国際関係や安全保障の専門家が台湾有事について頻繁に言及するようになった。それはなぜなのか。中国の安全保障政策に詳しい小原凡司・笹川平和財団上級研究員は3つの背景があるとみる。中国による台湾武力統一は現実となるのか。「冷武統」という新たなキーワードが登場した。注目すべきは、南シナ海に位置する太平島に向けた中国の動きだ。(聞き手:森 永輔) 【写真】小原凡司(おはら・ぼんじ)氏/笹川平和財団 上席研究員。専門は外交・安全保障と中国。 ――今日は台湾有事について、おうかがいします。最近、国際関係や安全保障の専門家と話をすると、必ずこの話題が登場します。なぜいま台湾有事なのでしょうか。 小原:大きく3つの背景があると考えます。第1は、2017年に、米国にトランプ政権が誕生したこと。ドナルド・トランプ大統領(当時)が台湾防衛への関与を強める意向を鮮明にしたからです。それまでは、中国国内で武力統一が話題になることは少なくなっていました。 ――トランプ政権は、2017年1月の発足から2020年10月までに、合計9回、総額174億ドルの武器を台湾に売却しています。 小原:そうですね。第2は香港の動向です。中国は香港民主派の動きに厳しく対応しました。これを見た台湾の人々は、一国二制度に対する不信感を高めた。これを追い風にして、民進党の蔡英文氏が再選をかけた2020年1月の総統選挙で圧勝したのは記憶に新しいところです。 ――蔡英文総統は2020年5月、「1つの中国」は受け入れられないと明言しました。 小原:はい。中国から見ると、平和的統一が難しくなったわけです。そうすると、武力統一という選択肢が浮上することになります。  第3は、中国の政治日程です。2022年に第20回党共産党大会が予定されています。習近平(シー・ジンピン)国家主席が3期目を目指すならば、このときまでに実績を上げる必要がある。「領土の統一を完了した」と言うことができれば、大きな成果になるでしょう。  そして、現実的な動きとして、中国軍機が昨年から台湾の防空識別圏に侵入する事態が非常に増えています。中国にとって目的は2つあります。1つは台湾に対する軍事的圧力を高めること。昨年の9月、米国のキース・クラック国務次官が台湾を訪れたときは、18、19日と連日、20機を超える中国軍機が台湾の防空識別圏に侵入しました。特に18日は、北、北西、西、南西と4方面から侵入しています。これは、台湾を空爆する能力があることをみせつけるためだったとみられます。  台湾空爆を意識していることは、中国軍機の機種からも見て取れます。今年1月23~24日にも中国軍機が台湾の防空識別圏に侵入。23日に侵入した中国軍機の中には、H-6K爆撃機やJ-16戦闘機が多く含まれていました。H-6K爆撃機は巡航ミサイルを搭載できる大型の爆撃機、J-16戦闘機も弾薬やミサイルを大量に搭載できる戦闘爆撃機です。さらに電波妨害機も加わっていました。電波妨害機で台湾の防空システムを無力化し、爆撃機で攻撃する、というシナリオを示唆したわけです。  もう1つの目的は米艦隊や米軍機への対応です。同艦隊が南シナ海に向かう際、台湾とフィリピンの間にあるバシー海峡を通過します。これを警戒するために戦闘機が発進した。  例えば、昨年6月に中国軍機が9日連続で台湾の防空識別圏に侵入したことが話題になりました。ちょうどこのとき、米軍が周辺で動いていたからです。バシー海峡が目標なので、中国軍機の侵入は台湾の南西方面に集中していました。こうした動きに焦点を当ててみれば、米中の軍事的緊張はすでに高まっているといえます。

西太平洋での作戦展開が現実味を増した

●西太平洋での作戦展開が現実味を増した

――「なぜ、この時期に台湾有事が注目されるのか」を考えるに当たって、台湾の地政学的重要性や地経学的重要性に変化が生じていることは考えられますか。 小原:あると思います。これにも2つの側面があります。1つは、中国海軍が外洋作戦を展開する能力を高め、西太平洋に進出することの現実性が高まったこと。能力を身につければ、日本や米国に探知や邪魔をされることなく太平洋に出るための道を確保したくなります。中国はかねて「第1列島線は中国を縛る鎖であってはならない」と言っていました。この言葉の重みがより増したのです。台湾を統一し正面玄関とすることができれば、現在は「鎖」となっている第1列島線は中国を地理的に囲い込むものではなくなります。  中国は2004年に苦い経験をしています。091型(ハン=漢=級)潜水艦が沖縄県・石垣島と多良間島の間の日本の領海を潜没したまま航行して侵犯しました。このとき、日本の海上自衛隊の哨戒機や護衛艦がこれを探知し、領海を出るまで追尾したのです。 ――潜水艦は隠密性が高く、どこにいるか分からないことに価値があるのに、みつかってしまったわけですね。 小原:潜水艦が持つ力を生かせなかったのですから、中国は不満を感じたことと思います。第1列島線を「やっかいな存在」と痛感したことでしょう。  このことは中国の対米核抑止力にも関わります。中国が実戦配備する潜水艦発射弾道ミサイル「JL-2」は射程が8000km程度。よって、これを搭載する094型(ジン=晋=級)戦略原子力潜水艦は西太平洋まで出ないと、米本土に届かせることができません。それなのに、第1列島線を越えるときから、日本の海上自衛隊や米艦隊にみつかって追尾されれば、役目を果たすことができません。太平洋への玄関を確保することが不可欠なのです。  もう1つは、米海軍の動きを抑えることができるようになることです。先ほどお話ししたように、南シナ海で活動する米海軍の艦船はバシー海峡を通過します。中国人民解放軍が台湾に基地を置くことができれば、地対艦ミサイルなどを配備して米海軍の通過を妨害することが容易になります。そうなれば、以前より容易に、南シナ海をコントロールできるようになる。  この点も、中国の対米核抑止力と関連します。先ほど言及した晋級潜水艦を中国は4隻保有しており、いずれも南シナ海に浮かぶ海南島の基地を拠点にしているからです。 ――中国海軍が能力を増し、西太平洋での活動が現実味を帯びたのはいつからでしょう。それを象徴する出来事はありましたか。 小原:艦船を大型化できたのが大きいでしょう。象徴的なのは、054型フリゲート艦を自国開発できたことです。同艦は4000トン弱の大きさがあり、外洋で行動することが可能です。1番艦を2003年に就役させました。現在は054型の改良型である054A型を大量生産しています。 ――中国海軍は空母の建造にも力を入れています。これも外洋での活動を意識したものですか。 小原:中国海軍は空母がなくても、現実として太平洋に展開する能力を高めてきました。ただし、中国海軍は「空母機動部隊を備えることで初めて米海軍に対抗できる」と考えています。なので、最初の空母である「遼寧」を2012年に就役させたことが、第1列島線を越えて太平洋に展開するという意識を高める効果はあったと考えます。

海警法、武器使用を「法執行」であると認めさせる

――今後、台湾をめぐってどのようなことが起こり得るでしょうか。中国は海警法を2月1日に施行しました。台湾を国内の省の1つとみなす中国が台湾近海で海警局の活動を活発化させる懸念も浮上しています。 小原:海警法は、海上警備にあたる海警局に武器の使用を認める点が注目されています。しかし、海警局が台湾周辺で大規模な武器使用を近い将来に行うとは限りません。まずは、武器の使用が「法執行」(いわゆる警察権の行使)であると国際社会に認められる環境を整える必要があります。  武器の使用が法執行なのか国連憲章が禁じる「武力行使」なのかは重要な意味を持ちます。仮に、国連海洋法条約上の仲裁裁判所などが、中国が武力行使したと判断すれば、中国は国際社会から強い非難を浴びることになるでしょう。  国際法はこの2つを区別してはいるものの、誰が行ったか(行為主体)によって区別するわけではありません。両者を分ける根拠はむしろ、何を理由に行われたのか、どこで行われたのか、にあります。国内法令に対する違反を取り締まるための行為として武器が使用されたと認められれば、武力行使ではなく、執行管轄権の行使と判断されます。その意味で、「海警法」の制定は必須であったのだと言えます。  また、中国の領土・領海内であれば、武器を使用しても法執行と認められるでしょう。しかし、尖閣諸島などの係争地で使用した場合、国内法令違反の取り締まりではなく、国に対する領土問題を解決するための武器使用と認められる可能性が高くなり、行使主体が海警局であっても、その行為が法執行と認められるとは限りません。  なので、中国としてはまず、武器の使用が「法執行」であると認められる環境を整える必要があるのです。具体的には、尖閣諸島周辺海域などで経済活動を営み、中国政府がそれを管理する実態をつくる。それを、米国をはじめとする諸外国の世論に訴え、認めさせる。  一方で、台湾に関しては、他国との係争区域ではなく、台湾が中国の一部であって国内問題として取り扱われるのか、国際問題として取り扱われるのか、が問題になります。中国は、台湾に関する事象は国内問題であるということを国際社会に認めさせるための世論工作やインフルエンス・オペレーションなどを展開することになります。  いずれにしても、武器を使用した際に、国内法令違反への対処であると認めてもらう必要があるのです。  「海警法」については、他に2つの懸念があります。  1つは、尖閣諸島の周辺海域で次のような事態が起こる可能性が考えられることです。同諸島周辺の日本の領海内で操業している漁船に対し、違法操業だとして停船命令を出す。拿捕(だほ)されることを恐れて漁船が逃げようとすれば、これに対して武器を使用する。  もう1つは、海警法第21条が外国の軍艦や公船に対して強制退去を命じることができると定めていることです。「武器使用」と明示的に書かれているのではありませんが、強制措置は武器使用を含むと解釈することができます。  海警局が外国軍艦を武器を使用して退去させようとすれば、大きな問題になるかもしれません。軍艦に対する武器の使用は、その理由にかかわらず、その国に対する武力行使と認められる可能性があるのです。1隻の軍艦に対する武器使用が自衛権を発動させるのに十分である可能性を排除しない、といった国際司法裁判所の判断が存在します。

「中華民国」の呪縛

――中国の主張では、台湾は中国の一部です。中国がこれを前面に押し出して、法執行の名目で台湾に対し武器を使用することはありませんか。 小原:中国がそのように主張しても、国際社会がその主張を認めなければ中国は困るでしょう。  台湾は今も中華民国を名乗っています。これは「台湾は『中国』である」と主張しているのと同義です。国際社会は中華人民共和国と中華民国という2つの「中国」を同時に認めるわけにはいきません。このため、現在は多くの国が中華人民共和国を「中国」として認めています。  けれども、そのことと、台湾が中国に属することとは別問題です。中国としては、台湾において武器を使用するより前に、台湾の位置づけを国際社会に認めさせる必要があると考えます。  ちなみに中国は、「台湾が中華民国を名乗る限り、『中国』として国際社会に認められることはない」という現在の状況は台湾にとって呪縛であり、中国を有利にするものと理解しています。  中国が台湾の独立を警戒するのは、この有利が崩れる恐れがあるからです。独立すれば、領土の一体性が崩れるだけではありません。例えば台湾が中華民国の名称を捨て「台湾」を名乗って独立するならば、「中国」ではない別の国として国際社会が承認する可能性があります。そうなることを、中国はものすごく嫌っています。 ●冷戦ならぬ、「冷武統」が浮上 ――中国が持つ管轄権の範囲内に台湾があることを国際社会に認めさせる手段はあるのでしょうか。 小原:中国はいま、法治中央建設計画と呼ぶ取り組みを進めており、この中で、台湾を対象に一国二制度を実現するための法案をつくるべきだと主張しています。そのような趣旨の法律がいずれつくられるかもしれません。  しかし、これを台湾が受け入れることはないでしょう。先ほどお話ししたように、香港問題を契機に台湾は中国への不信感を高めています。  そのような環境で、最近「冷武統」という言葉を目にするようになりました。現実に軍事力を使って台湾に侵攻するのではなく、台湾に軍事的な圧力をかけて交渉のテーブルに着かせ、脅しをかけて「1つの中国」を認めさせる。 ――「冷」は冷戦の冷と同じですね。冷戦は「戦わない」戦争でした。「冷武統」は「戦わない」武力統一を指す。 小原:そうです。台湾が「1つの中国」を認めれば、「台湾は中国の管轄権の下にある」と中国は強く主張できるようになります。管轄権は1つしか存在しないわけですから。 ――ということは、「1つの中国」を認めている国民党が台湾の政権に就いている期間なら、中国は台湾に対し、法執行の名目で武器が使用できるということになりませんか。 小原:「1つの中国」を認め、台湾が大陸の一部であるということになれば、理論的にはそういうことになります。ただ、国民党の馬英九政権も、台湾が大陸の一部であると認めたわけではありません。あくまで、「中国は1つである」という認識を共有したということです。92コンセンサスと呼ばれます。  また、馬英九氏が台湾総統だった時代も、米国は台湾を「民主的な政治体制を取る地域」として中国と区別していました。なので、容易には進まないでしょう。  さらに、台湾が中国の一部という認識が広がったとしても、武器使用の規模や内容も問題になります。武器使用は、警察権の行使と認められる範囲で行われる必要があるのです。現在では、人権侵害は国内問題ではなく、国際問題として扱われます。

海警局は法執行機関なのか、それとも軍隊なのか

●海警局は法執行機関なのか、それとも軍隊なのか ――海警局は法執行機関なのか、それとも軍隊の一部なのか、識者の意見が分かれています。小原さんはこの点をどのようにみますか。海警局が2018年に、中国共産党中央軍事委員会の傘下に入ったことから「軍隊の一部を成す」という見方があります。 小原:海警法は、海警局を法執行機関と位置づけています。加えて、海警の上部組織である人民武装警察部隊(武警)についても同様に法執行機関としての性格を強調しています。海警が党中央軍事委員会の配下にあっても、それをもって軍隊の一部とするのは適切ではないのではないでしょうか。米国の沿岸警備隊も組織としては海軍の配下にあります。  ただ、主権の侵害に対処するのは、法執行機関の役割を超えているとも考えられます。また、「海警法」第83条は、「国防法」「人民武装警察法」、中央軍事委員会の命令に基づいて防衛作戦などの任務を執行するとされていますので、状況に応じて海軍の機能の一部として行動すると考えられます。  そもそも、中国は法執行機関と軍隊を厳密に分けて考えていないのです。例えば、尖閣諸島周辺で活動する海上保安庁の巡視船艇を「軍艦」と呼ぶことがあります。海警局の運用を「日本から学んだ」とも聞きました。日本は海上保安庁の巡視船艇は白く、海上自衛隊の護衛艦などはグレーに塗り、法執行と軍事行動を厳格に区分しています。中国は、白く塗ったコーストガードの活動は軍事行動ではないと主張できると理解したのです。  中国は、政府組織でない民間でさえも軍事作戦に動員することができます。海警局が同様に動員されるのも意外なことではありません。  加えて、海警局と海軍がどれだけ連携できているのかは不明です。海軍が海警局をコントロールすべく努力していることは、人事などから読み取ることができます。例えば、海軍の軍人が海警局に異動するなどしている。  しかし、両者では組織としての文化が異なります。実際、2012年10月に実施された「東海協作」という中国海軍と海監・漁政の合同演習の内容は、作戦レベルで協働するようなものではありませんでした。海警局は「海監」(国土資源部国家海洋局)、「海警」(公安部辺防管理局)、「漁政」(農業部漁政局)、「海関」(海関総署)など海上における法執行機関を2013年に統合したものです。2014年には中国で、海警局への統合がうまくいっていないという報道がされています。この組織が海軍と本当に統一行動が取れるのかよく分かりません。  現実の行動をみると、海警局と海軍とは役割を分担していると考えられます。2016年に数百隻の中国漁船が尖閣諸島周辺に押し寄せたことがありました。海警局の公船がこれに同行して、漁船の管理を担当。中国がこの地域で経済活動を行っており、それを中国の政府が適切に管理している、ということを誇示する狙いでした。中国の管轄権が及ぶ海域であるというアピールです。このとき、海軍の軍艦は周辺に待機しており、何かダメージを受ける事態に備えていました。 ●太平島を占領し、米国の出方をみる  台湾の武力統一という観点からみるならば、海警局ではなく人民解放軍が動くことが考えられます。法執行という名目ではなく、台湾の独立阻止・統一を狙いとする行動です。  ただし、人民解放軍も近い将来に大規模な軍事行動を始めるのは考えづらいと思います。米軍が武力介入する公算が大きいからです。中国が台湾の武力統一をめぐって恐れているのは米軍の介入です。これだけは、絶対に避けなければならない。  言い方を変えれば、中国が台湾を武力統一するか否かは米国の出方しだいです。よって、米国の出方をみるための軍事行動を中国が取ることは考えられます。  そのときに対象となるのはどこか。  いの一番に頭に浮かぶのは金門島ではないでしょうか。 ――金門島は中国大陸からわずか10kmの位置。国共内戦の間は、金門島と大陸との間で砲撃戦が交わされました。 小原:その金門島に中国が再び砲弾を撃ち込むのか。  私はそうは思いません。現在の金門島は飲料水をはじめとする生活インフラを大陸に依存しています。ここを屈服させるのに、武力を使う必要はないからです。  代わりに考えられるのが、太平島への上陸、占領です。南沙(スプラトリー)諸島に位置しており、同諸島において唯一、水が得られる。台湾が実効支配しており、空軍の基地を置いています。  同島は台湾本島から1500kmほど離れており、台湾本島に配置されている台湾軍の部隊が援軍に駆けつけるには時間がかかります。台湾が擁する戦闘機*の作戦半径ぎりぎりの場所なので、戦闘に避ける時間はほとんどありません。また、中国が台湾に軍事的圧力をかけていれば、台湾軍は本島を離れることさえ難しいでしょう。 *:F-16戦闘機の作戦半径は1370km  中国が太平島を占領したときに米国がどう出るか。中国は台湾武力統一の可否を判断するにあたって、それを見たいのではないかと推測します。

森 永輔

https://news.yahoo.co.jp/articles/4fd5e2d6381ea64767317fe5e3999583b8c29dc0?page=5

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