期待しており、このアイディアを印象づけるため、すでに「リチウムバレー」という名を使い始めてさえいる。 彼らの理論は、リチウムがここにあるのだから、バッテリー製造もこの地域のクリーンな地熱発電式工場ですればいい、そしてバッテリーがここで作られるなら、電気自動車全体もここで作ればいい、というものである。 「ここにはインフラもあれば、労働力もあります」と、コントロールド・サーマル・リソースィズ社のロッド・コールウェルCEOは言う。同社は、湖でのリチウム採取が可能な設備のある新たな地熱発電所の建設を計画している。 「我々がバッテリー工場を1つ確保できれば、3000もの働き口が生まれることになります。これは、南カリフォルニアにとって一大事なのです」 新型コロナウイルスのパンデミック前でさえ15~20%の失業率が常態化していたインペリアル郡にとってはさらなる一大事になるだろう。インペリアル郡は、住民の85%がラテン系で、夏には州内最悪の例として数えられるほど、新型コロナウイルスの感染拡大に苦しんだ。郡内の2つの病院は人手不足があまりに深刻なため、患者の中には805kmも離れたサンフランシスコまでヘリで輸送された人もいた。 「パンデミックは、多くの人々が気づいていなかったことを明らかにしたに過ぎません」と、カリフォルニア州下院議員のエドワルド・ガルシアは言う。彼はインペリアル郡で育ち、今はサクラメントで郡を代表して議員となっている。 「この地域で暮らし、貧困とともに生きてきた私たちは、何年間もずっと同じ状況に接してきたのです」

誰もリチウムなど気にかけていなかった

9月、ギャビン・ニューサム知事は、郡内のリチウム開発の最善策を調査する委員会設置を求めるガルシアの法案を承認した。 優れたホッケー選手のパック(ホッケーの円盤)の行方を予測しながら滑るメソッドにちなんで、ガルシアは、この機会を「ウェイン・グレツキー的瞬間」と呼んでいる。 「リチウムバッテリーと国家全体の電化の必要性という意味において、これこそパックの行き先だと言えるでしょう」とガルシアは語る。 インペリアルバレーは、メキシコとの国境に接している。1905年、96kmほど東のコロラド川から水を引いていた灌漑用水路の堤防が決壊した。大量の水がソルトン・シンクと呼ばれる砂漠地帯の窪地に流れ込み、水面が海抜200フィート以上の湖を生み出した。湖は徐々に干上がって縮んでいき、年々、塩分濃度を増していった。周辺の灌漑畑地からの農薬は湖の底に溜まっていたが、水が干上がった今では風にさらされ、砂嵐の間じゅう高く吹き上げられることとなった。 湖の下では、マグマの泡が――部分的には溶岩も――地熱発電所が使用する水を熱している。その水は、純水からは程遠く、かなり多くの鉱物を含んでいる。地熱発電所が1980年代に建設された時、誰もリチウムのことなど気に留めなかった。リチウムイオンが商業として市場でヒットしたのは、1991年になってからのことだ。

求められるのは「技術」

ソルトン湖の発電所は、沸点以上に加熱された塩水を地下数千フィートに位置する井戸から汲み上げ、発電機の中で蒸気にする。その蒸気でタービンを回して電力を生み出してから、水を再び過熱するために地下へと押し戻す。 塩水を再注入する前にリチウムを取り出すには、現在のサイクルに数ステップ付け加えねばならないが、発電所は、今売っている電力よりもずっと価値のある新製品を得ることになるだろう。 カリウム、鉄、マンガン、ナトリウムを多分に含む塩水から、商業を目的とした大量のリチウムを抽出することは容易ではない。 その理由の1つとして、ライラック・ソリューションズの創設者でありCEOのデヴィッド・スナイデッカーは、リチウムとナトリウムの原子が似たような働きをすることを挙げる。 カリフォルニア州オークランドで設立した彼の会社は、独自のイオン交換テクノロジーを開発した(硬水軟化装置と同じコンセプトの技術だ)。この手法では、不純物なしにリチウムを集めるべく、セラミックで作られたビーズを使う。 2月、ライラック社は、ビル・ゲイツブレイクスルー・エネルギーを含む投資家たちから2000万ドルの資金を獲得した(ブルームバーグ社の創設者マイケル・ブルームバーグは、ブレイクスルー・エネルギーの投資家の1人である)。また、コントロールド・サーマル・リソースィズは、ライラック社の技術をソルトン湖で利用する予定だ。 「リチウムは特に分離が難しい金属です。従来の交換テクノロジーを使えば、たくさんのナトリウムが混ざるはめになるでしょう」とスナイデッカーは指摘する。 コントロールド・サーマル・リソースィズ、バークシャー・ハサウェイ、エネルギーソース・ミネラルズ合同会社など、ソルトン湖でのプロジェクトを進める各社は、テクノロジーに対して独自のアプローチをとり、本格的な生産を実現するには、さらなるブレイクスルーは必要ないとそれぞれが主張している。 各社が工場のデザインを決定し、資金調達をしようとしていた時、タイミング悪くパンデミックがやってきた。

EVへのシフトが実現すれば……

姉妹会社がソルトン湖周辺の既設の地熱発電所を所有しているエネルギーソースが、設備費として約4億ドルを必要としていることを、COOのデレク・ベンソンは明かした。 同社は1年以内に工場建設に着手し、2023年下旬には生産を始める予定だ。ベンソンによると、同社は発電所で断続的に試験プロジェクトを実施してきた。本格的な設備は、年に2万トン近くものリチウムの生産を可能にするだろう。 工場が計画どおりに開かれ、宣伝どおりに稼働すれば、カリフォルニア当局は、リチウム生産をさらに大きな計画へと発展させることができるのではないかと期待している。 環境への意識が高い住民たちと、積極的な気候変動への政策を有するカリフォルニア州は、アメリカで販売されている電気自動車全体の半数の生産地となっている。何を建てようにも地価が高いことで有名であるにもかかわらず、カリフォルニアでは、テスラ、将来的な競合他社ルシード・モータース、ゼロ・モーターサイクルズ、バス生産のプロテラなど、電気自動車メーカーの数が増え続けている。 インペリアル郡を拠点としてバッテリーメーカーが密集すれば、電気自動車メーカーは繁栄し、国内の自動車メーカーが電気自動車へとシフトすれば、デトロイトからの投資に繋がり、切実に職を求めているこの州の片隅に、よい仕事を多くもたらしてくれるだろう。 「カリフォルニアには、最高水準の労使関係と環境規制があります」 ガルシア議員は言う。 「だからこそ私たちは、この計画を実行すること、しかも正しい方法で実行するのだということを、本気でPRしたいと考えています」

https://news.yahoo.co.jp/articles/c948e4863a697e193b84e1d28e245d178aab4995?page=4

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