気候変動問題を巡り米国、欧州、中国の駆け引きが激しくなってきた。「グリーン」がパワーゲームの主戦場になっている。そんな中、日本はキープレーヤーとして存在感を発揮できるのか。外交・通商問題に詳しい細川昌彦氏(明星大学経営学部教授)に話を聞く。(聞き手=大竹剛) 【写真】バイデン政権は米中対立の中で、中国と協力できる分野として気候変動問題を挙げている ――先日のバイデン米大統領と中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席の会談では、習氏は気候変動問題での協調を呼び掛けています。先日のインタビューで細川さんは、強硬姿勢を打ち出すバイデン氏に対して、中国のしたたかさが際立つと指摘していました(関連記事「強硬は言葉だけ? 米中首脳電話協議でよぎるバイデン政権への不安」参照)。気候変動問題が、パワーゲームの主戦場にいよいよなってきましたね。 細川昌彦(明星大学経営学部教授、以下、細川氏):バイデン氏の大統領就任直後にも指摘したとおり、国際秩序は気候変動問題、いわゆる「グリーン」を巡って展開する様相を呈しています。  欧州連合(EU)の「欧州グリーンディール投資計画」、バイデン政権の「グリーン・ニューディール政策」、日本の「グリーン成長戦略」と、主要国で「グリーン戦略」のそろい踏みですが、いずれも脱炭素の実現を目指すことで産業構造を転換し、国際競争力を高める狙いがあります。そして、各国がこれらの政策を武器に合従連衡を仕掛けて、国際的に主導権を取ろうとするゲームが始まっています。  欧州は昨年12月、早々とそれまでギクシャクしていた米欧関係を修復するために、協力分野のボールを米国に投げています。その中に、グリーン分野も挙げられています。日本もバイデン大統領との最初の首脳会談で、今後の日米協力の枠組みを打ち出す方針で、「グリーン」をその柱の1つにしようとしています。  一方、バイデン政権は米中対立の中で、中国と協力できる分野として気候変動問題を挙げています。中国もこれに秋波を送っているのです。  ただし、こうしたグリーン協力を進めるに当たって忘れてはならないのが対中警戒です。 ――対中警戒が必要とはどういうことですか。 細川氏:例えば、中国との環境技術のイノベーション協力を進めるにしても、経済安全保障の視点抜きにナイーブに進めていいわけではないということです。また、バイデン政権も今後、グリーン・ニューディール政策でインフラ投資を進める方針ですが、その際、警戒感なく中国のサプライチェーンに依存してしまうことは避けなければなりません。  太陽光パネルが典型例です。「再生可能エネルギーを拡大すれば、大半が中国製の太陽光パネルになってしまった」という皮肉な事態になっています。  こうしたことを繰り返さないために、水素、電池など今後の鍵になる産業に官民で集中的に投資をしていこうとしているのです。 ――気をつけなければ、太陽光パネルだけではなく、水素や電池といった今後の成長分野のサプライチェーンも中国に依存してしまいかねないと。 細川氏:そうです。これらの分野への投資促進はもはや「環境政策」ではありません。「産業政策」、さらには「経済安全保障」そのものです。  例えば、電池材料のリチウム、グラファイトなどのレアアースの中国依存から脱却するための技術開発は、日米欧にとって安全保障上の共通課題となっています。実際、超党派で対中強硬姿勢となっている米国議会は昨年から、「信頼できるサプライチェーン」を構築することの重要性を打ち出しています。  そのサプライチェーンの中で特に重要なのが、電池です。電気自動車(EV)だけではなくドローンなど産業用にも広く不可欠ですから。 ――既に、中国はEVなどの基幹部品であるリチウムイオン電池では高いシェアを握っています。早くも危うい状態に直面しているということですか。 細川氏:そう言えますね。自動車各社のEVシフトは鮮明ですが、EVの基幹部品であるリチウムイオン電池は約80%が中国で生産されています。環境分野の主導権争いで先行するEUでは、戦略的な原材料・部品を中国に依存するのは危ういとの認識が強まっていますが、その典型が電池です。  EUは2024年7月からEV用、産業用の電池を対象に製造工程を含むライフサイクルで排出される二酸化炭素(CO2)の量を申告するように製造業者に義務付ける予定です。EVはCO2を排出しないと誤解されがちですが、その基幹部品である電池は生産段階でCO2が出ます。2027年7月にはこれを強化して、ライフサイクル全体で出るCO2の上限値を導入するとしています。  EUは規制を強め、環境性能が劣ることを理由に中国製品をEU市場から締め出すことで、EU発の企業の成長を支援しようとしています。EUは2017年に官民で「バッテリー連合」を結成し、スタートアップのノースボルト(スウェーデン)に巨額の資金支援をするなどして域内生産を後押ししています。  中国もそうした動きへの揺さぶりを掛けています。中国の車載向け電池の最大手CATLはドイツで工場を稼働させる予定ですが、欧米への工場進出は雇用確保への協力を打ち出すためのカードになっています。

環境巡るパワーゲームで日本に必要な2つのこと

●環境巡るパワーゲームで日本に必要な2つのこと ――EUは先手を打って環境分野で主導権を握ろうとしていますね。そうした中で日本に必要なことは何でしょうか。 細川氏:EUは気候変動問題で協力する相手国に対して、次の3つの条件を満たすことを非公式に求めています。(1)2050年カーボンニュートラル、(2)石炭火力の制限、(3)カーボンプライシングの導入です。もちろん、EUの思惑に乗る必要はありませんが、日本も競争力をそがずに、国際的なパワーゲームに参加する有資格者になる。そのうえで、したたかに立ち回ることも大事です。  まずは技術力です。昨年末に発表された「グリーン成長戦略」の眼目もそこにあります。  バリューチェーンの中で他では代替できない自前の技術、製品を有してバーゲニングパワー(交渉力)を持たなければ、米国やEUから日本は協力相手として振り向いてもらえません。中国に対するけん制にもなりません。  また中国のレアアース依存から脱却する電池を開発することが、脱中国依存という経済安全保障の観点で不可欠となります。中でも水素と電池は産業に幅広く活用されるキー・テクノロジーで、欧州をはじめ各国・地域が開発競争でしのぎを削っています。  日本は「グリーン成長戦略」で、今後10年間で2兆円を技術支援に投じる基金の創設に使い、1兆7000億円の民間投資を見込む税制優遇策を行なうなど、政策を総動員するとの触れ込みです。この規模の予算と税制優遇策は日本にしては大盤振る舞いと言えますが、率直に言って、米欧と比べればまだまだですね。大事なことは、日本企業の経営者がこの“タネ金”に反応して大胆な投資の決断をするかです。制度をいくらつくっても、企業の行動が伴わなければ、“失われた30年”を繰り返してしまいます。  また、いくら良い技術を生んでも「守る」ことが必要です。かつて電池産業も日本が優位であったにもかかわらず、日本企業が中国に工場進出して、あっという間に技術が流出してしまったのです。  そして、日本にとってもう一つ大事なのが、提案力です。 ――提案力というのは、具体的にはどのようなことですか。 細川氏:国際競争をしていくための土俵、つまりルールを自国にとって有利に導くための提案力です。先ほどお話ししたように、既にEUは一歩先んじていますが、EUがしたたかに仕掛けることによって今後、「グリーン」が産業競争力を左右するルールメイキングの主戦場になっていくでしょう。そうした中で、米欧がこの分野で手を組んで日本が蚊帳の外にならないように、積極的にルールを提案していくことが必要です。 ――どんなルールが焦点となりますか。 細川氏:まず直面するのが、EUが導入しようとしている「国境炭素税」です。欧州主導のルールが世界標準になっていくことに懸念の声が出ています。  EUでは鉄鋼、セメントなどエネルギーを多く消費する産業の事業所に排出枠が割り当てられています。それらの産業では、EUへ輸出を行う域外企業も同レベルの炭素価格の負担を行っていない場合には、課税されることになります。  例えば、鉄鋼製品あるいは鉄を使用している自動車、家電製品なども対象になる可能性が高いでしょう。炭素税、排出量取引などカーボンプライシングを導入していない国からの輸入品に課税することによって、EU域内の産業と雇用を守ろうとしています。  これにトランプ政権は猛反発していましたが、バイデン政権になってカーボンプライシングの導入とともに方針を転換するでしょう。EUは既にそれを見越して、共同歩調を取るよう米国に呼び掛けています。  米欧の念頭にあるのは、安い中国製品の流入です。しかし、日本の動きは遅く、米欧主導で不利なルールができてしまってからでは手遅れになってしまいます。  日本もカーボンプライシングの導入を検討していますが、これに合わせて国境炭素税についても検討を始めました。そもそも国境炭素税は、世界貿易機関(WTO)ルールに抵触する貿易制限になるのではないかとの問題もはらんでいます。日本はそうした状況も踏まえて、例えばG7の場で有効な提案をするなど、日米欧共通のルールづくりを目指すべきでしょう。

細川昌彦、大竹 剛

https://news.yahoo.co.jp/articles/a501d06e78e6b6679d53797ac72ae47c38a6e797?page=2

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