<医療従事者のうちワクチンを接種したのは3割未満>

[ロンドン発]欧州連合(EU)本部があるベルギーの首都ブリュッセル。コロナワクチンの集団予防接種センターはガラガラだ。現地の英字紙ブリュッセル・タイムズによると、声を掛けられたプライマリーケア従事者1万1千人のうち実際に1回目の接種を受けたのはわずか3千人(27%)だった。【国際ジャーナリスト・木村正人【動画】2100年に人間の姿はこうなる ブリュッセルのあるセンターでは1日約1千人が接種を受けられる能力があるのに、接種を受けているのは1日200人。他のセンターでも1日900人接種可能で、2つのセンターを合わせて3週間で約3万9900人に接種できたはずなのに、実際に接種したのは約3千人に過ぎなかった。 英BBC放送は1日5千人接種できるセンターでその日接種を受けたのは200人、取材に訪れた1時間で見かけた接種予定者は1人だけだったと報じた。コロナによるベルギーの死者は2万2千人を超え、人口100万人当たりの死者は1893人。EU加盟国の中では最悪、イギリスの1792人よりひどいのにもかかわらず、ベルギーの集団予防接種は進まない。 常温では不安定なm(メッセンジャー)RNAを使う米ファイザー製や米モデルナ製ワクチンは一度解凍してしまうと保存が効かないため、接種予定者が会場に現れないと破棄しなければならない。一体どれぐらいのワクチンがムダにされているのだろう。 ブリュッセルでワクチン接種が広がらない理由が、医学的知識の欠如からか、予約ミスによるものか、それともワクチン・ヘジタンシー(忌避)が原因なのかは分からない。独仏両国が意図的に撒き散らした英オックスフォード大学・英製薬大手アストラゼネカ製(AZ)ワクチンへの不信感も一因になっている。 <ベルギーよりワクチン接種が進まないフランス> オックスフォード大学に拠点を置く統計サイト「データで見る私たちの世界(Our World in Data)」によると、100人当りのコロナワクチン接種回数は下のグラフのようになる。ベルギーより接種が進んでいないのがエマニュエル・マクロン大統領の独り相撲が目立つフランスだ。 ベルギー6.12回に対してフランス5.86回。ちなみにワクチン接種による「集団免疫」の獲得を目指すイギリスは27.86回だ。 マクロン大統領は1月29日、EUの欧州医薬品庁(EMA)がAZワクチンの18歳以上への使用を推奨する数時間前、「現時点で65歳以上にはほとんど効果がない。初期の結果は60~65歳を勇気付けていない」「12週間置いて2回接種するイギリスのやり方はウイルスの変異を加速する」と言いたい放題だった。

2月18日には先進7カ国(G7)オンラインサミットに合わせて英紙フィナンシャル・タイムズに「欧州とアメリカは緊急に、自分たちのワクチンの最大5%を途上国に回すべきだ」と訴えたものの、ジョー・バイデン米大統領に完全にスルーされた。自国のワクチン接種が終わらないのに他国に回す余裕がどこにあると言うのだろう。 仏バイオテクノロジー企業サノフィと英製薬大手グラクソ・スミスクラインは昨年12月、ワクチン候補の臨床試験で高齢者の免疫反応が十分に得られなかったとして供給計画を今年末に延期した。狂犬病ワクチンの開発で世界的に有名な仏パスツール研究所に至ってはコロナワクチンの開発を断念した。 フランスがワクチン開発に出遅れた理由はmRNAなど最先端テクノロジーに慎重だったことや、AZワクチンを開発したオックスフォード大学ジェンナー研究所のようにワクチンを製造できる自前の施設を持っていなかったこと、開発資金不足や臨床試験の遅れなどが挙げられる。 要するにフランスは、昨年12月中旬の時点で124億ドル(約1兆3150億円)をつぎ込んだアメリカの「ワープ・スピード作戦」や、10年かかったワクチン開発の期間を10カ月(300日)に短縮したイギリスのようなエコシステムを構築できなかったのだ。 一方、イギリスのボリス・ジョンソン首相はワクチンの開発スピードを300日から100日に短縮する大胆な計画をぶち上げている。 <AZワクチンを叩くドイツ> 1月25日、ドイツの大衆紙ビルトと経済紙ハンデルスブラットは「AZワクチンの65歳以上への有効性はわずか8%」と報じたが、独政府が被験者に占める56~69歳の割合の8.4%をわざと取り違えて“裏ブリーフィング“した疑いが浮上している。 独ロベルト・コッホ研究所予防接種常任委員会は65歳未満にのみ接種すべきだと勧告し、イェンス・シュパーン独保健相も「高齢者のデータは十分ではなく、承認は限定的だ」と強調した。その結果、145万回分のAZワクチンのうち接種されたのは27万回分だ(米紙ニューヨーク・タイムズ)。 AZワクチンだけを接種するベルリンのテーゲル予防接種センターでは、1日に3800人の予約が入っているのに実際に接種を受けに来るのは約200人に過ぎないと報じられている。米ファイザー製ワクチンはドイツのバイオ製薬ベンチャー、ビオンテックが共同開発していることも、ドイツのAZワクチン忌避に拍車をかけているのかもしれない。 対応を迫られたアンゲラ・メルケル独首相は「ワクチンが現在のように不足している限り、何を予防接種するかを選択することはできない」と訴えたものの、66歳であることを理由に自らはAZワクチンの接種を否定した。

政府が撒き散らしたワクチン不信

フランスやドイツがAZワクチンの有効性にあらぬ疑念を唱えているのは、EUを離脱したイギリスでワクチン開発や接種が順調に進んでいることを快く思っていないからだ。EU離脱は失敗に終わらなければならない、そうでなければEU懐疑派のポピュリストが勢いづく――という懸念が背後に見え隠れする。 <イギリスは女王が「接種しても大丈夫だったわ」> しかし、その代償は大きい。英紙ガーディアンの集計によると、EU27カ国に配布された613万4707回分のAZワクチンのうち484万9752回分が使用されずに山積みになっている。 マクロン大統領はG7で「ワクチンの最大5%を途上国に回せ」と呼びかける前に、自らがホコリをかぶらせる原因を作ってしまったAZワクチンを途上国に回した方がいいのではないか。 43歳のマクロン大統領は「もしAZワクチンを接種する機会が与えられたら、もちろん接種する」と国内向けにとりなしてみたものの、時すでに遅しだった。 AZワクチンは2月15日、世界保健機関(WHO)でもすべての成人に対する緊急使用が認められた。2回の接種間隔は8~12週間という。安価で配布が簡単なAZワクチンは途上国でも展開しやすい。フランスやドイツの主張は自分でEUの評判を落としたようなものだ。 仏世論調査会社Ipsosの15カ国調査によると、コロナワクチン未接種者に「ワクチンを接種するか」と質問したところ、イギリスでは89%が「接種する」という回答はイギリスでは89%にのぼったのに対して、フランスは57%だった。ドイツも68%と低い。 ワクチンを積極的に受けようという回答が多い国は基本的にワクチンの集団予防接種による「集団免疫」の獲得を目指している。 イギリスでは学校教育や原則無償で医療を提供するNHS(国民医療サービス)を通じてワクチンを接種するメリットとデメリットの教育・啓蒙活動が徹底されている。高齢のエリザベス女王(94)とフィリップ殿下(99)も1月中に1回目の接種を終えた。 フィリップ殿下は他の感染症で現在、入院中だが、エリザベス女王は2月25日、テレビ電話会議システムを利用したイベントに参加して「接種しても大丈夫だったわ。ワクチン接種の機会を与えられたら他の人のことも考えて接種してね」とイギリスと英連邦加盟国の市民に向けて呼びかけた。 日本のワクチンに対する考え方はイギリスよりもフランスやドイツに近い。フランスやドイツと同じ轍を踏まないよう菅政権には思慮深いワクチン政策が求められている。

https://news.yahoo.co.jp/articles/c03de170146f0f98d968adb3de560d3c2396746d?page=3

ニューズウィーク日本版

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